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★ 20 実験農場の管理人達


 夕食が終わって、のんびりと妻達とお茶を楽しんでいると、ライザさんが来客を告げにやってきた。

 普段はエニルさんが色々とやってくれるんだけど、実験農場では裏方に徹しているようだな。

 2階のプライベートリビングではなく1階の来客用リビングで寛いでいたから、直ぐに案内して貰うことにした。


 やって来たのは俺より年上に見える女性が1人、その後ろに妻よりも若い感じのする女性と、年嵩の男性が2だった。男性達には、獣人族特有の耳と尻尾がある。1人はエニルさんと同じような容姿だからネコ族という事になるんだろう。もう1人はトラ族だな。ヴィオラ騎士団でも戦意の高い連中だし、入るなり俺に騎士の礼をしたぐらいだから近衛兵を率いる隊長という事になるのだろう。

 不思議なことに、ネコ族の男性は語尾に『にゃ』が付かないんだよなぁ。


「どうぞお掛けください。一応、この実験農場で学生達に農業を教えようとしていますけど、実際の責任者はミネルヴァ様ですからね」


「そんなことはありませんよ。姉もそれを気にしているようです。アオイ殿に全てを任せていると私にきつく言いつける程ですから。自己紹介が遅れましたね。ミネルヴァの妹、シルビアです。隣は私を補助してくれます『ロエル』、ネコ族の『ライマン』は実験農園の管理の責任者。その隣のトラ族の『モルゲン』は実験農場の防衛責任者ですが、王国の近衛兵分隊長でもあります」


 シルビアさんが名を告げる度に、頭を下げてくれるから、その都度俺も小さく頭を下げる。横柄に構えるのが貴族らしいけど、俺の場合は名目も良いところだからね。


「初めて会う事が出来ました。ここで農学を学生たちに学んでもらうつもりです。通常の農園と違って、実験農場は大きな収穫量を期待することは出来ません。よって、農園の収支は常に赤字になる筈でしょう。この補填として王国からの給付金を使うことになりますが、必ずしも十分とは言えないでしょう。更なる補填として魔石を俺の方からシルビアさんにお渡しします。俺の所属するヴィオラ騎士団との調整で、俺が入手した魔石の一部を個人的に使う許しを得ることが出来ました。当分は、それで何とかしたいと考えています」


 うんうんと4人が聞いているのは、やはり維持費に問題があるという事なんだろうな。

 メイドさんがお茶を運んできてくれたから、それを飲みながら歓談を続ける。


「収穫量に問題があるのであれば、小さな畑ではなく畑を広げて自走機械を使った農業も出来ると思うのですが?」


 ライマンさんは根っからの農夫という感じだな。

 大規模農園であるなら、そんな魔道機関を利用した農機具を使えるのだろう。だけどそれは通常耕作による収穫量を上げるためであって、作物そのものの収穫量を上げることにはならないんだよなぁ。


「面倒でも、現在の畑を使うことになります。俺達が目指すのは、利用価値の高い作物を容易に作る技術を考えること。また、1株の麦の実の大きさを変えずに数を増やすこと等が目的ですからね。小さな畑の隣同士に同じ作物を育てることはないでしょう。かなり数を作って頂いたのは、学生達にその畑を1つずつ与えるためです」


「収穫量を期待しない農場を管理して欲しいと、姉が言っていたのはそう言う事ですか。

私も最初にここを訪れた時には、あの畑を見て驚きました。とはいえまだ運用開始にも至っていない状況であっても、貴族達の訪問の打診をかなり受けています。これはどのように対処しましょうか?」


 たぶん、すぐに収穫量を上げられると考えているんだろうな。

 見せる分には問題ないだろうが、畑を荒らされるようでは本末転倒も良いところだ。

 更に温室ともなると、彼らの衣服に付着した花粉や雑菌が実験を台無しにしかねない。


「実験に影響を与えないよう、見学ルートを決めることにしましょう。それ以外は実験に悪影響を及ぼす恐れがあるとして禁止することにします。責任を取れるのであればもう一歩踏み込んだ見学も可能でしょうが、俺達の実験を無に帰するようなことになれば国王陛下も黙って見過ごすことにはならないでしょう」


 俺の話を聞いて、シルビアさんとモルゲンさんが怪しい笑みを浮かべているんだよなぁ。ロエルさんとライマンさんは大きく目を見開いている。そこまでするのかという感じだ。


「見学ルートを作ることに賛成です。隊員を同行させることで、彼らの動きを常に見張ることが出来ます。逸脱しそうになった場合は、その場で見学を中断させます」


 それって、他の隊員を呼んで見学者を拘束するってことではないよな?

