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18 アルゼブルの岩石地帯

 西はガリア帝国の都ヨーデンから、東は山脈を越えてビビアの領域まで、大陸を横断する一大交易路がある。その中心にあるのが、ハイラ王国の王都ハイリアだ。

 ハイリアから西への旅路は、まずハイラ王国の草原を抜け、アルゼブルの岩石地帯を通り、いくつかの国を経て、ようやくガリア帝国の国境を越える。ヨーデンはハイラから見てガリアの一番深いところ、西側に位置するため、国境からもさらにかなりの日数を要する。砂漠や山脈、密林の続くハイリアから東の過酷な道程に比べれば、はるかに楽に見えるが、それでも長い旅路で危険がないとは言えない。


「何も起こらないねえ。盗賊のひとりも見かけないじゃない」


 退屈そうにひとりの騎士がぼやいた。隣にいた騎士がそれを咎める。


「いなくて結構。この戦闘狂ヴァルッカめ」


 ぼやいた女騎士の名をネーヴァといい、アグラー騎士団長の右腕とも言われるほどの猛者だ。人並みに見える体つきで、どんな男も敵わぬほどの膂力を発揮するという。どうやら性格も、そちらに傾いてしまったようだが。

 もうひとりの騎士がピスピだ。ネーヴァがアグラーの右腕なら、左腕はピスピで間違いないと言われる。常に冷静で口数の少ない男で、アグラーは、今まで彼の驚いた顔を見たことがない、とユウキたちにピスピを紹介した。


「ようやくハイラの国境を越えたところなんだ。そうそう問題が起こっては困る」


 そう言って、アグラーが商隊を見渡した。


 ハイリアを発って十日間。ハイラの西の国境とされる町を過ぎて、ようやく草原が途切れようとしている。

 およそ五十人からなるダーリオン家の商隊は、ユウキたち七人と共に、ガリアの都ヨーデンへの道を進んでいた。ガリア特使アベルがいるガリアの商隊は、ユウキたちより一日か二日ほどの道程を先行して進んでいるはずだ。正確には、彼らが先に行ったというより、ユウキたちが遅れている。


「景色が変わってきましたよ。これが、アルゼブルの岩石地帯ですか」


 辺りの色合いが、黄緑や薄い緑から、一気に茶色や灰色になってきたのを見て、ユウキが言う。

 草原が終わり、岩だらけの凸凹道が始まるのだ。ここまでの道のりは行くに容易いもので、二日に一度は町に泊まれ、水や食料の心配もなかった。だが、ここから先は、そうはいかない。それなりの危険が伴うという。


「ああ、この地帯は砂漠ほどではないが不毛の地でな。オアシスのような水源もない。私の知る限り、ここを住みかとする民はいないはずだ。いたるところが岩石だらけで、交易路となっている道も整備されたものではないため、非常に進みにくい一帯なのだが……見たところ、この商隊の道案内は非常に正確で安全だな。馬や荷車を進めやすいところ、崩落の危険のないところをしっかり選んで進んでくれている」


 関心したように言うアグラーに、馬を寄せてくる男がいた。


「へへっ。天下のダーリオン商家にとっては、こんなところは庭先みたいなもんですからね。しかし騎士様も、ずいぶんと良い目をお持ちのようだ」


 リスティから使節団の世話を言いつかったパジャスである。軍での遠征経験のある騎士三人はともかく、それ以外の四人にとっては初めての旅。病や怪我などを避けるため、食事から何から気を付けてくれているのだ。


「いや、私など大したことはないよ。こちらに騎乗の苦手な者がいるせいで、進みが遅くなってすまない。向こうでの実務能力を優先して選んだため、馬に乗れるかどうかを計算していなくてね」


「それでも奴隷と一緒に歩くよりは速いでしょうよ。あいつらの体力についていける者なんて貴族にはなかなかいないでしょうからね」


 商隊の主だった者やユウキたちは馬を走らせているが、馬に引かせている荷車の周りには、かなりの速さで歩みを進める奴隷たちがいる。馬の方向を操ったり、荷が落ちぬよう管理しているのだ。

