15 予定は崩れるもの、予想は外れるもの
今回は区切り的に短めになりました。
ユウキはこっそりと膨らませたバルーンアート用の細長い風船を、人型になるようにねじって袖に隠しておいた。人型といっても大きさは手のひら大で、ゆったりとした魔法学校の制服の袖にはすっぽりと隠すことができた。
そのバルーンを浮かせるよう頼んだ相手が、オロゾだった。頃合いを見計らってバルーンを出すから、すぐさまふわふわと浮かせられるよう、お願いしたのだ。オロゾの魔法の実力はかなりのもので、だからこそ信頼できた。
あとは腹話術さえ上手くやれば、誰も疑う者はいない。
ゴム素材、蛍光色、そしてバルーンそのものもこの世界には存在しないはずだ。腹話術の概念がないことも、以前ラウラ相手に確かめている。
そして、その舞台は整った。
声に反応してアグラーが動いた瞬間、それに皆が気を取られた瞬間に、バルーンを浮かせる。
『わしは、妖精じゃ……妖精、知っておるか?』
「陛下……!」
アグラーが剣を手に、バエッタに目で問いかける。得体の知れない何かを始末しようというのだ。
バエッタはそれを手で制した。
「待て。予が話をしたい」
バエッタの視線は興味津々と空中を浮遊する物体に注がれていた。
「妖精、というのは遠い地の伝承か何かで聞いたことがある気がする。小さく、空を飛び回り、人にいたずらをする存在であると。そうなのか?」
『知らぬな……わしは気まぐれで人に手を貸すこともあれば、人から助けられて恩を返すこともある』
バルーンの位置は、ユウキの顔の少し上あたりから離れないようオロゾに頼んである。それ以上、離れてしまうと、声の出所とバルーンの位置がずれて聞こえてしまい、手品のタネが露見する恐れがあったからだ。
結果として、バルーンはユウキの目の前とその上を、ふわふわと行き来することになった。
「今回は、死んだ兵士の無念に手を貸したと?」
『理由など、どうでもいいじゃろう……なぜわしの声が小僧に聞こえたのか……』
「何のために我々の前に姿を見せた?」
『ふうむ……面白い小僧じゃな……』
あえてバエッタの言葉を無視して、ユウキは自分自身に語りかける。妖精の声色で。
ユウキの目の前から動かぬ理由を、彼に興味を持っているからだと思わせなければならない。
『小僧、お前の名は何という?』
自分で聞いて、自分で答える。腹話術を知る者が見れば、ずいぶんと滑稽だろうな、とユウキは思った。
何しろ、ただ大の字にねじっただけの風船と会話してみせているのだ。黄色い風船が、この世界の人々の目にどう映るのか──それはユウキには分からない。
「お、俺ですか? ユウキ=センドーといいます」
『ユウキ、か……よし、お前に力を貸してやろう……手をこっちに伸ばせ』
おそるおそるユウキは手を伸ばす。浮かぶバルーンにこわごわと触れようとして。
「え? こうですか……わっ!」
パーン!!と大きな音を立てて、バルーンが弾けた。
手を伸ばしながらユウキが割ったのだが、何も知らぬ者から見れば、ユウキの手が触れるか触れないかという辺りで弾けて消えたように見えるだろう。
「うおっと」
バランスを崩したふりをしながら地面に手をつき、落ちたバルーンの残骸をさっと隠した。
「ユウキくん、大丈夫?」
ラウラが心配して駆け寄る。オロゾはその場で驚いて、魔法のための集中を解いてしまっていたし、ユウキが何かをやっていることを知っているマーセンは、何をやったのか見極めるように睨んでいた。
「消えた……」
ファリシアやアグラーは、辺りを見回して、妖精の姿を探し求めるが、当然何も見つからない。
バエッタはというと、表情を消して何かを考え込んでいるようだった。
「ありがと、大丈夫だよ。けど……今のは何だったんだろう」
多少わざとらしくなってしまったかな、と思いつつ、ユウキは天井を見上げた。
妖精の力となれば、狼の門での話は片付くはずだ。その代わりにユウキにはまた別の注目が集まりそうだが。
☆ ★ ☆
黄色い妖精が弾けて飛び散ったのを見た時、アグラーはしまったと思った。
何の情報も得ることなく、謎の存在は消え去ったのだ。おそれ多くも、王の質問をすべて無視して。
