【50】宰相の独白〜ヴァラ共和国宰相ネトロフ・タルボッサ視点
◇◇ ヴァラ共和国宰相ネトロフ・タルボッサ視点
『──もしも、ヴァラ経由でラングスチアを侵略する事ができたら、属国となった際に、お飾りの王を置いて、貴殿に一番の権力を与えてやろう』
私がそんな事を王妃様にもちかけられたのは、二年前のことだった。
彼女は10年前に前王妃様が亡くなられた後にセイワ共和国から嫁いでこられた方だった。
(ラングスチアを侵略? まさかそんな事が本当に出来るはずはあるまい──)
はじめはそう思っていた。
だが、何度も秘密裏にセイワ共和国の使者に金品や渡されたり、もてなしを受けるうちに少しずつ気持ちは変わっていった。
そして、ついに三ヶ月前に転機が訪れた。
──なんと、王妃殿下がついに毒を盛ったのだ。その毒はセイワ共和国の秘薬で、毒を盛ったという形跡が見当たらず、あたかも病気であるかのように見せかける事出来るらしい。
私はそれを知り暗い気分になった。
……もしかしたら私が乗ろうとしているのは泥舟かもしれない。
はじめからそんな事は薄々わかっていた。
この国はともかく、ラングスチアは強大な国だ。この国がどうにかなったとしても、かの国を手に入れるのは厳しいだろう……と。
だが、私はもうずぷずぶに足を踏み入れ過ぎて、あとには戻れない所にまできていた。
私はセイワ共和国の使者と連携して、すぐに偽造の書類を作った。
そして、サミュエル殿下を追いやって、ヴァラの王の権限を全て奪い取ったのだ。
その後は部下達を言葉巧みに操り、陛下の影武者としてセイワ共和国の者をおいた。
この時点では彼がセイワ共和国の外務大臣だというのは知らなかった。
──だが、私はヴァラの国王陛下しか入れないような場所などに彼に全て見せてしまった。
きっと、この事がバレたらただでは済まないだろう。
私は妻子をナーミャに逃すと、何食わぬ顔で政務に取り組んだ。
──泥舟に乗るのは私だけで十分だ。
そして、ある日ラングスチア帝国から『ショッピングモール』という商店のプレオープンの案内と会員登録の案内が届いた。
「見たこともないほど巨大な商店か……。まあ、口だけの可能性はあるが行ってみる価値はあるな」
そう言って影武者になった男はニヤリと笑った。
──だが、ラングスチアから帰ってきた王妃様や影武者の男は大興奮だった。
「あの街は素晴らしいっ! 絶対にセイワ共和国のものにしてみせる。街を作ったと自称するあの『カワグチ』という異世界からの転移者は得体がしれないが、それでも今こそ侵略する価値がある。
──ヴァラの王が伏したタイミングで『アルカディア』の情報を知る事が出来たのは僥倖だった!」
私はその初めて聞く街の名前に目を見開く。
「アルカディア?」
「ああ、セイワ共和国に最近出来た街が、そういう名前らしい」
私はその言葉に耳を疑った。
その街には巨大なショッピングモールや天空に浮かぶ畑があるという。
だが、つい数ヶ月前に取引した商人の話だと、その地には何もなかったはずだ。
──その場所に、そんなに短期間で街が出現しただと?
