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平成享年怪奇譚  作者: 宏巳
1/16

百回目の怪談(前篇)

私が小学校低学年だった頃か、同じクラスに京子というまずしい家の子がいました。

彼女はいつもお腹を空かせていて、みんながおいしくないと残すような給食のメニューも野良犬のように骨までむしゃぶりついて、その姿が幼い自分にとって恐怖で仕方ありませんでした。


ある日どういった経緯でこうなったか忘れましたが、京子と私の家で遊ぶ約束をしたことがありました。

彼女とはとりわけ親しい間柄でも何でもなく、なのに二人で遊ぶことになったのです。

放課後、私は急いで家に帰り母に言いました。

「今日ね、京子ちゃんをおうちによんでいい?」

「やめなさい!・・あの子だけはだめよ」

その時の母親の顔は未だに忘れられません。

文字通り、全身の血の気が引いたように顔を真っ青にして物凄い剣幕で怒鳴ったので、幼心ながらこれは言ってはいけないことだとすぐさま察し口ごもりました。

ですが、約束をしていたのに断ることで彼女から嘘つき呼ばわりされるのがなんとなく嫌で私は只管駄々をこねました。


成人してから母から聞いたことですが、当時彼女を家にあげると家の食べ物がなくなるという噂が親同士の間で広まっていました。

だが、幼い子供にそんなことを言える訳もなく、母は仕方なしに京子ちゃんを家に呼ぶことを許してくれました。


案の定、母が用意していた夕飯の唐揚げが全部なくなっていました。

母は京子ちゃんに優しく訊いたのですが、彼女はきちがいのように「食べてない、あたしわるくない」と何度も叫ぶので、そのまま家に帰らせました。


あの時恐ろしくて言えなかったのですが私、観ちゃったのです。

子供部屋でお人形遊びしている最中に京子ちゃんがトイレに行ったきり帰ってこないので、変だなと思った私はトイレに向かうことにしました。

夕方の薄暗い廊下を歩いていると台所からくちゃくちゃと音が聴こえてきたので台所の扉の前で立ち止まりました。

母親は買い物に行き、京子ちゃんと私しかいないはずの家に誰かいると思い、音を立てないように細心の注意を払って扉を開けました。


沈みかけの夕日で真っ赤に染まった台所で、大きく咀嚼音をたてる真っ黒な影が見えました。

「なんだ、京子ちゃんか」

ほっと胸を撫で下ろしたが束の間、空になった皿を背にした彼女の後頭部で大きな口がにやりと笑っていたのです・・




会場はしんと静まり返った。

いや、それは聴衆の胆が冷えたからではない。暇を持て余した浮浪者のおっさんがこの小汚い公民館の六畳ほどの部屋に、パイプ椅子に凭れ涎を垂らして寝ているからだ。

この公民館は普段は鍵がかかっていて入れないが、今日催し物があるから開けると聞きつけた近所の浮浪者が寒さを凌ぐため大勢集まった次第だ。

見るも無残な有様にステージの端にいた蝶ネクタイの司会者が出っ歯の口をあんぐりと開け、ひちさん分けの前髪がはらはらと乱れ落ちた。

彼はこれは仕事だと何度も己に言い聞かせ、ばつが悪そうにつま先歩きで前に出て、にかと愛想笑いをしてみせた。

「はいはい、怪奇蒐集家の御手洗 便三さんの怖ァい怪談でした。なんと次回は記念すべき百回目だそうです。よろしければまた来てくださいな」

それでも拍手のひとつも起こらず、彼は血走った目で後ろにいる背虫の男を睨み付けた。


仮に少しでも彼の容姿が美しければ少なくともみぃはあ女がついていただろう。

だが、そこにいる彼は美しさのうの字もない、見れば吐き気とひきつけを起こしそうな醜悪な姿をしていた。

「いや、どうも。ありがとさん」

御手洗は斜視の上に眼窩垂の左瞼にぽつりとできた吹き出物を掻きながら虚無に向かってへこへこお辞儀した。


