三十五話
「何をやっている」
不良の動きが止まった。
ああ、ほら、来ちゃったじゃないか……。レイジはがっかりした。せっかくの信頼を得るチャンスだと気合いを入れてきたのに、途中まではすごく順調だったのに……。
堀之内とエリナも階下から驚いた表情で見ている。
これはスミカパンチの二、三発は覚悟しなければいけない。それよりも「やっぱり堀之内がいなくては何もできない六号」というレッテルを張られるのが辛いなあ。
「寳栄……スミカ!」
不良少女は最上段に昇って来たスミカを睨む。
「誰だこいつは。六号、何をしていたんだ。邪魔なものを片づけに行ったのだろう」
「どうしても、どいてくれなくて」
「そんな言い訳は知らん。岩が道を塞いでいたらどうする。動かせませんでしたとべそをかいて戻ってくるのか。それをどかすのが仕事だろう」
「うん……ごめん」
不良はレイジとスミカのやり取りを聞いて、震え始めた。
「誰だ、だと? 忘れてるのか、俺を……俺を……俺を無視するんじゃねええええ!」
鋭い踏み込み。靴がきゅっと音を鳴らし、腰の回転でスカートが少し浮き上がる。肩、肘、手首と連動された力は先端の拳に乗り、真っ直ぐにスミカに発射される。
スミカは見もしないで拳を払った。
不良はたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直す。飛びかからんばかりの勢いで連撃を繰り出す。
だが、次の攻撃も、次の攻撃もスミカは易々と処理していく。
「しかしだな、六号。自分の奴隷が危害を加えられたとしたら別だ。危害を加えたやつを私は許さん」
スミカは不良の拳を受け止める。キッとその目を見た。
「スミカあああ!」
不良は全身の力を込めて押し返そうとするが、スミカはびくともしない。
「そして、こうも考える。奴隷が汚名返上の機会を望んでいるのなら、それを与えてやるのも主人の務めだとな」
スミカが手首を返しながら押しやると、不良は尻もちをついた。
「ちくしょう! まともにやりあえ!」
「私はお前の相手をしない。後は六号に任せる」
不良は埃を叩き落としながら立ち上がる。
「バカにしてるのか。お前ならともかく、こんなやつ相手になるか」
「やる気が出ないか。なら、こうしよう。お前が勝てば、なんでも言うことを聞いてやろう」
「なんだそりゃ。俺は今のうちにありがとうとでも言っておけばいいのか?」
「だが、お前が負けたときには、私の奴隷だ」
不良はぽかんとした。だが、その口が歪んでいく。
「くくく、奴隷か。上等じゃねえか! じゃあ、俺が勝ったときには、スミカ! お前を俺の奴隷にしてやるよ!」
「いいだろう」
「スミカ様!」
堀之内とエリナが結果を案じて声を上げた。
「はん、今さら変更はなしだぜ。俺はやる気になってんだ。その、もやしボーイをボコボコにするってな」
堀之内とエリナがスミカの横に並んだ。
「心配はいらん。六号は私の奴隷だ」
ありがとうスミカ。レイジは心の中でお礼を言った。
だが、その信頼に応えられるだろうか。
スミカは不良の攻撃を簡単にいなしていたが、それはスミカだからだ。
もし、負けたのならスミカが奴隷に……考えたくもない。スミカは主人以外あり得ない。
「少し狭いな。廊下に出るぞ」
講義前、かつスミカが人払いしているので辺りはしんとしている。
不良とレイジが対峙する。
その間合いの外、スミカたちが見守っていた。レイジは三人にうなずいて見せる。
風を切る音。
「何ぼさっとしてんだ! もう、始まってんだぜ!」
レイジは突きをかわす。甲を下に向け、がら空きのボディに……。
だめだ。レイジは人を殴ったことがない。その上、相手は女の子だ。殴るなんてとてもできない。
「フェニミスト気取りか? ご苦労さん」
迷いのない一撃が顔面を捉え、レイジは壁際まで吹き飛ばされた。壁に激突し、ずり落ちる。
「レイジくん!」
「レイジ! しっかりするのですわ!」
スミカは静かにレイジを見ている。
「はん、立てねえよ。今ごろ脳がぐらぐらだ。さてスミカ、約束は守ってもらおうか」
スミカがにやりと笑った。
背後の気配に不良が素早く振り返る。
レイジが立ちあがっていた。
「あ、あり得ねえ……」
レイジは自分の体を不思議そうに見た。
壁まで吹き飛んだのには驚いた。だが、率直に言って何ともない。ぴんぴんしている。
この不良のパンチは強烈なのだろう。しかし、スミカ、エリナやタケミの暴力と比べたら、まるでそよ風だ。
「レイジが、レイジが立ちましたわ!」
「さすがレイジくんです。スミカ様のパンチをスレイ部で一番受けているだけはあります」
不良はぎりぎりと歯噛みするが、無理に表情を緩める。
「おまえ、本当に脳みそ入ってるのかぁ? だが、立てない方が幸せだったぜ。もう立てなくなるまで殴られるんだからな!」
強烈なパンチの嵐。最後の一発が顔面にヒットし、レイジは再び壁際まで吹き飛んだ。
「どうだ、これで……」
むくり。
何事もなかったかのようにレイジは立ち上がった。
「なんだ、何なんだおまえ……」
「スミカのパンチは、その一万倍は痛いぞ」
「ふ、ふざけんなあああ!」
不良がレイジ目がけて駆ける。その加速を拳に乗せる。
倒れるレイジ。そこを執拗なまでに不良の蹴りが襲う。
「このままでは……スミカ様!」
エリナは見てはいられないと目を逸らした。
「いや、見ていろ。六号は負けていない」
不良はレイジの頭にがつんと足を乗せ、ぐりぐりと踏みにじった。
「はあ、はあ……。けっ、生意気な口を聞くからこうなるんだ。もう降参もできねえかも知れねえがな……」
「――六号はな、私の足も押し返したんだぞ」
押さえつける力に逆らい、レイジの頭が持ち上がる。
不良は仰け反って、背中から倒れた。
レイジがすっくと立ち上がる。着衣や髪の乱れはあるが、まるで元気だ。