 うんうんとまだ頷いて笑みを浮かべているところを見ると、国王陛下から何か一言あった感じがするぞ。あまり過激な扱いをするようでは、貴族達との間に軋轢が起こりかねないからなぁ。後でミネルヴァ様に確認したほうが良さそうだ。


「私から1つ確認があるのですが……。かなり大きな貯水池を作られましたが、その水はどこから引いてくるのでしょう? 近くの獣人族の村の連中に手伝って貰いましたが、その規模を見て不安を募らせております」


 俺がライマンさんに顔を向けて頷いたところで確認の内容を話してくれた。

 これは当初から予想していたからね。


「井戸を掘る。かなり深い井戸だから近くの獣人族の村の水源に影響を当てることはない。場合によっては自噴する可能性もあるだろうね。とりあえず明日にでも掘ってみるつもりだが、掘った後の緯度としての形作りはライマンさんにお願いしますよ。

 それと、水量によっては貯水池からの取水口の分岐を増すつもりだ。その分岐から獣人族の畑にも水が届くようにしたいね」


 近くに実験農場があることで、少しは獣人族の村に恩恵を与えないとなぁ。実験農場で働くことで少しは現金収入が増えるだろうけど、働く人数には限りがある。村の農園の水不足を少しでも補える方が村全体としては利点があるに違いない。


「実験農場の貯水池を村が利用できると!」

「それぐらいは出来るんじゃないかな。見ての通り、実験農場の畑は小区画が多数だ。それだけ多種の野菜や果物、さらには花や雑草と思える代物さえ作ることになる。その畑が一様に水を使うわけではないからね」


 競泳用のプール並みの大きさがある貯水池だからなぁ。実験農場で使う量をかなり上回っていることは確かだ。半分ほどは村の畑に供給できるように思える。


「村と調整して、新たな水源位置を確保してくれないか? そこまでの水路は実験農場に協力してくれる村へのミネルヴァ様からの感謝の印として導水を行うよ」


 俺の言葉に、ブン! という音を立てるかのようにシルビアさんが顔を向けて来た。

 そんなことまでするのかという感じなんだが、物事は全て一方通行ではないからなぁ。厚意は厚意として戻ってくると思うんだけどねぇ。


「アオイ様がそのような考えを持っているとは思いませんでしたが、1つ大きな課題があります。獣人族の村は、この実験農場よりも高台になります。単に水路を引くという事では村に設ける貯水地に導水できません」


 そう言う事か。

 さすがに魔法を使って水を低い場所から高い場所に流すようなことは出来ないという事になるんだろう。

 だけど、アテナの事前調査で標高差が10mほどでしかないことが分かっている。それならこの実験農場に高架水槽を作り、サイホンの原理を使って導水路に流せば済むことだ。


「対策は容易なんだ。ちょっとした建造物が必要になるけど、俺達の農場にも利用できるからね」


「もし、それが可能であるなら、その施設だけでも多くの物達が見学に来ると思います」


「見るだけなら、実害はないよ。本当に困るのは、実験の場である畑や温室への立ち入りだ。これは十分に注意して欲しい。注意しても入るようなら拘束も許可する。国王陛下の豊かな領民の暮らしを模索する行為を踏みにじることだからね。たとえ高位貴族、高位神官であろうとも構わないぞ。その責任は俺が取る。さすがにミネルヴァ様に負わせるのはなぁ。俺にも矜持があるからね」


「了解しました。そこまでお考えでおられるなら、我等も安心して任務をこなせます」


 モルゲンさんが分厚い胸を叩いて、しっかりと頷いてくれた。

 トラ族の人達は実直だからなぁ。その通りにするに違いない。


「学生達は貨客用陸上船に乗って、明後日には到着するでしょう。身支度は自分達で行わせると事前に周知しております。彼らの食事だけは獣人族の村からご婦人を数人程雇い入れましたが、アオイ様の要望を村長に伝えた時は目を丸くしてましたよ」


 そんなに驚くことかなぁ。実験農場で働く機会を多くの者に与えて欲しいという事なんだけどねぇ……。

 責任者以外の雇用人数の調整は村に任せることにした。人間族と異なり獣人族は真面目な連中ばかりだ。窮乏している者達を優先的に選んでくれているに違いない。


「高架水槽と高架水槽への給水方法については、俺がここにいる間にシルビアさんに渡します。ドワーフ族なら問題なく作ってくれるでしょう。それと、これは当座の資金として利用してください」


 皮袋をシルビアさんに手渡したら、中を見て驚いているんだよなぁ。金貨とはいかないけど商会と取引すればそれなりの金額になるはずだ。高架水槽を作るぐらいなら中位魔石10個も必要ないだろう。魔獣狩りをして手に入れた魔石の三分の一が俺の取り分だからね。足りなければ妻達と魔獣狩りをすればいい。


「毎年50個とはならないだろうけど、20個は確実だろうな。実験農場の運営で出た赤字については、それで何とかしてほしい」

「十分すぎるように思えます。これ以外に毎年20個ともなれば、貴族が動きだすように思えますけど?」

「動く分には構わないさ。それは貴族として当然だと思うよ。この実験農場の運営や経営に手を出そうとしない限りはね。魔石を得ようと魔獣狩りをする貴族がいるなら長く王国は繁栄するんじゃないかな」


 俺の笑みに気が付いたモルゲンさんが苦笑いを浮かべているんだよなぁ。

 そんな動きを助長して、使えない貴族を潰そうとしていることに気が付いたのかもしれない。

 貴族を王宮から追い出すには、彼らの強欲を利用するのが一番だとリオが言っていたぐらいだ。これくらいの事で動き出すような貴族なら、百害あって一利なしの連中だろうからね。

 さて、明後日には学生達がやってくる。

 どんな植物を見付けてきたのだろう。民間療法で用いられる薬草の効能も一緒に調べたはずだから、成分分析をアテナに頼んでみるか。



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