だが妖精は、このユウキという少年に力を貸すと言った。ということは、この少年の存在が重要になるかもしれない。死体を操って盗賊を殺すような力を、彼は決して無視できなかった。
「ユウキといったか。どうだ、何か変わりあるか?」
「いいえ、特には……」
まだなかば呆然としながら答えるユウキの様子に、アグラーは彼を気遣おうとした。
その時になって、初めて。
ようやくアグラーは、そしてその場にいた皆は、狼の間に新たにふたりの人物が入ってきていたことに気付いた。
多くの刺繍が施された豪奢な服に身を包んだ、小太りだが長身の男。白と黒で織られた、異国風の体に密着する服をまとい、隣の男よりさらに背が高い男。ひとりはハイラの民で、もうひとりは明らかに異国の民だ。
「これは……いったい何があったのでしょうな。先程の大きな音も……」
「お父様!」
オロゾが呼びかけた通り、ふたりのうちの片方──ハイラの民は、カッツァ家の当主ランバレラ=カッツァだった。
「おお。カッツァ公か。奇妙なことが起こってな、それに少々気を取られていたのだ。それより、おぬしの後ろにいるのは何者だ?」
妖精の衝撃から少し解放されたように、皆の視線がユウキを外れ、異国の民に集まる。
「この方は、ガリアの民です。ガリア帝国の特使、アベル=トリアーノ様だと、申しております」
「アベル=トリアーノ、ゆう、私で、です」
非常に片言なハイラ語に一同は面食らった。
アベルと名乗ったガリアの民はかなりの美丈夫で、流暢な物言いが似合いそうだったからである。
しかし、それ以上にガリアの特使が来たということに、アグラーは衝撃を受けた。おそらくバエッタもファリシアも同じだろう。ハイラが始まって以来、正式に国交を持ったことのない遥か西の巨大帝国。その広大さや人の多さでは圧倒的にハイラを上回り、豊かさや国力でもハイラに勝るだろうガリア帝国が、初めて使いを送ってきたのである。
「ガリア語を理解できる者がほとんどおらず、たまたま近くにいた私が案内を買って出たわけでして。ただ私も多少のガリア語も嗜んでおりますが、完全に意思疎通できるというほどではなく……特使と申されたので、ここに連れてきた次第です。もちろんガリアの帝国章を身につけ、親書をお持ちでした。身分に確かかと思います」
「「……私は確かにハイラを初めて訪れるガリアの特使かもしれないが、この国ではガリア語はこれほど通じないのか? 通訳のひとりも常駐していないとは、信じられない」」
今度は流れるように美しいガリア語で、アベルが呟いた。もちろんアグラーには理解できない。
単語をいくつか聞き取ったランバレラが、おうむ返しする。
「「初めて、ガリアの、特使? ひとりもいない?」」
諦めたようにアベルが、片言のハイラ語を使う。
「ガリア語、分かる者、誰です、いない」
「これではらちが明かんな。誰ぞ市場からガリアの商人を探して連れてくるしか──」
そうバエッタが言いかけた時。
「エイゴ? いや、エイゴだろ……」
意味不明なことを、ユウキがぶつぶつと呟き。
「「この言葉はガリア語というのですか? あなたがガリアの特使で通訳をお望みなら、俺がその役をできるかもしれませんよ」」
そしてガリア語らしきものを話し出した。その意味はアグラーには分からなかったが、アベルに負けず劣らず流暢に聞こえた。
「「あなたはガリア語を話せるのですか!? それでは先程の不満も……これは失礼しました。ぜひともハイラ国王へお取り次ぎ願いたいのです」」
「「ええ、構いませんよ。俺はユウキ=センドーといいます」」
間違いない、ユウキがガリア語を話しているのだ。アベルとユウキの間で何やら会話が成立したのを、他の全員は驚きの眼差しで見守った。この少年は何者なのだ、とアグラーはまた考える。
ユウキは再びバエッタのほうに向き直ると、ハイラ語でこう言った。
「どうやら俺はガリア語が分かるみたいなので、この方の要件を代わりにお伝えできそうです。よろしいですか?」
妖精とやらが現れ、ガリアの特使を名乗る者が訪れ、そしてこの謎の少年はその両方に恐るべき関わり方をする。この事実をアグラーはどう受け止めればいいのか迷っていた。危険な存在なのか、それともハイラになくてはならぬ人材なのか。結論を今出すことはできなかった。
──ユウキ自身も予想だにしない方向に、ユウキの運命は動き出す──