もし本当だとすれば、それを作った者は今までヴァラに転移してきた異世界人とは事なり、見た事がないほど強大な力を持っているに違いない。
私はその得体の知れない街に身震いした。
だが、影武者と王妃様の圧力に負けて、ついに侵攻する為の準備を整えた。
──出兵する者達は皆、優秀である上に王都に家族が住む者達ばかりだった。極秘任務であること、やろうと思えば家族にすぐに手を下せることを匂わせると、彼等は気乗りしないながらも頷くしかなかった。
念の為、多大な褒賞と引き換えにヴァラで一番の剣聖、ヴィクラムも国境にあるという街『アルカディア』に向かわせた。
──だが。
何故か、我が国が進軍するという事がどこかから漏れてしまっていたらしく、ラングスチアの兵達が巨大な要塞のような建物に並びたっているのが見えた。
あの要塞が『ショッピングモール』らしい。
そして、その真ん中には『カワグチ』と呼ばれる男が笑みを浮かべながら立っている。
(あの男が王妃様や影武者が話していた男か……)
戦況は我が国の軍がはじめから圧倒から不利だった。だが、偵察の魔道具の映像は突然ぷつりと切れてしまい、戦況がよくわからなくなってしまった。
「ヴィクラムが行ったのよ? 負けるはずがないじゃない」
王妃様と影武者がそう話していたが、私はなぜか嫌な予感がした。
そして、予感は的中した。
──ラングスチア帝国のセイン王太子が突然ヴァラに訪問すると言い出したのだ。
最初は断ろうと思った。
だが、有無を言わさぬ態度に私はわかってしまった。
ああ、これは進軍したのが我が国であるのを見抜いているな……と。
そして、訪問してきたセイン王太子に私はしらばっくれることしか出来なかった。
──だが、敵は既に全てを把握しており、おまけに能無しだと思っていたサミュエル殿下まで事態を把握していた。
まあ、もしかしたら優秀だったソフィア王女に何かを言われて気づいただけかもしれないが。
そして、得体の知れないカワグチという男はあっという間に理解不能な魔法を使って影武者の正体を暴いてしまった。
短時間だったが、これだけは分かってしまった。
──『カワグチ』はバケモノだ。
まるで小さな異世界の空間をこの世界に細切れで召喚してしまったかのような魔法を使う。
『世界』そのものを簡単に塗り替えていく。
それが、カワグチという異世界人の持つ力だった。
私は彼らがヴァラに謁見に来て一刻も経たないうちに、あっという間に捕えられることになってしまった。
「よくも信頼してくださっていた陛下を裏切ったな! 重要書類まで偽造するなど!」
牢に入れられる際に騎士団のメンバーにそう吐き捨てられた。
……本当にその通りだ。
どこから私は間違ってしまったのだろう。
──きっと前王妃様がいらっしゃった時はいくらセイワ共和国から甘い誘惑をされても首を縦には振らなかっただろう。
だが、あの頃の私は『少しの間でも良い思いが出来るのであればもうそれでいいかもしれない』とそう思ってしまったのだ。
私は彼女が亡くなってからの国王陛下、そしてこの国に失望していた。
彼女はこの国の光だった。
王太子であるサミュエル様を含めお子様は三人産み、少し善人すぎて騙されやすく、ツメが甘い国王陛下をいつも嗜められていた。
残念ながらその聡明さを引き継いだのはソフィア様だけだったが。
──だから、私は密かに待っていたのだ。この国を変えてくれる誰かが現れるのを。そして、この国を変える力が自分にはないことくらい分かっていた。
きっとヴァラはラングスチアの属国になるだろう。
……だが、それで良かったのかもしれない。
このままサミュエル王太子と国王陛下にこの国を任せていたら遅かれ早かれ同じようなことが起こってしまった可能性が高い。
民はまだ気づいている者は少ないと思う。
だが、確実にこの国はゆっくりと衰退していっていた。
きっと確実に見抜いていたのは、国内で私を含め重鎮が何名かと、他の国の王族くらいだろう。
だから、牢に入れられたというのに私は心のどこかでホッとしていた。
そして、脳裏にはあの『カワグチ』というバケモノのような男と、冷たく笑うラングスチア帝国のセイン王太子の顔が鮮明に過ぎった。
──きっと、あれくらい冷酷で、あれくらい異質な存在がいないとこの国は変わらない。
私は牢の中から命のある限り、この国の行く末を見届けよう。
──まあ、もしかしたらその前に処刑をされてしまう可能性が高いが。
そう思いゆっくりと息を吐いた。
更新が遅くなって申し訳ありません。




