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四十一話

 だが待てよ。レイジは電球を閃かせながら、ぽんと手を叩いた。


「アンリは大丈夫だろ。なあ、アンリ」

「え、僕? 僕はいいけれど……」

「こら、レイジ! 後輩だからといってそんな無茶を言ってはだめですわ! 倉持さん、無理しなくてもいいんですのよ。いざとなれば、レイジをテントの外におっぽり出せば解決する話なんですわ」


 キャンプで独りぼっち。もはや伝説の域である。

 数年後には武勇伝になりそうだが、今は無理だ。耐えられない。

 そんなことになったらセミの幼虫のように穴を掘って、もうそこから出てこない自信がある。


「それはさすがにかわいそうだよ。僕は六号くんたちと一緒で構わないからさ」


 ありがとうアンリ!

 バンでのコミュニケーションが活きたな。


「本当にいいんでしょうか、スミカ様」

「こればかりは止むを得んだろう。あのテントに五人は入れないのだからな」


 スミカがレイジの元に来る。


「いいか、六号。アンリに何かあればパンチ百回だからな」

「わ、わかったよ。任せてよ」


 確実に死ぬ。五発目ぐらいで死ぬ。残り九十五コンボは死体蹴りのオーバーキルだぞ。


 それにしてもアンリは目をかけられてる。幽霊部員でお咎めなしだし、みんなからこの扱いだ。きっとスミカにもの凄く気に入られているんだろうな。

 レイジは少し羨ましく思うのだった。



「それではお昼にするぞ」

「ほいさ」


 タケミがバンから運び出し、ドンと置いたのはバーベ―キューセットだった。


「昼はバーベキュー、とは言っても串を使わないからほとんど焼肉だね。火の管理はあたしがやるよ。そんな難しいことはないんだが、火力調整ミスって全部炭になったら空しいだろ。代わりに……」


 組み立て式の台の上にまな板と材料が並ぶ。下ごしらえは何もされてない。


「下ごしらえはしてもらうよ。なあに、皮を剥いて火が通る大きさにすりゃ食えるんだ」

「普通はそのまま焼けるようにして持ってくるものだろうが、下ごしらえも活動の一環だ。みんなでやることに意味があるのだ」


 スミカは満足そうだ。


「スミカさま、水を汲んでまいりました」

「ご苦労」


 タケミがぱんぱんと手を打ち鳴らして注目を集める。


「特に担当は決めないよ。目についたものから順に処理していきな。肉と野菜のまな板は一緒にすんじゃないよ。野外だから気を使っときな。そんじゃ、始め!」


 料理なんてレイジはほとんどしたことがない。幼少期に瓶の王冠でジャガイモの皮を剥いた以来かもしれない。


 レイジは不器用な手で包丁を操り始める。


「レイジくん、その持ち方では包丁がぶれますよ」


 堀之内が後ろに回り、レイジの伸ばした人差し指をそっと引っ込める。


「柄をしっかり握って……そうです。具材の方を抑える手も刃の向きに気をつけて……」


 後ろから抱き抱えるような姿勢になる。ち、近い。耳に息がかかる距離だ。

 アドバイスのたびに耳の裏に吐息が、はあん。

 ち、違う! これは誤解なんだ!

 けれど、教え方が上手い。あっという間に危なげない手つきになってきたぞ。スピードはお察しだけどね。


 他の人はどうかな。

 スレイ部のメンバーを料理してるとかしてないとか、そういう目線で見たことがない。タケミは何となくできそうだな。

 あっ、やっぱり。タケミがジャガイモを回すと、下にするすると皮が伸びていく。不規則な形なのに大したものだ。

 意外なのがキョウだ。ピーラーを使わずにニンジンの皮をさっと薄く剥いていく。普段から料理をしている手つきと見たね。案外、家庭的なのかも。……あの立候補を受けられていたら、手料理とか食べられたのだろうか。実に残念。

 エリナはピーマンを縦に割って種をスプーンでくり抜いている。それを終えるとパズルのように並べ変えながらさっと適度な大きさに切り分ける。今度はタマネギに取りかかった。生徒会長は何でもこなすねえ。

 ノブコ先生とアンリは可も不可もなくと言ったところか。キャベツをざくざくと手ごろなサイズにしていく。それでもレイジよりは全然手慣れている。

 問題はスミカだった。

 スミカは、ふうと息をついて掲げたのは、身がほとんど削げてゴボウのようになったニンジンだった。そのまま何かの具にできそうな皮つきニンジンがまな板にごろごろしている。

 あれなら俺の方が上手いぞ。スミカにもできないことがあるんだな。


「スミカ様、トウモロコシを切り分けてくださいます?」

「いいだろう」


 だちーん、だちーん。


 スミカは首切り役人のような動作でトウモロコシを輪切りにしていく。

 ぷぷ、簡単な仕事に変えられてら。にやにや。


「何を見ている」


 しまった、目が合った。


「なんでも。頑張ってるなーと思って」


 レイジは手元に目を落とし、ジャガイモを切る振りをしてごまかした。

 スミカは不満そうに頬を膨らませた。


「大方、私の切った野菜が不格好だと笑っていたんだろう」

「……やだなあ、思ってないよ」

「嘘をつけ。六号の嘘はすぐわかる。額に書いてあるからな」

「ええっ」


 そんなバカな。だが書いてあるとしたら相当に恥ずかしいぞ。

 レイジはおでこを隠した。


「やっぱり思っていたのだな!」


 うわあ、騙された! と言うかばれた!


「許せん……。鷲嶽と比べると見劣りはするが、私のニンジンもよくできているではないか。皮は残ってないし、小さくてかわいいぞ」


 一生懸命剥いて愛着があるのはわかる。だが比較の問題ではなく絶対的にだめだろ、それ。


「いや、でもそれ食べるところがほとんどないよ。食材がもったいない」

「うっ、それは……ぐむむむ……」


 あ、まずい。スミカがプルプルし始めた。


「……鷲嶽……ニンジンを全部渡せ」

「えー、任せといてくれたら、もうちょいで全部終わるぜ?」

「……いいから」

「鷲嶽、渡しといた方が身のためだよ」

「ちぇー、乗ってきたところだったのに。おーい、エリナ。別の食材回してくれよ」

「では、お肉を切るのを手伝ってくださる?」

「おっし、じゃあそっち行くわ」


 スミカはニンジンの入ったボウルを受け取り、小脇に抱えた。

 ビシッとレイジを指差す。


「六号、そこまで言うのなら私と勝負だ!」

「勝負!?」


 デデーン。

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