★ 18 エルトニア王国軍の要望
3日目にナルビク王国の館を後にしてエルトニア王国に王宮へと移動した。
ここで3日を過ごせば、ナルビクとエルトニア王国の貴族達が文句を言うこともないだろう。
なるべく貴族との付き合いはしたくはないんだが、お后様が事前調整してくれた貴族であるなら、会見するのもやぶさかではない。
妻である2人の王女は、お后様と関係のあるサロンに出掛けて行ったけど……、また疲れた顔をして帰ってくるに違いない。
エルトニアの王宮内に作って貰った館はナルビク王国の王宮内の館よりも小さいが、館の中はかなり豪華に作られている。講義室が無いから、それに見合うだけ豪華にしてくれたんだろうけど、中庭まであるんだよなぁ。
ここで過ごすことがたまにしかないんだから、俺としては簡素なログハウスでも満足できたんだけどね。
「それで、今日やってくるのは?」
「もう直ぐ、王国軍の第1艦隊を率いるトゴル将軍がやってくるにゃ。午後はアルキオ男爵にゃ。領地を持たずに、工廟を持っているにゃ」
エニルさんがメモを見ながら答えてくれた。
レッドカーペットが発生するのは70年周期とリオから聞いたから、レッドカーペットに関わる話では無さそうだな。戦艦に医務室を作って欲しいと頼んであるから、その話かもしれないな。
午後にやってくる男爵は、大きな工場を持っているということになるのだろう。さすがに自らハンマーを持つようなことはしないだろうから、経営を任されているのかな。
それなら、ちょっとした実験器具も作って貰えるかもしれないな。
「明日の予定もあるのかな?」
「午前中は、お后様達とのお茶会にゃ。午後は、伯爵と男爵がやってくるにゃ」
お茶会というのが一番の問題かもしれない。王国の実務はお后様達だからなぁ。どんな難題を出してくるか予想がつかないんだが、場合によってはリオと調整しなければならないかもしれないな。
「どこで会えば良いのだろう?」
「このリビングで十分にゃ。数人でやってくるとお后様が言ってたにゃ」
3人が座れるソファーが『コ』の字形に並んでいるからなぁ。壁際にインテリアの一部に見えてしまう椅子を用意すれば10人程度の打ち合わせなラ出来るということかな。
館は1階が、来客対応で2階がプライベートの作りだ。リビングが2つあるんだけど、その違いはダイニングが一緒になっているか分かれているかの違いだけだ。
多くの貴族館がリビングとダイニングを分けているから、来客用の1階のリビングは応接間を兼ねているのだろう。
天井も高いし、テーブルの真上にはシャンデリアが下がっている。庭に面した窓は床まで達しているから開放的だ。通路側の壁には棚を兼ねた戸棚が設えてあるし、生け花がいくつかガラスの花瓶に飾られている。
壁には風景画が並んでいるんだが、これは妻達が宝物庫から選んできたものだ。その内、妻達の肖像画を描いて貰って飾ろうかな。
エニルさんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら一服していると、リビングの扉が開いてメイドさんが入ってきた。俺に一礼をすると、来客を知らせてくれた。
「ありがとう。ここに案内してくれるかな? エニルさん、飲み物をお願いします」
「了解にゃ!」
エニルさんが飲みかけのコーヒーカップを、直ぐにトレイに乗せて部屋を出て行った。
改めてコーヒーを出してくれるのかな?
丁度飲み頃まで冷めたんだけどなぁ……。
コツコツと小さなノックの音が聞こえ、扉が開く。
席を立って入って来た人物を見ると、エルトニア王国軍の重鎮であるトゴルさん、それに4人の男女だった。
全員が士官服を着ているから、上級将校という事になるのだろう。
先ずは座って貰い、トゴルさんから4人を紹介して貰う。
「わざわざお越し頂きありがとうございます。エルトニアの砂の海はだいぶ哨戒しているのですが、さすがに深部まで軍の艦隊は遊弋しませんからね」
「風の海から砂の海に足を延ばしてはいますが、さすがに北に1日というところでしょう。おかげで海賊被害の訴えが無い年がないことを恥じ入るばかりです。ブラウ同盟3王国で被害件数が一番多いのが我が王国……。かつてのウエリントンも被害の多さに頭を抱えていたようですが、近ごろはその話も聞くことはありません……」
リオ達が活躍しているという事かな?
