五十九話
周囲の生徒たちも状況を把握し、どよめきを隠せない。
「だが、それも僕の意思次第だ。君が君の態度によっては考えが変わるかもしれないね?」
何も応えないエリナに対し、センゾウは意地悪く唇を吊り上げる。
「土下座しろよ。そして、こう言うんだ。“私の負けです。俵屋センゾウ様には敵いません”ってね。どうだい、難しくはないだろう」
エリナは奥歯をかみしめながらセンゾウを睨みつける。だが、その姿勢が下がっていく。
鈴ヶ森を守るためには他に方法がないのだ。ああ、あの笠舞生徒会長が地面に膝をつけ土下座をするのか……周囲の誰もがそう思った。
センゾウもそう思った。彼はその光景を早くも想像して、顔が緩みっぱなしである。
しかし、違った。
エリナは低い姿勢から強く一歩踏み込むと、そのまま伸びあがるようにしてアッパーカット。拳はセンゾウの顎を正確に貫いた。
「ぶほぇー!」
センゾウは美しい放物線を描いて、べちっと地面に叩きつけられた。
口元を手で押さえながら、彼は素早く起き上がる。まだ元気だ。
「ぼ、ぼ、僕にこんなことをしてぇ! 許されると思ってるのかぁー! もう決めた! 鈴ヶ森はお終いだ!」
「わかってないですわ。あなたは全くわかってない」
「澄ましていられるのは理解できていないからだな、そうなんだな!? 購買も食堂も機能しなくなるんだ! 新しい取引先を探しても費用は膨れ上がるだけ! 鈴ヶ森の経営が立ち行かなくなるということだぞ!?」
「ええ」
「は、ははは、なら学園を犠牲にしてでも僕を倒すと言うのか」
「だから、わかってないと言っているのですわ。全てを物としか見ていない。いいですこと、学園は物ではありませんわ。三年経って生徒が入れ替わっても、十年経って教師の顔触れが変わっても、さらに経って本棟が建て替えられても、ここは鈴ヶ森なのですわ。信念がある限り鈴ヶ森はなくならない。それはあなたには買えないものですもの。あなたに学園は壊せませんわ」
「バ、バカな。信念だって……? そんなもの、僕がお金を出せば……」
「買えませんわ」
エリナがきっぱりと言い放つ。その言葉と事実は、見えない稲妻となりセンゾウを貫いた。手から黄金のカードがするりと落ちる。
「嘘だ……小さい頃からなんだって手に入ってきたじゃないか……」
センゾウの体から力が抜け、がくりと両膝をついた。ぐったりとうなだれ、動かない。
周囲からわっと歓声が上がった。
「生徒会長! さすがです!」
「笠舞様!」
「俺、感動しました!」
エリナの表情は険しい。誰が見ても不機嫌か、それを通り越して怒っているのが伝わってきた。
「……エ、エリナ様?」
「あなた方! さっきのは何なんですの! あんなに簡単に買収に応じて、恥を知りなさい!」
「あ、あれは一時の気の迷いと言うか……」
「ええい、言い訳は聞きたくありません!」
「そんなー、生徒会長! 見捨てないで!」
エリナは少し表情を緩める。
「卒業までまだまだ時間がありますわ。それまでにみっちりと性根を叩き直さねばなりませんわね」
「うおー! 俺頑張ります!」
「生徒会長! 一生ついていきます!」
「エリナ様バンザーイ!」
そんな中、いつの間にか立ち上がったセンゾウがエリナを指差す。ゴールデンカードもしっかりちゃっかり拾っている。大事なものは捨てられないのだ。
「こ、これで勝ったと思うなよ! 宣言通り、鈴ヶ森と笠舞カンパニーの取引は終わりにしてやる! この学園が壊せない、買えないだって? 等級を落とした鈴ヶ森に価値なんてない! ざまあみろだ!」
センゾウはぴゅーと逃げ出したが、少し行って戻ってきた。
「それに龍晃には逆瀬リン様がいるんだ! 鈴ヶ森の勝機は万が一もない!」
それが言いたかったのだろう。今度は振り返りもせずにセンゾウは逃げ去った。
「生徒会長……」
「あなた方が心配することではありませんわ。私の方で学園長と話し合っておきます。大丈夫ですわ」
そうは言ったが、エリナに何か考えがあるわけではなかった。