 ちなみに使節団の中で特に馬に乗るのが不得手だったのは、特使レスパールだ。ラウラも初めてということで、出発前に何度か練習したが、すぐに乗りこなせるようになっていた。


「そろそろ日が落ちますからね、開けたところを見つけて、野営の準備に入るでしょう」


 言いながらパジャスが商隊の先頭を窺うのとほぼ同時に、先頭から大声が響いた。


「右前方の大岩の手前で野営する! 当番の者は準備に入れ!」


 今日も長い旅の一日が、過ぎようとしていた。



   ☆   ★   ☆



 ダーリオンの商隊は、ほぼ正三角形に尖った大岩の手前に、陣幕を立てはじめた。

 沈みつつある西日を岩が遮り、陰になって涼しそうな辺りだ。逆に朝には日の出から陽光が差し込み、眩しいに違いない。


「この辺りには、そう危険もありませんがね。岩のくぼみとか、たまにある灌木とかに、迂闊に手を突っ込んじゃいけませんよ。毒グモや毒ヘビのたぐいはどこにだっていますし、おとなしい蜥蜴ゼブルだって身の危険を感じりゃ噛みつきます」


 そう言いながら、パジャスはてきぱきと寝床の準備をする。昼の太陽で暖まった地面が冷めぬうちに、布を敷いて木の棒を立て、幕をかけていく。多少の力はいるので、男の仕事になる。

 次は食事だ。火を起こすほど夜は冷えないので、食事も火を使わないもので済ます。干し肉、干しイチジク、薄焼きの固いパンなど、旅に欠かせない日持ちする食料ばかり。


「昨日は町に寄れましたんでね、特別ですが生のビワがありますよ。食後の口直しにしてください」


 旅慣れぬユウキたちを、こうしてパジャスは気遣ってくれていた。

 敷かれた布に腰を下ろし、思い思いの格好で食事を進める八人。そこへ、リスティが現れる。


「どうもー使節団の皆さん。ここから先はちょっとだけ道が険しいですから、今日はしっかり英気を養ってくださいね」


 ここに至る十日間の間に、リスティは頻繁に使節団の面々と言葉を交わし、今ではすっかり打ち解けている。さすがは商売人といったところなのだろう。

 はじめは一番警戒していたラウラでさえも、リスティの語る面白い逸話などに聞き入ったり、外の国々についていろいろと尋ねたりとかなり仲良くしているほどだ。


 しかし、ユウキは彼女にほとほと困っていた。


「ほら、ユウキ! 今日は何か見せてくれないの?」


 これである。最初の晩にコインを消す魔法マジックをまた見せてくれと皆の前でねだり、ユウキは仕方なく、その手品マジックを披露する羽目になったのだ。コインマジックは今までリスティとファリシアにしか見せていなかったから、使節団の皆、特に騎士たちが非常に興味を持ってしまった。

 それからというもの、毎晩のように魔法マジックを見たいとせがまれ、時にアグラーやラウラが何らかの魔法マジックを使ってみせることもあったが、最終的にはユウキの、未知の手品マジックが注目の的となった。


「リスティ、俺の魔法マジックは見世物じゃないんだよ」


 言いながら、手品マジックは見世物だなあと、己の言葉にユウキは内心で突っ込みを入れるのであった。


「私には想像できないたぐいの魔法マジックだからな……何度見ても興味深い」


 そう真面目に言うのはアグラーだ。


「不思議なものだ」


「ああ、私には魔法マジック自体十分不思議だけどね」


 まったく驚いたような顔もせず、不思議だとのたまうピスピ。彼を驚かせるのは、至難の業なのだろう。そして、マーセンと同じくほとんど魔法マジックが使えないらしいネーヴァ。ユウキにはネーヴァは魔法マジックを使えるように見えもしたが、そうでもないのかもしれない。


「こんな手品マジックで感心していただけるのは恐縮ですが、何の役にも立ちませんよ」


 ユウキが広げた手の上にコインを載せる。そこに逆の手をさっとかざす。

 コインはまるで命を宿したかのように、ひとりでにピーンと跳ね上がった。ユウキの頭を越えて戻ってくると、同じ手にすっぽりと収まった。

 マッスルパスという、いわゆるトリックも仕掛けもない手品マジックだ。手の平の形と筋肉だけでコインを飛ばす。身につけるにはかなりの練習と、才能が必要になる。


 同じ手品マジックを何度も同じ相手に見せてはいけないというのは、手品師マジシャンにとって当たり前のことだ。しかし、そうも言ってられなくなった時は、こういった、単純なのに見破られそうになっても決して真似できない、技術で勝負するしかない。


