39 氷山の帯 III
「攻略、明日になりましたね…ウェルゴさん」
「ああ、そうだな」
エルトラム裏町のメイン広場にある噴水の周りに置かれたベンチに腰を掛けたシーフは、同じくベンチに腰を掛けているウェルゴに語りかけた。
「正直、攻略に参加させてもらえるとは思っていなかったしな…彼らには貸しを作ってばかりだな」
「そうですね…貸しはいつか返さないと、ですね」
冬の夜風に蒼い髪を靡かせながら、シーフはウェルゴに笑顔を見せた。それを見たウェルゴも、小さく微笑む。その笑顔は愛想笑いではないと、シーフには解っていた。
「明日は全力を尽くそう。彼らの足手まといになる事だけは避けなければならん」
「はい!!頑張りましょう、街で待っていてくれるカーリさん達のためにも」
「ああ」
シーフ達が起こした事件の後、メンバー全員が集まって、大反省会が行われた。
メンバーは、これまでの自分達の過ちを生涯忘れずに、これから償っていこうという満場一致の方針が決まった(当たり前の事だが)。
だが、自分達の現実世界への帰還も忘れてはならず、メンバーの誰かが代表してこの世界を攻略して解放、全ハンターを帰還させようという考えに至った。
その代表に、ウェルゴとシーフが選ばれた。皆を先導するリーダーシップを持つウェルゴと、類まれな剣術を持つシーフという選定に、シーフとウェルゴを除いた他のメンバーは全員が賛同したのだ。
シーフとウェルゴは、他にも代表に相応しい者がいるのではと言ったのだが、「あなた方2人以外に代表の務まる者はいない!」と、シーフとウェルゴ以外の代表は断じて認めない姿勢を見せられたため、2人は代表を引き受けた。
なんだかこの言い方だと、シーフとウェルゴは代表が嫌だったみたいな感じに取られてしまう可能性があるため補足すると、シーフとウェルゴは別に代表が嫌なわけではない。皆が選んでくれた時は、素直に嬉しく思った。ただ、自分の力では、皆の期待に添える事ができないという意味で、他に適任者がいるのではと発言しただけなのだ。
メンバー全員に支持され、代表を引き受けたシーフとウェルゴは、この世界の王を倒し、この世界を解放すると、100人を超えるメンバーと約束を交わしたのだ。
そして、ライトやサクラ、レオやユヅルと手を結び、エルトラム中心街・最終クエスト『氷山の帯』への挑戦が、明日の午後に控えていた。
これは、数多くの過ちを犯した自分達のせめてもの罪滅ぼしの始まりであり、その過ちに巻き込まれたユヅルとその仲間達への、せめてものお詫びと、過ちに気付かせてくれた事への感謝の意を示すものでもある。
こんな事で許されるはずはないのだが、それでもやる事に意味があると、2人は思っている。
シーフはカーリ達やライト達を思い出しながら、視点の居場所をいろんな所へ変更させていくうちに、かなり遅いが、ある事に気付く。シーフの顔が赤く染まるのに、それから時間は掛からなかった。
この噴水のあるメイン広場、ここは彼氏彼女の関係である男女がたくさん来る場所で人気のデートスポットだ。
穏やかに降る雪の中、室内から漏れる光に照らされた水飛沫の横で、両思いの少年少女が肩を寄せ合いながらベンチで語らう姿は、見る者に青春を感じさせる。が、嫉妬を強く感じさせる場合も、多くある。
そんな場所に、ウェルゴという男の子と一緒にいるシーフは、それを意識し始めてしまってから、ずっとモジモジして落ち着きがなくなった。
さすがに見兼ねたウェルゴが、
「どうした?」
と、訊ねる。
シーフはビクッ!と肩を大きく揺らすと、すんごく小さな声で、
「……まわり、見て……」
と、俯いたまま、ボソッと言う。
そう言われたウェルゴは辺りを見渡して、シーフが赤面している理由を悟ると、なるほどと頭を縦に2回振った。
「別に…そう思われても良いんじゃないか?」
