八十五話
「その反応、まさかスミカ。伝えていなかったのかね?」
ミツマサの言葉にスミカは露骨にため息をついた。
「ああ。何かと支障が出るからな。……レイジ。私の本当の名字は鶴来だ。寳栄は母の旧姓でな。鶴来の娘だと名乗ればメリットもあるだろうが、それ以上に厄介事も引き寄せる。それはおまえにも理解できるだろう? それに私個人の力を試し、伸ばすには鶴来の名は邪魔だったのだ」
「騙したようになって申し訳ない、レイジくん。娘も悪気あってのことではない。どうか許してあげてくれ」
「俺の名前を……?」
「ああ、スミカから聞いているよ。だが、この様子だとスミカは君に何も伝えていないようだねえ」
スミカはぷいと顔をそむけた。ミツマサはそれを見て笑う。
「おまえは相変わらず嘘をつけないな。なあに、今さら約束を反故にしたりはしない。しっかり条件を満たしたのだからね。しかし、ズルであるのもまた確かだ。だから、私もズルをしよう。もう一つだけ条件をつける」
「な、なんだ」
ミツマサはレイジに歩み寄ると肩に手を置いた。見た目よりもずしりと重い手だった。力を入れられているわけでもないのにレイジはその場から動けない。
「彼と二人きりで話をさせてくれ」
「ぐっ……」
「どうしたスミカ。何かまずいのか?」
「そんなことはないが……」
ミツマサはにっこり笑顔になると、
「なら決まりだ。少しの間、部屋の外で待っていなさい。いいね」
「しかし……ぐう、わかった」
スミカは反論しかけた言葉を飲み込むと、大人しく部屋から出て行った。
スミカが人の意見に従うのを初めて見た。彼女にも逆らえない者がいるとは……。スミカの説明しがたいもの凄さ、その原点はどうもこの父親にあるようだ。
部屋には、そのミツマサとレイジの二人きり。
この状況で話と言われても、小粋なトークでこの空気を盛り上げればいいのだろうか? ……無理無理、断じて無理。それほど頑固な人物でもないようだが、だからといっていきなり冗談をとばせるほどの度胸はレイジに備わっていない。
「さてレイジくん」
「は、はひ!」
間抜けな声が出てしまった。
「そう緊張しないでくれ。リラックスしていこう」
レイジは呼吸を整えた。吸って吸って吐いてー、吸って吸って吐いてー……。いやいや、これはなんだか違う。単に深呼吸すればいいのだ。すーはー。
「落ち着いたかね?」
「ええ、何とか……です」
「話し方もいつも通りで構わんぞ」
その言葉でようやく普段通りになれた。
スミカには礼儀正しくしているように言われたが、えい、ままよ。
「どうも。それで、話って?」
砕けた調子に頷きながらミツマサが答える。
「どうして君がここに連れてこられたのか、それを知りたいだろうと思ってね」
大体の全体像が見えてきたところだったが、そこばかりはぼんやりとしたままだった。
「それに、君という人物を理解したい」
「はあ」
何と返事をしていいのか、だが間を空けるのも不安だ。無理に声を出したら、気の抜けた妙な声が出てしまった。




