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八十四話

「面白い」


 男は大きく頷いた。


「合格、としておこう」


 スミカが小さく安堵の息をついたのが隣にいたレイジにはわかった。彼女もそれなりに緊張していたのだ。

 だが、合格とは何に対してだろう。


「正直なところ、大した興味を引く人物を連れてくるとは期待していなかった。一等級学園によくいるような、真面目で利口で優しそうで容姿がそこそこいい、明らかに私を納得させるために選んだような男を連れてくるのだろうと想像していた。だが、彼はどうだ? 全く予想外だ」


 ほめられてる! レイジは体中がこそばゆくなった。


「なんて平凡なんだ!」


 レイジはずっこけそうになった。ほめられて……るのか?


「まず、この容姿! 決してハンサムではない。賢そうでもないし、男らしさがあるわけでもない。取り立てるところのないはずなのだが、しかしどこか……」


 ほめられてないね……。むしろ、腑の底から湧き上がるこの悲しさは何だ。レイジの心の内は氷河期に突入していた。遠くにマンモスがのそのそ歩いているのが見える……。

 スミカが割って入る。


「もういいだろう。約束通り……」


 男はにやりとした。


「実はな、もう約束は果たしてある。鈴ヶ森学園は心配いらない。笠舞カンパニーが提供していた物資と遜色ないものを、同価格帯で取引させることに決定した。俵屋のことだ、人員削減の目に遭う社員もいるだろうが、それも心配いらない。彼らも可能な限りわが社で雇用し、同様の部署で力を振るえるように配属しよう。

 それにしても俵屋め。学生の頃からだが、損得で動くのは変わっていないな。物事を数字や結果でしか見ていない。笠舞の真の価値は優れた社員にこそあるというのに、それが見えていないのだ。俵屋らしいといえばらしいがな」


 レイジがぽかんとしていると、


「失礼、自己紹介が遅れたようだ。私は鶴来ミツマサ。『THURUGI』の最高経営責任者であり……」


 スミカが何か言いたそうに口を開くが間に合わない。


「スミカの父親だ」


 一拍。


「え、えぇー!」


 レイジは飛び上がらんばかりに……いや、実際飛び上がった。

 『THURUGI』といえば知らぬ者はいないほどの大企業だ。身の回りの日用品から、ジェット機まで、あらゆるものにツルのロゴがついていると言えば、その規模が伝わるだろう。お金持ちだとは察していたが、そこまでの大人物だとは毛ほども思っていなかったのである。

 だが、レイジがより驚いたのは、むしろその後だ。この人がスミカの父親なら、スミカはこの人の子供だ。当たり前だが、当たり前じゃない。だって、名字が違うじゃないか。

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