二十七話
レイジは起床すると手早く準備を済ませ、堀之内と共に両の廊下を進んでいた。
今日の散歩コースは寮近辺らしい。スミカは先に玄関に向かって行った。
レイジははっと気づく。胸にハンカチがない。
「ごめん、ホリー。忘れものだ」
堀之内も気づく。
「申し訳ありません。私としたことが見落としておりました。ハンカチなら、ベッドの脇の小テーブルに畳んで置いてあります」
「俺もちょっと慣れて気が緩んでたよ。すぐとってくる」
レイジは廊下を逆戻り。ドアに手をかけ、勢いよく開けた。
「レイジくん、そこは!」
レイジの目に着替え中のエリナが目に飛び込んできた。
背中を向け、ブラウスの前ボタンを留めているところだ。長い髪はさらさらだし、脚は驚くほど長い。一枚の絵画のような完成された美しさが、部屋に差しこむ朝日の中に生きている。
おい、レイジ! 観賞してる場合じゃない! ここで必要なのは、ウィットに富んだ一言だ。そうだ、軽く褒めつつ間違いを認め、さりげなくドアを閉めよう。
君の、えーと、君の脚は……いやいや、脚は変態っぽいぞ。脚じゃなくて、他を褒めよう。
エリナにはいいところがたくさんあるんだ。出会って間もないが、そのぐらいはレイジにだってわかる。そこから一つを拾って褒めればいい。難しいことじゃない。
そう、例えば脚だ! 脚……脚が、脚が綺麗だ美しーい!
……だめだめだめ! これでは私は変質者ですと自己紹介しているも同じだ。だが、どうやってもエリナの脚から思考が離れない。なぜだ、どうしてなんだ。こいつはミステリーだぞ。
などとやってる間にたっぷり十秒は経ってしまった。
突然開いたドアに何事かという表情でエリナがレイジを見ている。
やがて状況が飲み込めたのか、エリナは顔を紅潮させ、ぶるぶると震え始めた。
「あの、なんか、その……ごめん!」
レイジは素早くドアを閉める。
「レイジくん、私たちの部屋は隣です。まさか、わざとではないですよね」
「違うよ! 信じて!」
「私は信じますが、笠舞さんはどうでしょうか……。こればかりは私もフォローしきれないかもしれません。覚悟して下さい」
「ひーん」
部屋でハンカチを見つけると廊下に出る。
エリナがいた。
こってり叱られると思ったが、意外にも平然としているぞ?
「エリナ、お、おはよう……」
「おはようございます」
「おはようですわ、堀之内、六号」
「あの……さっきのは間違いだったんだ。ほら、ここ、同じようなドアが続くからさ。それに後ろ姿だけで何も見てないよ!」
「気にしておりませんわ。例えば、着替え中に野良犬とカーテンの隙間を通して目があったからと言って、何も恥ずかしいことはないのですわ」
わふ? レイジは犬と同列?
「なーんだ、ならもっと見ておけば……」
ごちん!
「いだーい」
頭のてっぺんを拳骨でやられた。涙が出ちゃうよ。
「調子に乗らないでくださる? 全く、六号はケダモノですわ。油断も隙もあったものでは……それで、六号!」
「はい!?」
「罰として、放課後、私の所へ来なさい」
「えー、やだよ」
面倒な雰囲気がしたので、音の速さでレイジは断った。
「ここで部屋を覗かれたと叫んだら、生徒たちは、そして名護山さんはどう思うでしょうか。それにスミカ様にも報告しておかなければいけませんわね」
「絶対行きます」
レイジは光の速さで答えた。
「最初から素直にそう言えばいいのですわ。それで確認しておきますが」
「なに?」
「本当に何も見てませんのね?」
「……もちろん」
エリナは目を泳がすレイジを半眼で見つめていたが、
「いいですわ。これ以上問い詰めていたら、スミカ様をお待たせしてしまいます」
玄関へと向かって行く。
レイジは大きく息をついた。
何がとは言わないが、実はちらりと見えていた。これを悟られていたら……。
「レイジくん、申し訳ない。私には何もできませんでした」
「気持ちだけで十分だよ」
あれに割り込むのは大統領だって不可能だ。