「なんだよ、終わったのか」

さっきまで寝ていた浮浪者らが目を覚まし、伸びをしたり体の中身がおっくり返りそうな大欠伸をした。

怪談が終わり、一時の寝床を失くした彼等はとぼとぼと散らばって次の場所を探した。

便三は蝦蟇が潰れたような呼気を漏らしつつ、不気味な愛想笑いで残りの一人が帰るまでお辞儀した。

「今日はおおきにな、また聴きに来てくれや」

折角、パチンコで大当たりして一攫千金を手に入れた夢を見ていたのに叩き起こされた上に追い出されて完全に機嫌を損ねた親父が腹いせに大声で野次を飛ばした。

「こんなしょうもない話二度と聴くかボケぇ!」

「なんだとォ!もいっぺん言えや!」

辛抱堪らなくなった便三は親父を半殺しにしてやろうとステージから飛び降り、殴りかかろうとしたが椅子の脚に脚が絡まりずっこけた。

「いっ・・いでぇ!」


派手に散らばったパイプ椅子に囲まれ、大きくこさえた頭のたんこぶを撫でていると、すぐ傍で齢は七つくらいの詰襟の制服を着た少年が椅子にちょこんと座りじっとこっちを見ていた。

動く気配がない彼に便三は声をかけた。

「おいそこの坊ちゃん、話は終わったよ。お家にお帰り」

少年は曇った瞳をこっちに向けたまま、未だにマネキンのように一寸も動かないでいた。

(なんだぁ、陰気臭いガキだな)


青白く透き通る肌の少年は爪楊枝のような腕を半ズボンのポケットに突っ込みものを取り出した。

「おじさん、この数珠をつけなよ。お祓いなしの百物語は危険だ」

それは彼の幼い手には不相応の、十円玉くらいの琥珀の球に梵字が刻まれた見事な数珠だ。

(ほう、そうきたか。この世のあらゆる詐欺をやり尽くしたオデにその手を使うとは・・なめられたもんよ)

便三は少年の乱れきった黒髪をさらにくちゃくちゃと撫でた。

「坊ちゃんよぉ、ちっこいのに苦労してんだな。金はやるから大人を騙すのはやめな。ロクな大人になんねぇぞ」

少年は俯き、「業人が」と呟いた。

それを聞き漏らさなかった便三は声を荒げた。

「はぁ、さっき何ゆうた?」

「深淵を覗く者は、向こうからも覗かれる」

少年は宛らきちがい蛇の、背筋がぞわつく目つきでこっちを見ている。

「さっきからわけわかんねぇ生意気な口ききやがって・・大人をなめるなよ!クソガキがぁ!」

すっかり怒髪天突いた便三は拳を振り上げた。

渾身の右手で風を切ってぶん殴ったが、拳から激しい電流が走った。

「いでぇ!」

気付けば少年の姿は消え、便三の拳はパイプ椅子に命中した。

「なっ・・なぁんだぁ・・?」

広い部屋に取り残された彼は目をまぁるくして狐に抓まれた面持ちで呆然とした。



とりあえず金さえもらえりゃこの怒りは納まるだろうと思い、便三は公民館の事務所に向かった。

「はぁ?百円だと。せっかく来てやったのにこれはないでしょ」

事務員から貰った百円を握りしめ、便三は額に青筋を立てて震えた。

「だから何度も言いましたようにルンペンの寝床にされるような底辺の芸人に払う金なんて正直ないですわ。文句あるなら百円返してもらいますよ」

彼の顔も碌に見ずに事務員は持っていたペンをほおり投げ、机に足をかけながら札束を器用に捲り始めた。

便三は潔いほどに嫌味たらしい彼の態度にものが言えなくなった。



期待していたギャランティーを貰い損ねた便三は歩いて三駅ほど先の、自宅があるドヤ街まで帰ることにした。

一時間かけて住宅街を歩くと次第に時代に取り残されたような黴臭さが漂う安宿が見え始め、同じ通りに最近できた明らかに場違いな様子のアイスクリーム屋が立っていた。

便三はその店の前で佇み、締まりの悪い口をへの字に曲げてじっと睨み付けた。

(地価が安いからてわざわざここを選ぶこたァないだろ)

