放課後じゃんけん
「おーい飯食いに行こうぜ〜」
帰りのHRが終わった途端、康平が声をかけて来る。俺たちは毎週木曜日に飯を食うのが決まったルーティンになっていた。
「今週もこの時間が来てしまったか……俺は家系ラーメン!」
拳を天へと突き出す。
「なら俺は、回転寿司……」
康平も拳をゆっくりと振り上げる。
「なら僕はミスドかな?」
「嘘だろ潮……夕飯でドーナツは意味わかんねえだろ」
「え〜? ミスドってドーナツ以外にもパイとかしょっぱいの結構あるよ?」
「とか言っといて、前行った時はドーナツしか頼まなかったよな」
「えへへ」
潮は恥ずかしそうに頭の後ろに手をやった。
「俺は……思いつかないな。サイゼリヤでいいか?」
駿はダルそうに手を上げた。こいつも思いつかないとか言っておきながら毎回サイゼリヤしか言わない。ただサイゼリヤが好きなだけなんじゃないか?
「よーし、いくぞ!」
康平の掛け声に呼応して、全員が拳を固く握りしめる。
「「「「じゃん、けん!」」」」
一瞬の攻防。全員がお互いの視線と表情を凝視し、出す手について熟考する。馬鹿げているように見えるが、この戦いは意地と意地のぶつかり合いなのだ。
「「「「ポイ!」」」」
場に出るは四つの硬く握りしめられた拳。全員がグーだった。
「お前ら、やるな」
「お前こそ……」
「息ぴったりだね〜」
「なんだその茶番は。ほら、さっさと次の手を出すぞ」
「んも〜駿ちゃんったらノリが悪いんだから」
「きめぇ……」
再び睨み合う。真面目に考えるとこの行為に全く意味はないが、気持ちの問題だ。より目力が強い方が勝つ気がする。運とはそういうものなのではないだろうか。
「「「「あいこでしょ!」」」」
結果はチョキが一つとパーが三つ。駿の右手が象るハサミが無慈悲にも全てを切り裂いた。
「サイゼリヤか……」
「なんだよ文句あるのか?」
「ないです!」
「じゃんけんは絶対、だからね」
「わかったらさっさといくぞ。ほらほら」
「うい〜」
まあ、実のところ何を食べるかなんてことは大した問題じゃない。友達と一緒にご飯を食べられるならそれで良い。それだけの話だった。
◇◇◇
店内は平日ということもあってか、そこまで混雑はしていなかった。入店と共にスムーズに四人がけのテーブル席へと案内される。
「サイゼリヤって気づいたらQRコードから注文する方式になってたよな」
「俺はこっちの方が好きかな。いちいち番号を書いた紙を店員に渡すのめんどくさいし」
着席すると同時に俺たち全員がスマホを見ながら会話をし始める。各々が食べたいものを注文しているからとはいえ、外から見ると中々に絵面が悪い。悲しき現代の縮図だ。
「送信、と」
「何注文した?」
「ミラノ風ドリアと辛味チキン」
「王道すぎだろ。駿って、初めて行く店は絶対看板メニュー注文しそう」
「……悪いか? 看板メニューなんだぞ? 絶対に美味しいことが保証されてるのにそれを食べない方がむしろ奇怪だと思わないか?」
「食べたいものを食べればいいんじゃないかな?」
「……分が悪いな。お前らと一緒にいると俺の意見が大体少数派になる」
呆れたように駿はため息をついた。けれど、その顔は確かに楽しげだった。駿のそういう素直じゃないところが俺は好きだ。
「康平、そういえばなんだけどさ」
「ん?」
「結局誰を好きになったんだ?」
「ん゙え゙」
唐突な俺のキラーパスのせいで何かが気管に入ったのだろう。康平はしばらくの間咽せ続けた。
「ゴホッ、ゴホッ……お前なぁ……」
「いやぁ、だってあんないいところで話を切られたら気になるだろ」
「まあ、そもそもみんなに好きな人がいるのか聞いたのは俺だしな……言い出しっぺの法則ってやつか」
康平は腹を括ったのか、ポツポツと話し始めた。
