【エガリテート】4 ~第4音楽室の場合~
[場所:第四音楽室]
[カホラ]:「…………」
[吹雪]:「…………」
横で流れる先輩のピアノの音色。まだ少々ぎこちないが、それでも着実に進んでいく。
[カホラ]:「あ、ここはそのままシャープでいくのね」
そう言ってその和音を奏でてみる。
[カホラ]:「やっぱりこっちね」
[吹雪]:「そうですね」
[カホラ]:「よし、じゃあ進みましょう」
先輩はまた五線紙の音符を弾き進めていく。
……………………。
[カホラ]:「ふー、とりあえず一区切りかしら」
[吹雪]:「お疲れさまです、先輩」
[カホラ]:「どうだった? 横で聴いてみた感想は?」
[吹雪]:「先輩の努力が実ってきたように見えますね。いいペースで進んでるんじゃないですか?」
[カホラ]:「本当? 嘘ついてないわね?」
[吹雪]:「今嘘ついても何もメリットないじゃないですか」
[カホラ]:「信じていいのね? じゃあ」
[吹雪]:「はい」
[カホラ]:「ふふ、ありがと」
先輩はウインクして返した。
[カホラ]:「ちょっと休憩入れましょうか。ちょうど一区切りだし」
[吹雪]:「ジュースでも買ってきましょうか?」
[カホラ]:「んー、そうね。あ、私も行くわ、ちょっと場所を変えましょう」
[吹雪]:「そうですか? 休んでていいのに」
[カホラ]:「いいのよ、気分転換にはちょうどいいわ。さ、行きましょう」
[吹雪]:「あ、はい」
……………………。
[場所:屋上]
[カホラ]:「ふー、涼しいー」
[吹雪]:「いや、先輩これ、涼しいを通り越してませんか? というか、寒いです」
[カホラ]:「え? そうかな?」
[吹雪]:「そ、そうですよ」
今日は雪は降っていないが、季節は冬。
屋上にはビュービューと北風が吹きすさんでいた。
[吹雪]:「ここじゃないとダメなんですか? 場所は」
[カホラ]:「せっかく来たんだから、もうちょっとここにいましょうよー。これくらいの寒さ、男の子なら耐えなくちゃだめよ」
[吹雪]:「でも、この寒さは身を切り刻む勢いですよ。先輩は寒くないんですか?」
[カホラ]:「ええ、そこまで寒いとは思わないわよ? ……へっくしゅ!」
[吹雪]:「……今、くしゃみしましたよね? やっぱり寒いんじゃ」
[カホラ]:「これは心のくしゃみよ、ちょっとむずっと来ただけ」
心のくしゃみって一体何なんだろう……初めて聞いたぞ。
[カホラ]:「とにかく、もう少し付き合ってよ」
[吹雪]:「わ、分かりました」
これも精神修行か……。
[カホラ]:「いい眺めねー」
[吹雪]:「そうですね」
先輩は買ってきたホットレモンドリンクを開けて口に運ぶ。俺も同じように自分の買ってきたジュースを開けて飲む。ここに来るなら、俺もホットドリンクを買えばよかったな……。
[カホラ]:「ここから眺める海は本当に好きなのよね、私」
[吹雪]:「確かに、先輩ここに来ること多いですよね」
季節に関係なく、先輩はよくこの場所に来たがる。
[カホラ]:「だって、綺麗じゃない? 眺めが」
[吹雪]:「そうですね」
この島の大きなセールスポイントでもあるからな。海が綺麗というのは。
[カホラ]:「この海を見てると、自分の心も綺麗になる気がするの。悔しかったときとかにここに来てこの海を眺めると、もう一度頑張ろうって気持ちが沸いてくるのよね。吹雪もそう思うでしょう?」
[吹雪]:「そうですね。確かに、広い海見てると、自分の悩みなんてちっぽけなんだなって思いますね」
[カホラ]:「でしょう? 私、生まれ変わったら海賊になりたいって思うのよね」
[吹雪]:「え? ちょ、ちょっと待ってください先輩」
[カホラ]:「どうしたの?」
[吹雪]:「先輩、海が好きなんですよね?」
[カホラ]:「ええ、好きよ」
[吹雪]:「なのに、海上の悪人になりたいと思うのは、少々矛盾してませんか?」
[カホラ]:「そうかしら? あ、ひょっとして言い方が悪かったかしら? 私、海の上を旅してみたいのよね」
[吹雪]:「あー、それならしっくりきますね」
[カホラ]:「ごめんね、確かに海賊だとすっごく汚いものだものね」
[吹雪]:「想像つかないです、先輩が海賊になってる姿は」
[カホラ]:「そう?」
[吹雪]:「はい、先輩が金品を巻き上げてる姿は考えつかないです」
[カホラ]:「命が欲しければ、金を出すんだ――みたいな?」
[吹雪]:「……ちょっと上手かったですね」
[カホラ]:「気持ちを込めて言ってみたの」
先輩って、実は演技派なんだろうか?
[カホラ]:「でも、確かに私には脅しが似合わないかもしれないわね。というか、脅しをやる機会もないわけなんだけど」
[吹雪]:「ですね、そんな頻繁に脅すチャンスが巡ってきてたら、先輩の職業なんだよって話になりますもんね」
[カホラ]:「夢を盗む仕事です、何て言ったらどうなるかしら?」
[吹雪]:「多分、世界中から大批判喰らうでしょうね」
サンタとの激しいバトルが勃発しそうだ。
[カホラ]:「まあ、何にしてもいつかは海上旅行してみたいわ」
そう言ってホットレモンを一口。
[カホラ]:「そろそろ戻りましょうか? さっきからひっきりなしに震えてるみたいだしね」
[吹雪]:「すいません、バレてましたか」
[カホラ]:「名は体を必ず表すわけじゃなのね、やっぱり」
[吹雪]:「もちろんですよ、というか寒さに弱いのは大半の人だと思うんですけど」
[カホラ]:「仕方ないことだけどね。じゃ、音楽室に戻りましょう」
[吹雪]:「はい」
俺たちは寒い屋上を後にした。
……………………。
[場所:第四音楽室]
[吹雪]:「それにしても、この譜面難しいですね」
[カホラ]:「そうね、私も同意だわ」
素人が見ても分かる。この楽譜にはたくさんの音符が五線紙の上で踊っていて、尚且つ複雑な和音によって構成されている。子供の頃に音楽の授業で習った譜面とは訳が違うからな。
[吹雪]:「よく弾けるなって思いますよ、本当に」
[カホラ]:「本物のピアニストだったらスラスラと弾けるんでしょうけど、あまりカジったことのない私から見たら、とっても難易度が高いわね」
[吹雪]:「こんなこと言ったらダメなんでしょうけど、俺、ピアニストに選ばれなくてよかったです」
[カホラ]:「ふふ。でも、吹雪の役割はピアニストと同じく大切な役割だから、気を抜いちゃダメよ?」
[吹雪]:「はい、全力で取り組みます」
[カホラ]:「じゃあ、始めましょう。二枚目の三小節目からだったかしら?」
[吹雪]:「そうですね、さっきはここまで弾きましたから」
[カホラ]:「了解、じゃあよろしくお願いします」
[吹雪]:「はい、こちらこそ」
俺たちは譜面に向き合った。