下手すりゃ国籍すら怪しいならず者やその日暮らしの浮浪者が当たり前のようにいるドヤ街の薄茶色の空気に似合わず、如何にも若い女が好みそうなパステルピンクの外装に胡散臭さが呪いのように染みついてしまっている。

暫くして都会染みたアイスを持った女子大学生の二人連れが出てきて、彼と目が合った。

ひとりの女が嫌悪した顔で彼に指差した。

「なんやあのオッサン、キモいわ」

片方の女は指差す腕を止めようとした。

「ホームレスやん。ルミも人に指差したらアカン。さ、早よ駅いこ」

そう言ってそそくさと逃げていった。

二人を目で見送った便三はそこらに唾を吐き、店の向かいのドヤに入った。


その宿は築五十年をとっくに過ぎたオンボロで、玄関をすぐ入ったところに受付があり、従業員の親父が苦虫を踏みつぶしたような顔で競馬新聞とにらめっこしていた。

便三は受付の擦り硝子の扉を叩いた。

「おっさん、帰ったで」

親父はつんつる頭から垂れた汗を手で拭い、コルクボードにかかった鍵を彼に渡した。

「あいよベンジョ虫、他の奴は夜遅うまで土方仕事ちゅうのに悠長でんな」

「昼間から酒飲んで競馬よかマシやろ」

そう言って便三は鍵を受け取った。


ミシミシ軋む木の廊下を暫く進むと彼の部屋があった。

扉一面に貼られた、死ねだの殺すだの物騒な言葉が殴り書かれた張り紙を引っ掻くように破った。

「こんなもん貼られたて学校行ってないから字が読まれへんわ!」

張り紙の残骸を床に捨てたまま、立てつけの悪い引き戸を乱暴に開けて部屋に入った。

(どいつもこいつもオデをバカにしおって・・)