「その魔法、人間とかには使えないのか?」


 マーセンがいいところを突いてくる。


「動いてるものには駄目だね。言うことを聞いてくれない。その辺の石ころならできるかもしれないけど……この丸い形と、あと材質が良いみたいで、俺のわずかな魔力でも集中させられるんだ。マーセンも知ってのとおり、俺はほとんど魔法マジックが使えないからね。もっと魔力があったら、大きなものにも何かできるかもしれないけど」


 もっともらしい言葉を並べて、誤魔化すユウキ。旅の間これがずっと続くかと思うと、流石にうんざりしそうだった。これが手品の舞台(マジックショー)であれば、心から楽しめたろうに。



   ☆   ★   ☆



 レスパール=ギバニ。生ける税帖、とも呼ばれる男である。数字にめっぽう強く、物価の概念を正しく理解して、ハイリアの市場におけるすべての税額と交易品の流通量を管理する。

 苦手なものは、最近判明したばかりなのだが、馬に乗ることである。そのせいで、使節団のガリア到着は少し遅くなりそうなのだが、遅れた分を取り戻せるくらいの働きはできる、とレスパールは自負していた。


 レスパールは数字で表せない魔法マジックというものが、どちらかというと嫌いだった。魔法マジックを掌握しようとする貴族たちを馬鹿らしいと思っていたし、そのくせレスパールに頭を下げて小銭を稼ごうとするのを心底軽蔑していた。


「ユウキさんの魔法マジックは、他の方のものとは大きく異なりますね。自分のためのものというより、他人が見ることに価値を持ちそうな……」


 そう、レスパールはユウキに話しかける。

 ユウキは興味深げにレスパールを見返した。


「レスパールさんは、鋭いですね。俺の手品マジックは、確かに見られることを意識してます。俺にもっと魔力があれば、普通に炎を吹き出させたりしたいですが」


 ユウキの言葉の意図するところは、レスパールには判然としなかった。少し考えながら、彼の魔法マジックを眺める。

 ユウキはまた銅貨を空中に飛び上がらせる。レスパールがそれを目で追うと、今度は急にかき消えた。


「! 消えた銅貨は、どこへ行ったんですか?」


 ユウキは、にこりと笑ってレスパールに答えた。


「レスパールさんの、左の袖の中ですよ」


 言われて袖を振ってみると、確かに一枚の銅貨が転がり出てきた。

 やはりこの人の魔法マジックはどこか異質だ。そうレスパールは感じた。


 レスパールは皆に、ちょっとその辺まで行くと告げ、用を足そうとその場を離れた。

 その帰り道。商隊の野営地そばにそびえ立つ大岩の前を通りがかったレスパールは、何かの音に気付く。


「ん? 何でしょう」


 それが茂みや岩の間などからの音であれば、パジャスの忠告も先程あった、レスパールは近付かなかっただろう。

 しかし、大岩自体が奇妙な音を鳴らしたように聞こえたのだ。彼は、大岩に近付く。そして。


「うえっ! うわわわあああ!!」


 落ちた。

 地面と大岩のちょうど境目、狭まって足を踏み入れにくい部分に、見えない穴があったことにレスパールは落ちながら気づく。


「驚きました……」


 すぐに新たな地面に到達し、レスパールはほっとしながら落ちてきた穴を見上げた。

 ちょうど細身の人間が通るくらいの丸い穴。自力でも這い上がれそうだ。

 そう考えてレスパールが土の壁に手をかけた時、背後で声がした。


「何者じゃ。何故わしらの領域を侵す」


 慌てて振り返ったレスパールの目に入ったのは、薄汚れた獣のような格好の、年端もいかぬひとりの子供であった。

レスパールと打つ時に何度もレスポールと打ちそうになります。ギター違う……。

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