三十三話
机の汚れをハンカチでさっと拭く。それと一緒にウズラのことは忘れる。知らん知らん。
レイジには、そう! 杏仁豆腐があるのだから。
器を引き寄せるとプルンと揺れる。そして心地よい香気。
食べたときの風味もだが、香りも杏仁豆腐は独特だ。他の何とも言えない個性がある。しかし、それは主張しない。舌の上でホロホロと形が崩れるのと並行して、その独特の風味もすっと消えていく。それをもう一度味わうため、スプーンを口に運ぶ。この繰り返し、癖になる。
食事、終わり。
「スミカ様、お食事の直後で申し訳ありませんが、費用申請の資料が返却されましたわ」
「どれ、見よう」
「こちらです」
エリナは臆面もなく資料を渡す。
大丈夫かな……。突然暴れ出すんじゃないだろうか。レイジの方はドキドキして気が気でなかった。
だが、そんな心配は無用だったようだ。
「合宿は通っているな。生徒会はよくやっている」
「励みになりますわ、スミカ様」
「この資料通りで通しておいてくれ」
「かしこまりました」
サバンナでライオンとシマウマが一緒にラインダンスを踊ってるぐらい穏便に事が進んでしまった。
あのリストを見た瞬間、レイジはスミカのわがままだと思った。だが今の態度は、最初から通らないとわかっていた様子だった。レイジは混乱する。
そう言えば、部室も物置のような簡素な部屋だったな。
スミカはメモ帳を取り出した。もはや恒例となりつつある。
書き終ると切り取り、それを堀之内がどこかへ持っていく。これもいつも通りで、謎のままだ。
スレイ部のみんなとは打ち解けてきたとレイジは感じている。でも、まだ所々でぎくしゃくしていると言うのか、一員になりきれていないと、そうも感じるのだった。
いつかはレイジにもメモを見せてくれるようになるのだろうか。
そのいつかとは時間の経過で得られない。何か行動しなければいけないのだろう。
何かってなんだろうなあ。
戻ってくる堀之内を見ながら、レイジはそんなことをぼんやり考えていた。
堀之内をレイジが見つめ、思いつめているように見えたのは言うまでもない。
「――寳栄……寳栄、スミカぁ!」
スミカの写真が拳で歪む。
どこかの薄暗い部屋。サンドバッグに引き伸ばしたスミカの写真が貼ってあった。
少女の拳が、蹴りが食い込む。鎖がギチッと軋む。
ボスッ! ボスボスボス!
連打、連打連打。スミカの顔に、腹に、脚に重い打撃が突きささる。
それでもスミカは表情を変えない。写真だからね。
少女はぎりっと奥歯を噛み、肘を引いた。腰の回転を乗せながら踏み込む。強烈なストレートを放つ。
ドムン! グギギ、バキン!
鎖が千切れ、サンドバッグは回転しながら壁に激突する。
「はあ、はあ、はあ……」
少女の顔を、体を大粒の汗が伝う。息は荒く、その目は憎悪に燃えていた。
「……ちょっと、何時だと思っているんですか! 静かにしてください!」
壁越しに苦情が来た。
少女は壁に掌底を打つ。何かを破裂させたような、ものすごい音がした。
「……ひっ」
壁の向こうで小さな悲鳴が聞こえた。それ以上何も言って来ない。
少女はふんと言ってベッドに潜り込む。




