三十話
資料は各部が申請した部費、活動内容の承認可否だった。
予め部長が待機しているように通達されていたらしい。中には複数の部員が揃ってエリナを出迎えた部活もあった。
エリナは承認された部分とそうでない部分をわかりやすく説明し、その後二言、三言交わして部室を出た。その繰り返しだ。
部の方で生徒会に取りにくればいいのにとレイジは思っていたのだが、エリナと部室を回るうちにわざわざ赴く意味がわかってきた。
承認が下りなかったことに必ずしも納得する部活ばかりではないのだ。部としては必要だから申請したのである。当然、物言いがある。
「――実地訓練なしには最強のソルジャーには成れない。そうだな、ウジ虫ども!」
「サー! イエッサー!」
「必ず生き残る兵士はいない。だが死ぬことは許さん。私が上官だからだ!」
「サー! イエッサー!」
「……というわけだ。我がサバイバルゲーム部は海外遠征の許可と、それに伴う費用を要求する」
「ワー! サバゲ部に栄光あれ!」
えー……何この人たち。
完全に勢いによるごり押し。理論や正当性などそこにはなく、もはやむちゃくちゃである。
エリナはそれと真正面から向き合った。
学園の意向、そして生徒会の判断を伝え、納得するまで話し合う。
資料の決定に従うよう、ねじ伏せるのではない。ときには、相手の言い分に納得し、検討し直すと伝えることもあった。
その采配の適切さに、レイジは舌を巻く思いだった。
残る資料は一部だけとなった。
「なんとか間に合いましたわね。ご苦労様ですわ、六号」
「まだ一つ残ってるよ」
「いやですわ。よく見なさい」
スレイ部と書いてある。
「なんだ。うちのじゃないか。ふんふん、ほおほお……げげげ!?」
承認を認めないと示す「否」という真っ赤な判子がずらりと並んでる。
それもそのはずだ。
・ティーセット(複数の茶葉、お菓子含む)
・『鋼魔少女くるりんアリスちゃん』全巻
・ソファー、クッション
・くまのぬいぐるみ
・大型テレビ
・ノートパソコン
・オーディオ機器一式
・万年筆
……等などと、どう考えても趣味娯楽の範疇を出ない私物の申請が続く。
スミカは部室をどうするつもりだ。
最後には、
・宇宙旅行
もう、どこにでも行って欲しい。
だが、当然「否」だ。
「通ったのはこれだけですわ」
・合宿費用
「スレイ部は人に言えるような活動目的じゃないものなあ……。でも、これスミカが怒るんじゃないか?」
エリナはふっと笑う。
「なんだよ」
「六号はスミカ様をわかっていませんのね」
意味深だ。
レイジが思うスミカは、些細なことで暴力的になる少し危険な子だ。
自分の意見が通らないと、やっぱり怒るんじゃないかなあ。
レイジであれば、この資料をスミカに渡すとなったら先が思いやられて一瞬で胃に穴が開くところだが、エリナにそんな様子はない。
エリナは生徒会室の方へと歩いて行く。
「食堂に行かないの?」
「一度、生徒会室に行きますわ」
「そっか。先に行ってるね」
「いやですわ、あなたも来るんですのよ」
「資料配達は終わったよー」
「いいから! 本当に遅れてしまいますわ!」
半ば引きずられるようにして生徒会室に入る。
エリナは扉を閉めると、ふうと息をついた。
「見ていましたわね」
「え?」
エリナはレイジをきっと見据えた。
「一つしかありませんわ。朝のことです」
「ああ、朝のね」
朝というキーワードで光景が想起されてしまう。むふふ。
「そのいやらしい顔! やっぱり見ていましたのね!」
襟を閉めながら首を揺すられる。お、落ちる。
「少しだけ、チラッとだけだよ」
「どうだか。信用なりませんわ。……朝の出来事は忘れなさい。いいですこと?」
「忘れろと言われても、それは難しいよ」
目に焼き付いてしまったもんね。
「やっぱり! わたくしを脅迫するつもりですのね。六号の癖に!」
話がおかしいぞ。覗いてしまったレイジが脅されるのならわかるが。
「見られて困るものなんてなかったじゃないか」
実に結構なお手前でした。カコーンとししおどしが鳴った。
「まあ、しらじらしい。そう言って今はごまかして、後からなんだかんだ要求を突きつけてくるのでしょう? 話し合いの機会を設けて正解でしたわね。この話は、今ここできっぱりと決着をつけますわ」
「落ち着いてよ。何を言ってるのかわからない。恥ずかしいパンツを履いていたわけじゃあるまいし」
エリナは真っ赤になった。
「やっぱり! 見てない、チラッと、などとはぐらかして、しっかり見ていたのではありませんか!」
「だから見てないって! 恥ずかしいパンツだったの?」
「そうやって私から言わせて楽しむつもりですのね! いいですわ、それで満足するのなら言って差し上げますわ。ウ、ウサさんパンツですわ」
「ウサさん……パンツ……?」
「もう一度は言いません」
「今、履いてるの?」
「朝見たのでしょう!」
首が締まる。
「ぐええー、見てないってばー。ウサさんパンツって、ウサギのシルエットがたくさんついてるような?」
「素知らぬふりをして、柄の詳細まで説明させて辱めるとは……六号の変態っぷりは天井を知らないようですわね。その変態センス、末恐ろしいですわ。ですが、いいでしょう。この笠舞エリナ、ここまで来たのなら最後まで付き合って差し上げます。ウサさんパンツとは、中央に大きくウサギさんがプリントされているパンツですわ! 朝、見ましたでしょう?」
「いいや」
エリナが怪訝そうにレイジを見る。
「本当に?」
「本当だって」
「本当に、本当に?」
「本当だよ。後ろ姿だったから、パンツなんてほとんど見えてないよ」
エリナはこれ以上ないぐらい顔を染めると、レイジをぽいと手放した。
「よくよく考えてみればそうですわ……。それに六号にそこまでの狡猾さがあるわけがありませんし……。でも結果的にお間抜け六号に知られてしまいましたわ。だからこそ何をするかわからない不安がありますわ……」
後ろ向きで何やらぶつぶつと呟いている。さりげなく貶されてもいる。




