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11 マイケルと伯爵令嬢






 忙しく日々を過ごすマイケルの元に一通の手紙が届いた。


 ブラウン伯爵家の令嬢、エマからだった。


 アレックス隊長を通して縁談は断ったはずなのに…と訝しみながら読むと、一度お目にかかってお話がしたい、と書いてあった。


(これは俺の口からキッパリと言わねばなるまい)


 マイケルはエマと会う事にした。



 マイケルが指定した城の四阿で、エマはポツンと1人、侍女も連れずに俯き加減で立って待っていた。


 ピンクブロンドの髪がそよぐ風に揺れ、纏った紫色のドレスがエマの美しさを際立たせていた。駆け寄って抱きしめてあげたくなる様な、儚い美しさだった。


「お待たせしましたか?申し訳なかったです」


 詫びるマイケルに、エマはドレスと同じ紫色の瞳を輝かせながら答えた。


「いいえ、私が早く来すぎてしまったのです。

 あなたに会えると思うと落ち着かなくて…。私の願いを聞いてくださってありがとうございます」


 2人で向かい合って四阿に座ったマイケルは、私にどんな話があるのでしょう、とエマに問いかけた。


 エマはマイケルを見つめながら話し始めた。


「私が14歳だった頃、私は初めてあなたをお見かけしました。あなたは馬に乗り、騎士として国王陛下に従っておられました。辺りに目を配りながら進んで行くあなたの事を、とても素敵な方だと、子供ながらに思いました。

 父に連れられて城に行く度に、国王陛下の傍に控えていらっしゃるあなたを見て、私の心が踊りました。

 いつか、あの方とお話がしたい。

 いつか、あの方と腕を組み歩いてみたい。

 いつの日にか、あの方の…」


 エマの紫色の瞳が輝いた。


「そして今年、私は16歳になりました。

 夫を迎える話がいくつもありますが、どの方も素敵な方なのに、何故か心が踊るような気持ちになれません。

 どの方のお話もお断りし続ける私を父は訝しみました。正直な気落ちを言ってごらんと言う父に、私はあなたの事を話しました。

 子供の頃にお見かけした方が忘れられない、いつもいつもその方のことを想っていると。

 父は私の話しを聞いて、あなたに結婚を申し込んでくれました」


 エマはちょっとだけ眼を潤ませた。

 

「でも、あなたにとって話したこともない私と結婚など、気が進まないことでしょう。あなたがこの話をお断りになったのも理解できるのです。

 ですから…。私の事を知って欲しいと私は思いました。その上で、あなたが私のことを愛していると思ってくださったときに、結婚を考えて欲しい…」

 

 エマは大きく息を吸った。


「だから…私とお付き合いしていただけないでしょうか?こんな申し出を女の私の方からするのは、お嫌ですか?」


 マイケルは不思議そうな顔でエマを見た。


「あなたはこんな男のどこが気に入ったのでしょう?どこにでもいる、普通の男ですよ」


「いいえ、あなたの優しい微笑み、青みがかった銀色の髪、歩く姿…全てが好きです。

 人を好きになるのに理屈や理由はいらないでしょう?」


 マイケルはエマをしばらく見つめ、大きく息をした。


「正直な所、私はまだ結婚など考えられません。

 あなたと結婚する気はありませんし、伯爵家を継ぐなど考えられません。

 今の私にはあなたを愛する日が来るとも思えません。お付き合いをしても、別れがあるだけです。傷つくのは、私ではなくあなたです。

 冷たい事を言うと思われるでしょう?

 でもこれは、私の偽らざる気持ちです。それでも私と付き合いたいとおっしゃるのですか?

 あなたは心優しい方と聞いています。

 私ではない誰かを…」


 マイケルの言葉を遮って、エマが言った


「可能性は全くないのですか?」


「…はい。」


 エマはその美しい顔を涙で濡らし、声を震わせた。


「…それでも構いません。

 私の事を好きにならなくても構いません。私と時々会ってくださるだけで、私は幸せです。

 時々でいいのです。私をあなたのそばに居させてください。

 お願いです。どうか、わたしの願いを受け入れてください。…お願いです」


 マイケルは胸が締め付けられるようなその美しい泣き顔を見つめ、深いため息をついた。


「面白いお方だ…。こんな男のどこがいいのやら。

 美しい方と腕を組み並んで歩きたいという欲望が、私にないわけではありませんからね。

 でも、私はあなたと並んで歩くだけです。それだけですよ。いいですね、エマ殿」


(…あぁ〜っ!俺と言う男は…!情けない。

 美しい女の涙に負けてしまった)


 マイケルはハンカチをエマに渡し、腕を差し出してエスコートした。エマは涙で濡れた顔をハンカチで抑えて、嬉しそうにマイケルを見上げた。マイケルの腕を取り隣を歩くエマの姿は本当に美しく輝いていた。




 数日の内に、マイケルとエマが腕を組んで歩いていたという話が広がった。自衛軍司令官と伯爵令嬢が腕を組んで歩いていたのだから仕方ない。


 サイモンはマイケル司令官に、どうするんですか!と詰め寄った。


「エメリー嬢を取り逃しますよ!」


「私はエマ殿と歩いただけだ。

 エスコートして腕を組むのは当然だろう?」


 年上のマイケル司令官に、恋人と暮らす16歳のサイモンが小声でブチブチと文句を言う。


(全く、もう!

