【43】敵は敵ではなかった〜ニッケル・ブライス騎士団長視点
◇ ニッケル・ブライス騎士団長視点
──100日ほど前に国王陛下が倒れた。
それは、国の上層部しか知らない機密事項だった。
表には替玉が出て、裏では政務の権限は成人したばかりのサミュエル王太子殿下ではなく、宰相に渡された。
表向きは、すでにご多忙なサミュエル様が一気に引き継ぐのではなく経験のある宰相がお支えすることできちんと仕事が回るようにする…という名目だった。
何かがおかしい。
そう思っているのは私だけではないのに、どんどんその100日間でヴァラ国内の情勢に暗雲が立ち込めた。
国王様の意識はいまだにまだ戻っていない。
その間に国の中枢が宰相と王妃様が結託して、ただの友好関係だったセイワ共和国のまるで属国のような動きを取り始めたのだ。
そして、第一王女のナディア様とセイワ共和国の貴族との婚姻がなし崩しに決まった。
彼女は計算高いところがある。
出ていく母国の安寧より、嫁ぎ先での自分の身を案じて静観している。
もはや、この国の未来を本当に案じているのは王太子のサミュエル様と第二王女のソフィア様だけである。
サミュエル様は宰相派が国王陛下に毒を持ったこと、権限の委託書類の偽造を証明しようと動いてくださっていたが、いまだに尻尾は掴めていない。
──そんな中、ついに宰相殿から私達騎士団のメンバーにラングスチア帝国の新都市、『アルカディア』を侵攻するようにと命令がくだった。
国王陛下が倒れてからすぐにセイワ共和国から武器や弾薬が運び込まれるなど、きな臭い動きはしていた。
だが、まさかこの短期間ですぐに攻め込めと言われるとは。
なんでも、王妃様がいたく『アルカディア』を気に入り手に入れたいと仰っているらしい。
くそっ、私を含めて王都に家族がいる団員は人質に取られているようなものだ。
──もし出兵を拒否したら、家族にも類が及ぶ。
それだけは、絶対に避けなければ。
私には愛おしい妻と子供達がいる。彼らを何としても守らねばならない。
『貴方、絶対に、絶対に帰ってきてくださいね』
妻のその言葉に俺は答えることはなく、ただ無言で抱きしめた。
◇◇
──なんだ、この見たこともない建物は…。
事前に共有があったショッピングモールという建物はまるで巨大な要塞のようだった。
そして、その上に立つ男がこの『アルカディア』という街を作り上げた異世界人『ナツキ・カワグチ』であるらしい。
黒髪で中肉中背、セイワ共和国の民のようなエキゾチックな顔をしている。
彼は侵攻されるという事態の最中なのに、気の抜けたような顔でヘラヘラしていた。
だが、その笑顔が逆に恐ろしく不気味に感じる。
そして我々の姿を見た彼が腕を掲げた瞬間、街は見たこともない白い光に包まれ、巨大、そして強大な魔力の膜が街全体を包み込んだ。
こんな情報は聞いていない!
味方のヴァラの兵達が不安そうにざわつき出した。
「怯むな!! アルカディアは包囲した! 撃てぇーーー!!!!!!」
パンパンパンパンパン!!!!
私が自分に言い聞かせるよう叫ぶと、兵達が一気に魔銃を手に攻撃をはじめた。
だがその攻撃の一つ一つがまるでただの雨粒のように波紋を描いて魔力の膜に飲み込まれていく。
さらにその膜からはまるでモンスターのような触手が出現し、味方を次々に拘束していった。
そして、さらに切り札として同行してもらった剣聖ヴィクラムが触手を切り刻みながら進撃していくが、ナツキ・カワグチはヘラヘラしたままさらに手を翳した。
──ゾクリと背中が凍る。
ヴィクラムはこの五カ国の中でも5本の指に入る剣聖だぞ?
それなのに、あの余裕の表情は一体なんなのだ。
少しずつ膜が薄くなり、その攻撃が届かんとしているのに、彼は顔にうっすらと笑みすら浮かべている。
そして、彼の剣が膜の中に届いたと思った瞬間だった。
パリィン!!