ウェルゴが、珍しく、ほんの少しだけ恥じらいを見せながら、そう言う。なんだか態度と言動に矛盾が起きている気がしたが、シーフはウェルゴが強がっているのだと、そこには触れないでおく。
だがそれ以前に、「良いんじゃないか」というウェルゴの言葉が、脳内のプレーヤーが何度もリプレイし、シーフの頭から離れない。今のシーフには、先ほどのウェルゴの矛盾を指摘する余裕すらない。
え…?それって……もしかして…もしかして……
シーフの心の声。声帯を震わせないその声は、シーフの胸の中でこだましていた。
シーフとウェルゴは、200人超えの巨大パーティーが、まだ『偽りの被害者』に成り下がる前に出会った。正確に言えば、このパーティーができた当初に、2人は出会った。
ソロのハンターだったウェルゴをパーティーに勧誘したのは、シーフだった。たまたま、雑草たちに絡まれて『乱闘』をしている姿をモニター越しで見て、シーフはウェルゴの鮮やかで一撃必殺の剣技に震え上がった。
ウェルゴが圧勝して戻って来た直後、
「あの…‼ウチのパーティーに入ってくれませんか?」
「……は?」
これが、2人の出会った瞬間なのである。
「えっ…と……それは、ど、どういう……?」
蒼い髪の顔の紅いシーフが、なぜかシーフから目を背けたままのウェルゴに訊ねる。
「そ、それはだな……」
いつもはクールなウェルゴが、滅多に見せない、いや、今まで見せたことがない恥じらいを見せる。その時、
「そろそろだっけ?流星群見えるの」
「うん!もうすぐ8時だし、そろそろ予定時刻だよ」
シーフとウェルゴの前を通り過ぎたカップルが何気なく交わしていた会話について気になったシーフは、思わずウェルゴに訊いてしまった。
「今日は何かあるんでしょうか?」
「さぁ…流星群とか言っていたようだが……」
「流星群…?」
シーフは雲ひとつない夜空を見上げて、何か珍しいモノを見たような高い声を出す。
それを見たウェルゴも、シーフと同様に空を見上げた。
「すごい………」
「見事だな……」
2人が見上げた先には、夜空を駆け抜ける数多の流れ星が、この氷の都に姿を現したのだ。
「あ!ウェルゴさん!!願い事願い事!!」
「ん?あ、そうだな…願い事」
いつもはこんな迷信を信じたりしないウェルゴだが、今はなぜかこの古くからの習わしに則っても良い気がして、流星群を見上げて両手を合わせた。隣では、既にシーフがそうしていた。
そこまで欲張りではない2人は、まだ流星群が流れている中、合わせていた両手を離した。
「ウェルゴさんはどんなお願いをしたんですか?」
「明日は『氷山の帯』に挑むわけだしな。皆が無事に帰って来れますように、と願ったよ」
「そうですか。なんか攻略の前夜に流星群と遭遇できるなんて、ラッキーでしたね」
「そうだな。で、シーフはどんな事を願ったんだ?」
「私ですか?私は…秘密です」
「な……俺のは聞いておきながら、自分は秘密はないだろう」
「へへへ、秘密です。究極的には、ウェルゴさんと同じですよ」
「なんだ、究極的に、って」
「フフッ」
「笑って誤魔化すのか?教えろよ」
シーフは、何度も「教えろ」と言うウェルゴを見ていると楽しくて、懇願というか命令される度に、断ってしまう。
いつもはクールで大人な男性のイメージを強く与えてくるウェルゴだが、今のウェルゴはとても子供らしく見えて、なんだか愛らしかった。
「教えろよシーフ」
「だから、ウェルゴさんと同じですってば!」
「さっきと言っている事が変わってる気がするが?!」
「気のせいでしょ」
シーフの願いは、究極的にはウェルゴと同じなのは本当だ。でも、願いの内容は言えない。
「みんなと一緒に現実世界に帰れますように」の「一緒に」の前に、「ウェルゴさん」というワードが入っていたなんて、シーフはウェルゴに言えなかった。