八十七話
鈴ヶ森学園。
二人の少女が中庭を歩く。
「ここはいつ来ても綺麗ね」
「心が落ち着くわ」
二人は塵一つない美しい庭園をゆっくりと散策した。
食堂。
調理責任者と新入りが道具の手入れをしながら世間話をする。
「にしても不思議ですね」
「何がだ?」
「あんなメモ一枚で料理の味が格段に上がってしまうなんて」
「あれか」
「不思議なのは主任がそれをすんなり受け入れたことですよ。プライドっていうんですか、そんな感じで突っぱねると思ってましたよ」
「おめえがまだまだってことだ。あのメモを見たらそんなことは言えねえよ。誰だか知らねえが、ありゃあ大した舌の持ち主だ」
「へー」
「間が抜けてやがる。しゃきっとしろい。さあ、今日もやるぞ!」
講堂。
教師が黒板の前で講義を行っている。
生徒がひそひそと言葉を交わす。
「ねー」
「何よ、板書写しているんだから」
「あの先生さ」
「もー、いつもそうやって……後でノート貸してってのはなしよ」
「違うくてさ、あの先生、今までより教えるの上手くなってない?」
「うーん」
「絶対そうだって。今まではさ、もっとこうずーっと黒板に向かって話してる感じだったじゃない」
「あーわかる。そうだったわよね」
「でしょー」
板書の音が止んだ。
「こら、そこ。私語は慎むように」
「あ、はい。すみませぇん。……ほら、怒られちゃったじゃないのよ」
「でも、私たちのこと見てくれてるんだよ」
教師がため息をつく。だが口元は笑っていた。
「そんなに話したいか。なら小川、この問題やってみろ」
「はーい」
生徒会室。ドアが開く。
「あら、笠舞生徒会長は?」
「副会長。いいえ、まだ来ていないです」
「それなのに書類を整理して大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ。なんたって、僕たちはめちゃくちゃな書類も数多く扱ってきたんですから」
「あれねえ。スレイ部……でしたっけ。大抵はまともな要求ではないのだけれど、稀に理にかなうものもあるから油断できないのよね」
「なんだか試されているような気がしません?」
「まさか。どれかひとつでも通ればラッキーと思ってのことでしょう。さあ、私も手伝います」
「お願いします。あれに比べたら、これらの判断は難しくないですよ。二人でやれば会長の負担をぐっと減らせます」
「あら、ポイント稼ぎですか。負けていられないですね」
二人は猛烈な勢いで書類を捌き始めた。
スミカはただわがままを言っていたわけじゃない。学園を少しでもいいものにしようとしていたんだ。他の人とはちょっと方法が違っただけ。それが理解できた。
スレイ部だってそうだ。スミカは奴隷が欲しかったんじゃない。友達が欲しかったんだ。
レイジははっとした。学生寮でスミカのちいさな背中に感じた何か。それが寂しさだと気づく。そこに惹かれたんだ。
わかってしまえば別段、不思議でも特別でもないことだった。でも全てが収まるべきところにぴたりとはまった、レイジはそんな心地になった。