国からヴィクラムに贈られた伝説の大剣が砕け散った。
すると、隣の神獣がその落ちた大剣の破片をなんと食べ出した。
「おお、なかなか美味いチョコレートだのう」
見ると、我々の武器一つ一つが見たこともない『チョコレート』という菓子に変えられてしまっていた。
小さな短剣から弓矢、そして、戦車に至るまでだ。
──ナツキ・カワグチはバケモノだ。
思わず渇いた笑いが漏れる。
こんな相手に普通の人間が叶うわけがない。
私は大人しく首を差し出す事にした。
──これで、仲間の命が守られるならそれでいい。
すると、彼は苦笑いで『そんなものはいらない』と言った。
ちなみに『チョコレート』になってしまった武器は全てカワグチが手をかざすと消えてしまった。
私達は触手で拘束されたまま、兵舎まで連れて行かれた。
しかも、中には見たこともない設備の他に、マンションという建物が騎士寮として建てられていた。
おまけに、ドラゴンも数匹飼っているのが見える。
カワグチは困ったような顔でラングスチアの騎士団長であるグレイン・ボールドウィンに尋ねる。
「ええっと、ここら辺でいいですか? いやー、僕としたことが刑務所を作るのを忘れてたなんて!
もうMPないんで、ポーションくれますか?」
彼はグレイン・ボールドウィン騎士団長からもらったポーションを飲み干した。
「おおっ! すげぇっ! 本当に回復してますわ」
言いながら空いている場所に手を掲げる。
一体彼は何をする気だ?
──その瞬間だった。
ゴオオオオオオオオオ!!
地中から物凄い音が聞こえ、巨大な建物が立ち上がっていく。
「っな!!」
私達は思わず目を疑った。
今のは一体何なのだ?! 彼はあれだけの戦闘能力の他にさらにここまで凄い力を使えるというのか?!
「おおっ、よかったよかった!! グラウンド狭くなるかと思ったら微妙に敷地も広がりましたねー!」
だが、当のカワグチは何でもないことのようにヘラヘラしている。
私達が呆然と立ちすくんでいると、彼はヘラヘラと笑った。
「あ! どうぞどうぞ! 疲れているでしょうし、中に入って休んで下さい。刑務所ですけど」
そう言って中に通された。
どうやら、カワグチや騎士団の上層部しか扉を開ける事が出来ないらしい。
中には会議室のようなものや、受刑者が生活する部屋があった。
だが、その部屋は我が国の平民が暮らすような家よりずっと良い部屋だった。
「おーおー、良かった良かった、なかなかいい部屋じゃないっすか!」
そう言ってカワグチは笑った。
何なのだ! この男は。そして一体何を考えている?!
部屋では自由にお茶を入れられるようになっていた。
「これ、元々皆さんのものでしたから。大丈夫! アイテムボックスに入れる際にチョコレートだけ指定しましたから土とかもついてませんし毒も入ってません」
カワグチはそういって、自ら毒味したあと、騎士団員によりチョコレートという菓子が配られるように指示をした。
チョコレートが配り終わると、カワグチは満足した顔でこう言った。
「それじゃ、グレインさん! グレイスさんが話したいって言ってるのでもう僕はこれで」
そう言って、へらへらしながら帰っていった。
──恐る恐るチョコレートを口に入れると、めちゃくちゃ美味かった。
なんだか涙が出てきそうになった。
「うっ、ぅううう」
他のメンバーもチョコレートを食べながら泣いている。
そんな俺達を複雑そうな顔で見ながら騎士団長のグレイン・ボールドウィンは言った。
「ニッケル・ブライス。貴方には一時間後に話を聞きたい。それまでにシャワーを浴びるように」
そう言われて私は大人しく頷くと、監視されながらシャワーを浴びた。
ちなみに女性は別の棟に通されたらしい。
そして、呼び出された会議室に入った瞬間、私は驚きで目を見開いた。
「──ニッケル。久しぶりね」
そこには国王陛下が倒れられてから殆ど民に姿を見せていなかったソフィア王女がいた。
「…ソフィア様。どうしてこちらに…」
すると、彼女は悲しそうに微笑んだ。
「──この戦いでカワグチ様に無血で我が国をねじ伏せて欲しいと助けを求めたのは私よ」
その言葉で私の中でこれまでの事が全て繋がった。
──ああ、そういうことだったのだな。
私は理解をして、深く息を吐いた。




