第2話・その子供の始まりは ~疑いあれども信用し~
第5章 積み重なった様々な
第2話・その子供の始まりは ~疑いあれども信用し~
アインの記憶の始まりは氾濫。洪水。
色々なものが常に忙しく動く、騒がしすぎる世界。
あまりにも多すぎて、すぐに気持ち悪くなって、頭が痛くなって……でも、それが許されない、暴力と支配の下に居たこと。
「……だから、見たくないって……思ったら、見えなく、なりました……」
アインの口から語られる、あまりにも悲惨な記憶の断片に、インスの撫でる手が止まって、ぎゅっと、その小さな体を抱きしめる。
かすかに震える体を、全部インスに押し付けて、全身で縋る幼子が……まさかここまで酷い目にあっていたとは知らなくて、気づけなかったことに己自身に憤怒するインスの内面は――恐ろしいほど凪いでいた。
「その後、必要に迫られて『見よう』としたら見えるようになった。と言いながら、インスの精神体を見たのが前回。確か……十日くらい前か? アインが見舞いに来た日だ」
話の軌道修正をしたウスニーの言葉に、インスも、アインも、シリウムも黙って頷く。
その日に、インスは意識を取り戻し、泣いて縋るアインに「心配させないように気を付けるから。」と約束していた。
「連続して、同じ場所に、寸分の狂いもなくダメージを受けたせいで……精神体に負った損傷が酷くて、『そこだけまだ治りきっていない。』と言っていたな? だから意識が戻らないのだろう。と……」
ウスニーの目が、アインを捉える。
意識が戻らない理由をアインが伝えた。その日にインスが意識を取り戻したのは偶然なのか?
「アイン。私はあの時、『少し外すが、何もするなよ?』と言って病室を出たが……本当に何もしなかったのか?」
「…………っ!」
見据える眼差しの強さに怯えながら、アインは無言でこくんと頷く。
「「……………」」
シリウムとウスニーはわずかの間アインを凝視するが、アインはそれ以上、何の反応も示さない。
はっきりと、口に出して肯定することも、否定することもしないのは、そこに『嘘』があるからなのか……それとも……
「お二人とも、アイン君が怖がっています」
その緊張感の高まる沈黙を裂いたのは、酷く落ち着いたインスの声。
「……ああ。悪い。見過ぎた……」
「疑っているわけではないが、できすぎていると思っただけだ……。責めているわけでもない」
ハッと気づいて、シリウムもウスニーも若干慌てた。
「……っ。何も、していません……。何も……できる、こと……なんて……」
震える吐息が、ようよう答えて、アインの語尾が泣き声じみて揺れる。
「……そうか。分かった……」
様子に、ウスニーは一言頷いて、それ以上、その件を掘り下げるのはやめにする。
代わりに、続きとなる核心部分に関して話し始めた。
「つまり、今日、お前を呼んだのは、インスの精神体の状態を確認させたかったからだ……。医学的な検査や診察では何の異常も見つからなかったが、意識を取り戻したとはいえ、その精神体の損傷が原因となっている可能性もある……」
とは言え、精神体を『視認』できるのはアインだけ。
原因が精神体の損傷であるのだとすれば、その確認はアインにしかできない。
だからこそ、ウスニーは無理を承知でアインの派遣を依頼した。
「……まさか、『授業』扱いでしか出せないとまでは思っていなかったが……」
それから、最後にそう、溜め息を吐いてシリウムに目を向けた。
「……こちらとしても、正直に言えば不本意だ。だが、『そもそも、ほとんどの神官呪師は生涯神殿の敷地から出る事はまれだ。』と言われれば『その通りだ。』としか言えないのも事実だろう」
眉間にしわを寄せ、腕を組んで唸るシリウムの言う通り、呪師は管理され、監視されていることで生きることを許されている。
皇宮呪師なら皇宮で、神官呪師なら神殿で。
その『所在』をはっきりさせておかなければ、処分の対象――『死刑対象』となってしまう。
そうは言っても、外部に派遣されることもあるので、その際には『護衛官』が傍に付き、監視を兼ねた護衛役として呪師の身の安全を『保障』する。
アインは、本来ならばまだ、呪師学校に入学できる年齢ではない。
呪師の家柄に生まれた、就学前の子供たちは、まだ『魔法の使い方』を知らないので、すでに『知っている』者たちよりは多少、自由を許されている。
もちろん、魔法を使う才能を持っているかもしれない上に、そもそもまだ幼い子供なので、その身の安全は注意深く見守られているが、それは『監視』ではない。
そういう意味でも、アインは他の子供たちよりもずっと不自由を強いられていた。
第5章第2話をお読みいただきありがとうございます。
アインの口から語られる「見者の目」に関する過去。
その過酷な内容に、表面上は優しくアインを抱きしめつつも、内心では静かに怒りを募らせるインス。
そしてウスニーから、今回アインをわざわざ皇宮医務殿に呼んだ「本当の目的」が明かされます。
大人たちの鋭い追及に怯えるアインを、すかさず庇うインスの過保護っぷりも見どころです。
果たしてアインに課せられる役割とは?
次回もお楽しみに!
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ノリト&ミコト




