六十話
呪い……そんなもので、この人数をあっさりと倒せるものだろうか?
アンリはマヨを見つめるが、その暗い表情は何とも読み取れない。
マヨを中心として描かれた精巧な図形。その周りに倒れた生徒たち。香炉から湧き出る煙が辺りにうっすらと拡散し、妙な臭いを漂わせている。雰囲気はたっぷりと言えよう。
そんな中で倒れ、もがき、呻く生徒たちは、呪い、あるいは魔術の存在を立証しているようにさえ思えた。
「私が名乗ったのに……。あなた、名前は?」
「僕は倉持アンリだ。〈学園破り〉なら容赦しないよ」
「アンリ……。いい名前ね」
するとマヨはアンリによく見えるよう、人形を差し出した。どうしても視線を奪われる。
全体にぞんざいな作りだが、それには顔があり手足がある。人形は麻のような目の粗い生地で、所々が破けて綿が少し飛び出していた。目の部分に木製のボタンがつけられ、口をけば立った糸で縫われていた。
突然、人形の首がくりっと動いた。マヨが動かしたのだろうが、その動きはあまりにも生き生きとしていて、人形がアンリと目を合わせたように見えた。
「見たね……。この人形と目が合ったなら、アンリの精神はもうこの人形の中……。この人形が傷つけば……アンリも傷つく」
マヨは人形をじっと見つめ、顔の前で指をこちょこちょと動かした。
「抜け落ちた羽根、石の下蠢くムカデ、粘膜突き刺さる繊毛……顔を覆うは乾いた空気」
マヨはゆらりと体を揺らす。それにつれて首から下げた香炉も動く。
アンリは鼻の頭がむず痒くなった。マヨのあの動きのせいだろうか。思わず眼前を手で払う。
マヨは人形の顔を手で覆った。
「冷たい石畳、二段目の押し入れ、闇夜の烏……夜の帳は濡れ衣の重み」
目の前がふっと一段階暗くなる。まぶたが重く、息苦しい。
アンリはネクタイを緩めた。息を吸うと、あの嫌な臭いがどっと肺に押し寄せてきた。気温はさほどでもないのに、むしろ体は冷えてきているのに汗が止まらない。
「ダンスしましょう」
マヨが人形をくにくに動かす。それに筋肉が反応しそうになる。
アンリはオカルトの講義を受けて、一つの自説を確立していた。呪いや魔術は存在しない。限りなくそれに近い何かがあったとしても、必ずカラクリがある。
だとすれば、これは暗示だ。しかも飛びきりに強烈な。
「抵抗すると、余計苦しむ……」
マヨの手がより激しく動く。それに合わせて人形が踊る。
だが、アンリはその通りにならなかった。
表情を歪めながらも走り込むとマヨに向かって手刀一閃。マヨは目を見開く。とんと後ろに飛び退き、かろうじてそれをかわした。
「どうして動けるの……」
「人に宣言して行う呪いはまやかしだからだよ。本物なら大げさな演出は一切必要ない。ただ黙って相手を呪えばいい。そうしないのは、何かタネがあるからさ」
「呪いや魔術をトリックだと思っているのね……」
マヨはじっとり半眼でアンリを見た。人形をしまう。