鼻息を荒げ、隅っこに黒いシミがべっとりとついた畳部屋の真ん中でどかと寝そべった。

そうしている間にもいつ食べたか記憶にないカップ焼きそばの残骸から黒々とした立派なゴキブリが出てきた。

彼は古式の扇風機しかない部屋で足のつま先で感じる冬の訪れに恐怖を覚えながら両足を擦った。



この便三、実は伝説に残る漫才師になるはずだった。


それは彼此三十年以上前のこと。

見るに悍ましい容姿のために昔からいじめられ続けてきた便三はまともに学校に行かず、中学を出てすぐに街のゴロツキになった。

ある日、ヤクザに頼まれた便三は居酒屋の親父から借金の取り立てをしに店に押しかけたときのことだった。

頭は足らぬが体力はある便三は客がいる前で店の親父を思いきりぶん殴った。

「早よ返さんかい!」

バラバラ散らばる皿、散り散りに逃げる客、恐怖に失禁を始めた親父。

「店に来るのは堪忍してや・・ちゃんと返しますさかい」

「何度言えば気が済むんや。返済日はとっくに過ぎとんのじゃ!」

もう一度拳を振り上げると、後ろから彼の腕を掴んだ者がいた。

「誰じゃい!」

振り返ると目が覚めるような麗人の男が彼の腕をしっかと掴んでいた。

「僕がこのお金を出すから、こんなくだらないことはやめなさい」

不思議なことにあれだけの美貌を持ちながら、便三の容姿に眉ひとつ動かさずまっすぐな目で彼を見ていた。

便三は自分が情けないやらなんやらで言葉に詰まり、男から金をひったくり店を飛び出した。

店から何度も聞こえる店主のおおきにの声が耳にこびり付くので、耳を塞ぎ遠くまで只管走り続けた。

「ちょっと、キミ」

彼はその声から逃げようとしたが、あっけなく肩を掴まれた。

「なんや、笑いにきたんか」

「あほう、そんなんちゃうわ。キミを助けに来たんや」

「たすけるやと?」

再びまっすぐな目を向けられた便三は彼からもはや逃げることも威嚇することもできなかった。

「僕は夢二。漫才師を目指している者や。一緒に漫才師にならんか?」

その日から便三はヤクザの道から足を洗い、夢二と共に漫才師を目指した。


美しい夢二と醜い便三。大した練習もしていないのに観客からはどかどかと受けた。

そのおかげで何度か有名どころの劇場に立つことができ、彼らの人気は瞬く間に鰻上りになった。

舞台裏では、彼らは間違いなく売れるだろうと芸能事務所からスカウトが絶えないでいた。

だが、ある日美しい相方が煙を撒いたように姿を消した。

そして醜い彼だけが残り、このとおり。

今さら堅気の仕事に就くことさえ絶望的な彼は仕方なく五十を過ぎた今でも世間から邪険に扱われながら芸人の名にしがみついている。

近頃では、自虐の意も込めてこの顔を生かして怪奇漫談を持ちネタとしているがさっぱりだ。


昔のことを思い巡らせつつ、うとうととしているとベニヤ板のドアをノックをする音がした。

「おい、ベンジョ虫。電話やぞ」

便三は宿屋の親父の声にのそりと上半身を起こした。

「女からや。貧乏人のくせして女かこたんか?」

「うるさい。オデかて知らんわ」

冷やかす親父から受話器をひったくり、電話に出た。

「はい、御手洗」

ひょろひょろという言葉が似合う、覇気のない女の声だった。

「御手洗様ですか?わたくしは竜念寺の檀家の桑原で御座います」

「こんな夜遅くにお寺の人がなんの用かね。残念やがオデはまだ墓に入るつもりはありませんよ」

「はあ、なんのことでしょう。明日の牛三つ時に怪談の会を開くので、是非とも貴方様のお話を聴きたくてお電話させて頂いた次第ですわ」

この女の話し方も然り、全くもって金の臭いがしない話にやる気が起こらない便三は鼻を穿った。

「怪談の会ってね、こっちは趣味でやってるのじゃないんでね。もちろん、アレはあるのでしょうね?」

「はい。十万円てところでいかがでしょうか」

便三は目を丸くし、おもわず受話器を落としそうになった。

「じゅ・・十万!嘘じゃなかろうな?」

「ホホホ、嘘なぞつくものですか。貴方様のファンの集まりですからね。十万でも足りませんよ」

それを聴いた彼の額から冷や汗がしたり落ち、震えが止まらなかった。

「そ・・そうか。じゃあ・・行くぞ行きますとも」

「では、明日の丑三つ時、竜念寺の本堂でお待ちしております」

と言い残し女は電話を切った。

受話器を置いた便三はふうとため息を吐き、そのまま腰砕けになった。

「俺にファンがいたのか・・しかもこんなご時世に大枚をはたいてくれるときた」


 次の日、あれから上手く寝つけず深酒をしたため、激しい二日酔いに項垂れていた。

気付けばカーテンから西日が漏れ、彼の目を眩ませた。

(まずいな、ネタを考える暇もなかった)


約束の竜念寺はここから三十キロ北にある山の県境にある。

電車に乗る金すらない彼は金という魔力につられて老体に鞭打って歩いて行くことにした。

とぼとぼと歩みを進めていくと、人気のない住宅街で例の少年に出くわした。

便三は無視して通り過ぎようとしたが、どうしても気になってちらちらと振り向けば逆光に浮かぶ彼の眼光が目に入った。

「なんじゃい、気色悪い。言いたいことがあるなら言え」

じとりとした眼で少年は応えた。

「あのお寺に行くのはやめたほうがいいよ。あれは八百の妖怪が人間に化けたものだ。百物語をして欲しくて待っているんだ」

便三はあからさまに溜息をついた。

「だからよ、その百物語ってなんだ。オデは特別罰当たりなことをしているつもりはないぞ」

「十分に罰当たりだよ。言霊って知ってるかい?怪談をすることで言霊があの世から一体ずつ妖怪をこの世に呼んでいるのさ。それが百回、つまり百体の妖怪がこの世に集まった途端、実体を持って怪談を行った人間を基地外になるまで苦しめ続けるんだ」