「俺って軽音部に入ってるし音楽好きじゃん? だからちょっとお目当てのCDが買いたくて学校近くのCDショップに行ったのさ」
「今のサブスク全盛の時代でわざわざCDショップに行くとかすごいな」
「だってCD見てるだけでワクワクするだろ? お目当てのCD買った後も、お、これジャケ絵いいな……って衝動買いするのが醍醐味なんだよ、こういうのはさ! まあお陰でいつも金欠だけど」
「あーわかる〜小説とか漫画買う時にやるわそれ」
「やっぱ? ……じゃなくて。あー続きの話すると、そこのCDショップが結構雰囲気ある感じの個人でやってるところだったんだよ」
「あー……大体読めてきたな」
「え、まじ?」
知的な雰囲気を醸し出そうとしているのか、駿はわざとらしく眼鏡をくいっと上げた。
「おおかた、個人でやってるCDショップだから店員の服装とかも結構お洒落っていうか私服で、そこの店員の人がめっちゃお前に刺さるビジュアルしてた……とかだろ」
「……当たりです」
図星を突かれた康平は恥ずかしそうに顔を隠して俯いた。
「じゃあ康平はショップ店員に一目惚れしちゃったってこと?」
「まあ、そうっすけど?」
「うーん……厳しくない?」
「まあ、無理だろ」
「俺だってそう思うけどさぁ……夢くらい見たって良くね? 好きってそういうことじゃないじゃん。理性とかじゃなくて、好きになっちまったらもう終わりなんだよ」
康平の剣幕に俺たち皆が気圧される。そしてその言葉に反論の余地がない。理性で恋を制御できるのならば人々はもう少し幸せになっていたと思う。
「でも迷惑だけはかけるなよ」
「相手は店員だろ? 店の雰囲気とかその人の性格にもよるとは思うけど、いきなり話しかけにいくのはモラル無いぞ。特に今はそういうのが嫌われる時代だからな」
「うぐっ……ならどうやってお近づきになれば……」
「せっかくだしおすすめのCDとか聞いてみたらどう?」
なるほど。それなら店員さんに振る話題としても自然だし、そもそも康平が音楽好きなのは本当だから丁度いい話題だな。
「潮……お前天才だわ! それ採用!」
「進展あったら教えろよな。普通に気になるわ」
「もち」
そうこうしていると注文していた料理が運ばれてきた。男四人の注文なので、その量はかなりのものだった。
「えー……まずこちら、ミラノ風ドリア三つと辛味チキン三つになります」
潮以外の目の前にそれぞれドリアとチキンが置かれていく。
「さっき俺の注文をいじってた癖に潮以外全員俺と同じ注文の仕方してるな? どういう了見だこれは」
「バレたか」
「結局これが一番美味いし安いもんねー」
「この野郎共……」
そして、残りの料理が潮の目の前に置かれる。
「そしてこちらが、マルゲリータとミックスグリル、エスカルゴ、玉ねぎのズッパ、カルボナーラ、ミートソースボロニア風、ミラノ風ドリアになります」
「わ〜やった〜」
「……潮って見かけによらずほんとに食べるよな」
「そう? 僕の家族はみんなこのくらい食べるけど」
「なのに全然体型は普通だからすげえよ」
「うーん、散歩が好きだからかな? 休日は20kmは歩くし」
歩きすぎだろ……どうしたらそんなに歩くことになるんだ?
「潮って運動部だっけ?」
「写真部だよ」
「あーなるほどな。散歩のついでに写真撮ってる訳か」
「写真部なのか。初耳だ。今度撮った写真見せてくれ。普通に気になるな」
「うん、もちろん。でもとりあえずお腹空いちゃったから早く食べよ?」
潮の腹から大きな音が鳴った。全員で顔を見合って苦笑する。早く食べないと潮が死んでしまう。みんなで手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
このあとめちゃくちゃ食べた。安心と信頼の美味しさだった。やっぱりサイゼリヤっていいファミレスだ。




