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17 エメリーとエレノア

 

 エメリーが侍女として御屋敷に入ってしばらくしたある日、商人の姿のセオドラ国王と王妃ゾーイ殿が揃って御屋敷を訪れた。


 国王夫妻はしばらくエレノアと3人で話をしていたが、突然エレノアが泣きながら部屋を飛び出して行った。部屋のそばで控えていたエメリーはエレノアの後を追った。


 エレノアは赤い薔薇が咲き乱れる庭の長椅子に座って泣いていた。俯いて、手の甲で涙を拭いながら泣く姿は、まだ幼い少女だった。


 エメリーはしばらくエレノアを遠くから見つめていたが、そっと近づいてエレノアの前に屈んで、話しかけた。


 どうされたのですか?と聞くエメリにエレノアは背を向けて泣いた。


「エメリーは知ってたんでしょ?

 そして私に黙ってたんだ…!」


「エレノア様がこの国の姫様で、16才になったら王太子になられる、という話ですか?」


 ほら、やっぱり…という顔をエメリーに向けて、エレノアはまた泣いた。


「セオドラ様とゾーイ様は、エレノア様になんと仰ったのでしょうか?」

 

 エレノアは嗚咽を堪えながら言った。


「どうしたいのか、自分で考えて決めなさいって。」 

 

 そして、しゃくりあげ、少し考えてこう続ける。


「昔の言い伝えがあるから、私をここで静かに育てたんだって言うの。私に国を滅ぼすような、可哀想なことはさせたくなかったんだって。

 それでね…。

 王太子になりたくないなら、それでも構わない。王族の誰かに継いでもらってもいいのだから、よく考えなさいって…そう言ったの。

 お父様もお母様も、勝手だわ!

 今まで黙ってたなんて。

 なんで…なんでもっと早く…教えてくれなかったんだろう!」


 エレノアは再び泣き出した。エメリーはしばらく泣きじゃくるエレノアを見ていたが、ハンカチを手渡してこう言った。


「それで、なぜ泣いているのでしょうか?

 ご両親は無理強いはせず、エレノア様の意思を大事にする、と仰ったのですよね?」


 長い長い沈黙の後、エレノアはポツリと呟いた。


「私…びっくりしちゃったの」


 エレノアはエメリーをまっすぐに見て言った。


 エレノアの目も鼻も真っ赤になって、淡い栗色の髪の毛が頬にくっついていた。


「そんな事、思ってもいなかったんだもん。

 …だって、そうでしょう? いきなりお前は王太子になるって言われたら、誰だってびっくりして、困るでしょう?

 私、どうしたらいいのか、わからないんだもの…。

 自分で決めるなんて、できないよ…」


 エメリーはエレノアの隣に腰掛けて、エレノアの手を取って顔を見た。


「確かに…そうですね…。

 いきなりでは、びっくりして困る…。

 私も同じ様に言われたら、びっくりして、ものすごく困って…お父様のバカ…とか言ってしまうと思います。

 お母様なんか、大っ嫌い!

 私の事はほっといて!

 こんな家、出て行ってやる!

 う〜ん、あと、なんて言ってやりましょうか?」


 エレノアが少し笑ってエメリーを見た。


「…そう言えばよかった!」


「……言わなくてよかったです。

 もし、言っていたら、今頃ご両親は卒倒していたかもしれませんから…。

 エレノア様はご両親に言われた事が嫌で泣いていたのではなく、どうしたらいいのか、わからずに泣いていたのですね?」


 エレノアは頷いた。

 エメリーはエレノアの手を強く握りしめて尋ねた。


「エレノア様…。

 エレノア様は、私が何故この御屋敷に来たと思われますか?」


 エメリーはにっこりと笑った。


「私は、エレノア様と共に在るためにここに来たのです。

 私はエレノア様が楽しい時には、その幸せを分けていただきたい。エレノア様が辛く、悲しく、苦しい時にはおそばにいて、共に前に進んでいきたい。

 私はエレノア様と一緒に笑い、泣き、悩んでいきたいのです。

 誰かと一緒に進んでいけば、どんな試練も乗り越えられると、私は信じています。

 エレノア様、私と一緒に一歩を踏み出してみませんか?

 急ぐ事はありません。

 出来る事から始めればいいのです」


 エレノアは黙ってエメリーを見つめ続けていた。


 エメリーは立ち上がり、そして右手を左胸に当てた。微かな風と共にエメリーが騎士の姿に変わった。

 

 そして片膝を付き、ゆっくりとエレノアを見上げた。


「エレノア様、

 恐れることはありません。私は、私の持てる力の全てであなた様をお護りし、共に歩んで参ります」


 エレノアはエメリーの前に立った。


「騎士だったんだね。エメリーは…。

 私を護ってくれる、騎士だったんだね?

 これから、いつもそばにいてくれるの?

 私はどうすればいいのか、教えてくれるの?

 だって、私、何もしらないし、何もできないもん。

 それで…

 色々教えてもらって、色々やってみて、

 無理だと思ったら…

 私、王太子になるのをやめてもいいんだよね?

 普通の女の子でいてもいいんだよね?

 お父様もお母様もがっかりしたり、しないよね?」


「ご両親は、エレノア様がどんな決断をされても、決して落胆されたりはしません。エレノア様の幸せだけを願っていらっしゃるのですから。

 そうでなければ、いくら言い伝えがあるとしても、エレノア様達をこの御屋敷で育てようとは思わないはずです。可愛い娘達を手元から離してでも、幸せに過ごしてほしいと願っていらっしゃるのです」


 エレノアはエメリーの手を取って、ありがとうと言った。


「私、お父様たちのところに戻るね。もう一度、話してみる。エメリー、ありがとう」


 走り出したエレノアの後ろ姿を見送っていると、マイケルがそっと姿を現してエメリーの肩を抱いた。


「ありがとう、エメリー。

 俺、エメリーの事、惚れ直した。今すぐキスしたい」


 エメリーは微笑んでマイケルの顔を見た。


 


 エレノアは自分の道を決めた。


 王太子に相応しい人間になれるか、自分を試してみる、とエレノアは国王夫婦に言ったという。



 その日から、少しづつエレノアの立太子に向けての準備が始まった。


 マイケルが自衛軍の司令官だったと知ると、エレノアは目を丸くしていた。


「私のそばで、私の事、守っていてくれたんだね。ありがとう。これから、よろしくお願いします、マイケル司令官!」

と、言ってマイケルの手を取った。



 エメリーは正式に自衛軍の所属の大佐として任命された。


 入隊式の日、マイケル司令官と戦ったエメリーの姿が目に焼き付いている自衛軍の隊員達は、皆、エメリーを尊敬の眼差しで見つめ、敬礼をした。


 そこには数ヶ月で見違えるように逞しくなった隊員達の姿があった。





 程なくして、エレノアは王族の遠い親戚の息子、ノアとして自衛軍の副司令長官として配属された。その傍にはいつもエメリー大佐の姿があった。


 マイケルと戦った時の姿から、エメリーは '炎の大佐' とあだ名されていて、赤いマントを翻して立つその姿は勇猛果敢な戦士だった。常にノア司令副長官の側に控え、眼光鋭く辺りを見回している。


 自衛軍にいる間は、エメリーはノア副司令長官付きの大佐として、マイケル司令官の副官とも言える立場にいる。


 一切の妥協を許さず、前に進む強い女…。

 それが巷で言われているエメリー大佐だった。






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