 女心がわからない残念な男なんだから。

 エメリー嬢が…かわいそうですっ!

 そのうちに伯爵がその気になってしまいます。

 どんな事になっても

 …わたしは知りませんよ!)




 マイケルとエマは何度か2人で城を散策した。

 

 エマはいつもマイケルを見て幸せそうに微笑んでいた。周りの皆からは2人が想い合った恋人の様に見えた。


 城の中をマイケルと歩いている時、エマは一人の女性を見かけた。騎士学校の制服に身を包んだ黄紅色の髪の女性だった。


 そして、ほんのわずかにマイケルがその女性を見た事にも気がついた。


 別の日にもエマはその女性を見かけた。マイケルの歩調がほんのわずかに遅くなり、ほんの少し横を見ていた事で気づいてしまった。


 マイケルの目線はエメリーを追いかけていた。

 その女性の目はエマを見ていた。


 ある日の事。城の中を2人で腕を組み歩いていると、騎士学校の生徒が向こうからわいわいとやって来た。そして、マイケルに気づくとサッと敬礼をし、通り過ぎるまで不動の姿勢で見送った。


 その中にその人がいた。

 ほんのわずかにマイケルの歩調が遅くなり、その人に微かに笑いかけた。


 エマを見たその女性の目は悲しげに曇っていた。


 2人が通り過ぎると何回もくしゃみをしている女性の声のが聞こえた。

 エメリー、大丈夫かよと言う声と、へへ…鼻がムズムズするのよねと言う声が聞こえた。


「…花粉なのか?」


 マイケルはそう呟いたが、エマは気づいていた。悲しげに曇ったエメリーというその女性の目に涙が浮かんでいたのを。


(マイケル、あれは花粉なんかじゃありません。

 涙を誤魔化しているのですよ)


 エマはそう言えずに言葉を飲み込んだ。



 その後もマイケルの様子でエメリーがいる事をエマは気づいてしまう。自分の事は好きにならなくてもいい、と言っておきながら、エメリーにどうしても嫉妬してしまう。


 エマはそんな自分が悲しかった。



 とうとうエマの父、ブラウン伯爵が動いた。


 マイケルを自分の館に呼び出して盛大にもてなし、酒を飲みながらマイケルに尋ねた。


「…で?エマとはいつ結婚するんだね。伯爵家を継ぐ準備もあるしな…。そろそろ準備を始めたいのだがね?」


 マイケルはえっ?という顔をしてエマを見た。エマは慌てて父に言う。


「お父様、マイケル殿が困っておられます」


「おお、そうかそうか。まぁ2人でゆっくり考えなさい。私はいつでもいいぞ」


 では、あとは2人でくつろぐといい、と言って伯爵はダイニングルームを後にした。


「エマ殿?そんな話になっているのですか?」


「違うのです、マイケル。

 父が勝手に…。ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。今夜はこのままお帰りください。父には私からきちんと話しておきます」


 涙を目に溜めて、エマは謝り続けていた。




 マイケルは自分を責めていた。 


(俺は何と情けないやつなんだ!

 涙に負けて、はっきりと断りきれなかった俺のせいだ。

 きちんとエマ殿と話をして終わりにしよう。

 エマ殿をこれ以上悲しませるわけにはいかない。エマ殿のためにも、自分のためにも)



 マイケルは何度もエマに連絡をとった。

 しかし、なんの返事もないまま時間が過ぎた。


 しばらく経った頃、エマから四阿に来て欲しいと連絡があった。


 マイケルが四阿に行くと、夕闇の中、エマが1人佇んでいた。


 エマはマイケルに何も言わせず、涙声で話し始めた。


「マイケル、先日は申し訳ありませんでした。

 父にはきちんと話しました。マイケル殿にわがままを言っていたのか、ときつく叱られました。

 何度もご連絡をいただいていたのに、お返事もせずごめんなさい。心を落ち着かせる時間が欲しかったのです」


「エマ殿、私は…」


 エマは涙を拭おうともしなかった。


「マイケル、お願いです。どうぞ何も仰らないでください。

 今日はお別れのご挨拶をするために、あなたをお呼びしたのです。

 父に叱られたからではありません。

 私はあなたの瞳の中に、ただ1人の女性が映っている事に気が付いてしまったのです。

 悲しいですが、私ではない、別の方です。あなたはその方を想ってらっしゃる…。私の想いが届かないのは、きっとその方がいるからですね…」


 エマは一瞬だけ瞳を閉じた。


「最初にお会いした時に、お付き合いしても別れがあるだけだとあなたは仰った。そして傷つくのは私だと。

 でもマイケル、私は傷ついてはいません。

 とても楽しかった。とても嬉しかった。私はあなたと過ごした時間をずっとずっと忘れません。

 短い時間でしたけれど、ご一緒した時を思えば、これから先も辛い事をのりこえられる、そんな気がします。

 自分からこんなご挨拶をするなんて…。

 本当に自分勝手で恥ずかしいです」


 エマはマイケルの手を取った。

 

「マイケル、今でも大好きです。

 たくさんの楽しい時間をありがとう。そして、さようなら」



 エマは後ろも振り返らずに、四阿を後にした。


 マイケルはエマの姿が見えなり、辺りが夕闇に包まれても四阿で佇んでいた。




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