案外、地味に思える人物だけど、それなりに貢献をしているようだ。
そうなると同じような被害のあるエルトニアでも、俺を上手く使うことで被害を低減できると考えたのかもしれない。
エルトニア王国から王女を降嫁して貰った恩があるからねぇ。それに義は俺の大事にする信念の1つでもある。
「お話のすじは、理解しました。さすがに海賊狩りを専門に行うことは出来ませんが、その方向でエルトニアの北の哨戒を継続したいと思います。とはいえ、俺達がこの地に来る機会はそれほど多くはありません。可能であるなら軍の方にも専門の哨戒艦隊を作るべきかと考えるのですが?」
「それを相談すべく、やってきた次第ですの。あのボルテ・チノと同型艦の設計図を開示願えないでしょうか? もちろん対価は十分にお支払いできますが?」
確かにボルテ・チノクラスの戦闘艦を2隻で小さな艦隊を作れば、海賊の脅威は一気に激減するだろう。
とは言ってもなぁ……。あれはアテナが発掘した艦を魔改造したからねぇ。この世界の造船技術では製作等不可能だろう。
トゴルさんの顔色を見ると、結構被害が多いということなんだろうな。ボルテ・チノは無理でも、確かリオがリバイアサンの桟橋でモスボール化されていた戦闘艦を模した小型艦を作ろうとしていたはずだ。
多分ウエリントン王国軍向けだろうから、それを同盟国であることを理由に何隻か購入することは可能だろう。
武装は魔撃槍という訳の分からない品ではなく、無煙火薬を使った大砲に違いない。
『アテナ、リオとコンタクトして、戦闘艦の製作がどれぐらい進んでいるのか、それにその仕様と同盟国内に販売が可能かどうか、確認してくれないか?』
『了解しました。リオ様の了解を得られたならアリスとコンタクトします』
ジッと俺を見つめる数人の顔を、もう1度眺めたところで口を開く。
「しばらくお待ちください。リオの確認を得ることにします。さすがにボルテ・チノをエルトニアの王立工房で製作することは不可能です。かと言ってリバイアサンで製作することも出来ません。そもそもが古代帝国の遺物ですからね。どうにか修理と改造を行うことで、俺達が使っているところです。
とはいえ、ヴィオラ騎士団のもう1つの小型戦闘艦であるガリナムの改造を基に、類似した戦闘艦をリオ達が設計をしていました。たぶんフェダーン様の要望かと思います。
その戦闘艦の進展状況がもう少しで送られてくるはずです」
「ガリナム……。あの船首に大型砲を備えた小型艦か! 確かにあれなら申し分は無さそうだが、何を改造するというのだろう?」
「さらに速度を上げるようです。毎時50ケムを越えるのではないかと、武装の変更はボルテ・チノのように後部甲板にロケットの射出機を横に並べると思います。
その改造結果を基にして、既存の魔導科学を使った小型戦闘艦ということになるのですが……」
話の途中で、アテナから『リオ様から了承の確認を得ました。仕様等についてのレポートを頂きましたから、それを参考に説明してください』との耳打ちがあった。
許可してくれたか。そうなるとナルビク王国も欲しがるに違いない。
リオの懐が潤いそうだな。
「リオの合意を得ることが出来ました。仮想スクリーンを使って説明しましょう」
この世界にもプロジェクターがあるんだが、俺達のように空間に画像を映し出すようなことはまだ出来ないようだ。白い壁や、スクリーンを使っているんだよなぁ。
『コ』字に配置したソファーの空いている場所に仮想スクリーンを作りだし、先ずは画像を映し出した。
「背後の艦影は駆逐艦ですな。なるほど全体が小さくなっているようです」
「仕様によりますと、巡航45ケム、3時間ほどなら60ケムを越えて機動出来るようです。艦首に背負い式の連装砲塔が2つ。第一砲塔は俺達が供与する火薬を使った口径4イルム砲です。第2砲塔は口径4イルムの魔撃砲になります。艦尾のロケットは左右共に10発を装填しているとのことです。ロケットの再装填は基地にて行うことになるようですね。乗員は30名で2週間前後の航海を想定しているようです」
「現在の駆逐艦の最大船速を巡航速度が越えると……」
「火力も十分でしょう。航海の想定日数が少ないのは居住区がそれほど大きくはないということでしょうが、休養期間を他の艦船より長くすることで乗員の不満を軽減することも可能かと」
「乗員数が削減できるというのも嬉しい話ではありますが、建造費はどの程度になるのでしょう?」
副官の1人の言葉に、アテナが『駆逐艦1隻の建造費の2割増し』と耳打ちしてくれた。
案外安いんだな。2隻分以上になると思っていたんだけどなぁ。
『1つ課題があるとすれば、初期の半重力装置を組み込むことでしょう。さすがにこの世界で作ることが出来ませんから、ブラックボックスとして組み込むようです』
性能は戦闘艦の重量を十分の一に低減する程度らしい。
それでも足回りの強度を大幅に削減することはできそうだ。
画像をよく見ると車輪が無い。多脚式走行装置を組み込むことになるようだな。
脚の先端部の強度はどれぐらいなんだろう? 摩耗は考えているはずだが、それについての情報はないんだよなぁ
「駆逐艦の値段でこれができるとなれば、数隻程欲しいところだ。もちろんヴィオラ騎士団を擁するウエリントン王国に打診はするぞ」
「それで十分かと。とはいえ年間の生産数がどれほどになるか分かりません。最初から数を揃えるのは無理でしょうから、2隻程購入して乗員の訓練を行うべきかと推察します」
「そうなるだろうな。だが、これなら海賊よりも足が速いことは確かだ。ここに来た甲斐があったというものだな」
大きな笑い声を上げながら、トゴルさんが答えてくれた。
一番の悩みを解決できたということかな?
昼食時が近付くまで、エルトニア軍の編成や現状の動きを教えて貰ったけど、特に大きな課題は無いようだ。
東西の王国とも諍いを起こしていないようだけど、軍の規模を削減することは出来ないのも魔獣を考えての事だろう。
最後に戦艦に3つの部屋を用意したと教えてくれたところで、トゴルさん達が館を後にした。
戦艦に1度出向いた方が良いのかもしれないな。
いくら戦は行っていないと言っても、風の海と砂の海の境界付近を艦隊が遊弋しているんだからね。
魔獣の動き次第では、乗船した騎士や獣士達がその対応をするはずだ。
艦砲射撃ができるとはいえ、相手は陸上艦ではなく動きの速い魔獣だからね。怪我は付きものなんじゃないかな。