おっかないことを顔色ひとつ変えずに話す少年に、便三は喉仏がおじぎするように上下に動くくらいの唾を飲みこんだ。

「ここまで来ると後に退けないから、せめて妖怪に憑りつかれないようにお祓いしたほうがいいよ。この数珠はつけたものを守ってくれるからさ」

そして再び例の数珠を差し出した。

「しつこいぞ。どうせどっかの宗教の回しモンだろ。こんなもん受け取ってたまるか!」

便三は怒りに任せ、数珠を叩きつけた。

少年は地面に無残に落ちた数珠をじっと眺めた後、彼を見上げた。

相変わらず無表情だが、おっかない目をしていた。

「そうかい、せいぜい苦しめばいいよ」

そう言い残して夕闇に紛れ消えていった。

「このクソガキが」

便三は唾を吐き、気を取り直して竜念寺に向かった。


 どっぷりと深夜になった頃、やっとのことで例の山を登り、杉の木の間から一際目を惹く立派なお寺の前に立った。

便三は門に懸けられた黒檀の看板を指でなぞった。

「ここがりゅうねんじか」

気づけば背後に痩せこけた貧相な尼僧が立っており、電話の通り生気のない声で「お待ちしておりました」と力なく微笑んだ。

秋の夜風に揺れる袈裟から見え隠れする浮き出た湶が痛々しい女は彼を寺の本堂まで案内し、照明も朧な長い廊下を進んだ。

「お寒ぅござんしたね」

微かに見える欄間には地獄の鬼のような形相の獅子が浮かび上がった。

それをうっかり目にしてしまった便三の額から汗がにじみ出た。

「ははっオデのドヤと比べたらこんなの平気ですよ」

「そうですか、今晩は温かい本堂でゆっくりなさいませ」

尼は白い肌に映える血のような濡れた唇を滑らかに動かした。

時たま目を伏せ現れる長い睫は今際の色気を想起させた。


奥の部屋に着いた尼は小枝のような指をきちんと揃えて襖を開けた。

「さぁさ、貴方様のファンがお待ちで御座いますよ」

襖の向こうには二十畳の大広間に十三人の若い女が方々散らばってぐったり俯いて座っていた。

「なっ・・なんだぁ?」

ファンと云うから黄色い歓声を期待していたのだが、こんな有様なので拍子抜けした。

「便三さん、これをどうぞ」

「それじゃあ、えんりょなく」

便三は上座に置かれた紫紺の座布団にどっかりと胡座をかき、尼に注いでもらったカップいっぱいの日本酒を一息で呑み干した。

臭い呼気を深く吐き、涎を拭い、すっかり上機嫌になった。

(こりゃいいぞ、面白い話が浮かんできた)

「そう、ありゃ芳一っちゅう男でな、琵琶を弾かせりゃ横に出ない立派な坊さんだった」


そう、彼が語らんとしているのはかの耳なし芳一だった。

本なんかひとつも読んだことがないはずの彼は、さも自分が作りだした話だと言わんばかりに酒の力も借りて饒舌に語りを広げた。


やがてこの話を聴いている観客は涙を零し始めた。

(おいおい、怖がらせようとしてるのに泣かれちゃ困るなぁ)

それでも彼は話を続けた。

どうしたわけか、芳一が平家の亡霊に耳を取られたあたりですすり泣きが地鳴りが轟く笑い声になった。

「どっ・・どしたんや。こんなん笑うとこちゃうぞ」

便三は不安になり客の方を見ると全員白目を剥き一斉ににたりと笑った。

「うっ・・うわぁ!」

そのまま逃げようとしたが、恐怖に腰を抜かし動けなくなった。

すると客の首がワインのコルクが抜けるように勢いよく飛んできた。

「う・・うわぁっ」

蒼白い炎に包まれた生首は宙を旋回し、なおケタケタ笑っている。

「やめてくれぇ!」

どうしようもなくなった便三は頭を抱え蹲った。


<続>


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