二十八話
ルートを一巡し、身なりを整える。
ゴミ拾いも随分と様になってきたなあ。喜ぶべきかはともかく、綺麗にするのは気分がいい。
「レイジくん、今日は五コマ目がありますよ」
「そうだっけ? まだ自分の時間割を覚え切れてなくてさ」
「恩田先生の講義です」
「あー、オカルトか。今日なんだね……って、まずいじゃないか! エリナは放課後と言っていたけれど、いつも通り四コマで終わると思っているんじゃないか?」
「そこはご心配なく。オカルトは新設された講義で、学年に関係なく受講できます。笠舞さんも含め、スレイ部全員が取っていますよ」
「新設って、ノブコ先生はその前、何を教えてたの?」
「現代文学でしたね。ですが……」
ノブコ先生とタケミがやってきた。挨拶もそこそこに、
「ちょっとー、堀之内くん、その先は話しちゃだめよー」
「すみません。余計なことをいたしました」
「別に構わないじゃないか。ノブコがちょーっと、とろかったってだけだよ」
「タケちゃん、だめよー。だめなんだからー」
タケミをがくがくと揺すっているが、彼女は全く動じていない。体幹という字の通り、まるで木の幹のごとし。
「とろい?」
おっとりはしていると思うが、あまりどんくさいイメージはない。
「ノブコは話すのが少し遅いだろ。それなのに余計なことを色々しゃべるせいで、カリキュラムに追っつかなかったんだ。結果は長期休暇に大量の補習さ。休みが潰されるってんで、ノブコの講義は五指に入る不人気講義になったわけだ。めでたしめでたし」
「めでたくないのー! おかげで、現代文学を降ろされちゃったんだからー」
「ええー! それじゃあオカルトも休み返上?」
「それは大丈夫よー。五コマ目はカリキュラムがほとんどない科目ばかりなのー。いざとなれば放課後まで少し延長したりもできるしー、休みはちゃんと取れるから、ね」
「なんだ。よかった」
スミカとエリナが散歩を終えて来た。
「何の話だ?」
「おはよー、スミカ様。それがねー、タケちゃんったら酷いのよー」
「なにもスミカ様に告げ口しなくてもいいじゃないか」
慌てるタケミが珍しかったので、レイジ達は笑った。
そして五コマ目。
教壇に立つノブコ先生を見るのは初めてだ。
広い講堂に受講者はスレイ部だけだった。前列に固まって座る。
そもそも、五コマ目の授業は人気がない。講義時間が他の講義の半分のため、出席に加え、長期休暇前の試験を行う講義がほとんどだからだ。多くの生徒にとって、五コマ目は単位調整のために仕方なく受講するものだった。
そんな理由に加え、地獄の補習という悪評、さらにはオカルトという意味不明さ、得体の知れなさが強烈なシナジーを生み、生徒の履修表からオカルトの文字はことごとく弾かれていったらしい。
講堂にはアンリの姿もあった。彼はスレイ部に全然顔を見せない。レアキャラだ。
これを機会に仲良くなれないかな。
レイジがちらちらと見ていると、アンリと目が合う。にこりと微笑みかけられたので思わず目を逸らしてしまった。
何を意識しているんだ、俺は。男なのにー、男なのにー!
「はーい、それでは始めます」
形式どおりの挨拶で講義が始まった。
「それでは六号くん、質問がありますよー」
「はい」
「オカルトに何を求めますかー? 六号くんの思ったように答えてくださーい」
「俺はオカルトなんて信じないよ。だから、オカルトが嘘っぱちだってことを求めたい」
「そのためには何が必要となりますかー?」
「えっと、科学」
「よろしい。それではー、全く逆に考えてくださーい。ある現象がオカルトだと証明するには何が必要ですかー?」
レイジは迷った。
「それも……科学では?」
「そのとおり。よくできましたー。オカルトを信じる、信じないは関係ないのよー。それが真実かどうかも問題ではないのー。オカルトと接すれば、必ず科学……いわばー人間の技術と理解の結晶ねー、これが必要になるのねー。言い換えればー、今持っている材料で不確定なものを判断し、延いてはそれをどうするか。オカルトはそういう力を培う講義なのー。六号くんの未来は決まっているのかしらー?」
「そりゃあ、わからないよ」
「そうよねー。それに対して、どう判断し、どうしていくかってことなのよー。では、スクリーンに注目ー」
教室が暗くなり、スクリーンに映像が映し出された。
映像はほとんど色がなく、拡大のためか粗く、鮮明ではない。それでも水面から首を伸ばす、首長竜と思しきものがはっきりと映っていた。
この写真を見てわかることを、それぞれが列挙していった。
教室が明るくなる。
ノブコ先生が板書する。挙げられた項目で、この首長竜の存在を肯定するもの、否定するものと分けられていく。
次にこの写真が撮られた場所のデータが配布された。それを参考にした上で、さらに議論が重ねられた。
どうやらスミカはこの首長竜にいて欲しいらしく、意見は終始肯定的だ。
それに対して、ノブコ先生が反証を提示していく。
「ではー、スミカ様。この写真の波をどう説明しますかー。ここは湖です。強風が吹いたとしても、この首長竜に対してあまりにも大きいですよねー」
「ぐむむ、それは……」
「それに、この首長竜が大きさどおりの食事を取るとして、この湖に十分な食事があるかしらー。もうひとつ。生物が生存するには繁殖する必要があるわよねー。二頭じゃだめよー。最低でも十数頭の個体数がこの湖にいなければ、子孫を残していくことができないわー」
「それは……それは、この写真の竜が子供だからだ。そして湖の底には外海に繋がる亀裂があるのだ。この子供竜は、そこからこの湖にたまたま迷い込んだに違いない」
「なるほどー。どうかしら、六号くん」
「筋は通ってるけど、こじつけっぽいよ。確認できない」
「レイジくん」
堀之内が肘で小突いて合図したが、もう遅い。
「なんだとー!」
「ひー」
「おバカですわね……」
「ふふふ」
スミカはかなり熱くなっていた。席を立ちあがりレイジをぽかぽか叩き始める。
エリナは呆れ、アンリは笑っていた。
「スミカ様、落ち着いてー。こじつけでいいのよー。もし、湖に亀裂があるとすれば、この写真は本物。この生き物も実在することになるわねー。反対に、六号くんの言うとおり、亀裂の確認はできないわねー。でも、方法がわかれば手段もある。そこが大事なのよー」
ノブコ先生は配布資料をトントンと揃えた。
「じゃあ、今日の講義はお終い。お疲れ様ー」




