三十一話
エリナは振り向くときっぱり笑顔になった。
「この部屋で聞いたことは忘れてくださる?」
「いや、無理」
表情が一変する。
「うわああああん、やっぱり脅迫する気ですのね! 生徒会長たるわたくしが、こんな子供っぽいパンツを履いているだなんて知られたら、威厳が風に吹かれた根なし草のように勝手にどこかへ行ってしまいますわ。でも、ウサさんは悪くないのですわ。可愛いのですもの、おんおん」
机に突っ伏し、泣き始めたぞ。
どうしよう。
「それで、六号の要求はなんですの? さあ、言いなさい! 早く!」
ぱっと起き上がると、胸倉を掴まれる。変わり身早すぎだろう。
本当にどうしよう。
「要求なんてないよ」
「そう言いながら、最も効果的なタイミングで暴露すると脅すつもりですのね! 要求がないはずはありませんわ!」
「ないって。誰にも言わないよ」
「これですわ! このいかにも善人らしい態度がわたくしを不安にさせるのですわ。本当の善人なんてほんの一握り。それが六号のはずがありませんもの。いっそ、何か要求してくれた方が気が楽ですわ……」
エリナは眉に手を当て、なよなよと座ってしまった。
「わかったよ、わかった。じゃあ要求するから、それでこの件は終わりにしよう」
「そうして下さる?」
「うーん、そうだなあ……じゃあ携帯電話のアドレスを教えてよ。俺のは知ってるだろ。エリナのは知らないからさ」
「それだけですの?」
「立派な要求だろ。普通に頼んでも断られてただろうからね」
「言えてますわね。それなら、構いませんが……」
レイジの携帯電話に着信がある。
〈件名:笠舞エリナですわ
本文はありません〉
「届いたよー」
「本当にアドレスだけですの? ゴミ拾いを変わってくれだとか、食堂のパスが切れたから使わせてくれとか、欲しかった漫画があるとか、何かあるでしょう?」
「ないって。十分だよ」
エリナはアドレスを登録するレイジをじっと見つめた。
「……信用しますわ。ですが、これ以降なんだかんだ言われても、もう聞く耳は持ちませんわ。約束を破るような人には、わたくし手段を選びませんから」
「えー」
そう言われるともったいない気もする。
「なら、もう一ついい?」
「なんですの?」
「だったらウサさんパンツみせ……」
言い終わる前にエリナのゲンコツがレイジを床に叩きつけた。
レイジは叫び声をエコーさせながら床をバウンドし、倒れた。
スミカパンチに引けを取らない威力。朝はあれでもかなり加減してくれていたのだ。これが笠舞エリナの本気である。
スレイ部、恐るべし……。がくり。
「そんな要求あり得ませんわ! この変態レイジ!」
聞き間違いか? 名前で呼んだような。
エリナは生徒会室を出ていく。
「全く。少し見直したと思ったら、すぐこれですものね」
ふう、強烈なパンチだった。致命傷だが何ともないぜ。
レイジは起き上がるとエリナを追いかける。
「何か言った?」
「何も言ってませんわ。……急ぎますわよ。スミカ様をお待たせしてしまいますわ」
「そもそもエリナがウサさんパ……ぶほぉ!」
裏拳一閃。
レイジは錐揉み回転して廊下の隅に転がる。もはや慈悲はない。
「……体で覚えるしかなさそうですわね」
「いえ、もう十分にわかりました。申し訳ございません」
冗談でもこの単語を口に出すのはもうやめよう。レイジ、天に誓う。
「元はと言えば、あなたが部屋を覗いたのが悪いんですのよ」
「そうだよね。気をつけるよ」
「わかればいいのですわ。さあ、急ぎますわよ」
エリナの横顔が妙にまぶしかった。




