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★ 16 体の作りを幾つかに分けて話そう


 仕出し弁当ということだが、さすがに王宮に納品するだけあったいつも美味しく頂ける。

 一緒に付いて来るパンだってバターをたっぷりと使っているようだ。

 昼食を終えると、次の講義の原稿を確認することにした。

 アテナが纏めてくれたから、これで十分に思える。

 簡単に話の流れを確認してタバコに火を点けていると、パステルさんがおずおずと俺に話しかけてきた。


「午後は医学ということでしたが、既に戦艦と実験農場に要望のあった品を運んであるそうです。さすがに私が軍艦に乗ることは出来ませんが、治療魔法に秀でた魔導士を待機しているとのことです。そこまで準備が出来ているなら、直ぐに治療院を開いても良いように思えるのですが?」


 人命は尊いという事なんだろうな。

 それは十分に理解できるけど、生憎と俺は医者ではない。緊急医療行為は行えるけど、やはり患者は医者に預けるのが本来の姿に思える。

 その医者を育てるのが俺の役目だからね。少しは治療行為をすることがあるだろうけど、専業となってしまうのは願い下げだ。


「見るに見かねる場合なら俺が手を出すこともあるでしょう。ですが、積極的な医療行為はあまりしないようにしたいですね。俺は治療を専門にしているわけではありません。ヴィオラ騎士団の騎士が本業です」


「君なら助けることができる患者だとしてもかい?」


 メンダルさんが問い掛けてくる。

 そうくるよなぁ……。情に訴えられても困るんだけどねぇ。


「基本的にはそうしたいですね。あまり頼られても困ります。それに、まだ薬さえ出来ていないんですからね。民間医療の薬草の確認から始めないと、病状を悪化させてしまう可能性すらあります。それに怪我の対応についても、俺がその場にいたなら何とかできることもあるでしょう。患者の治療は何度か行うことになるでしょうが、広くそれを行うのは医学を学んだ者達の務めだと思っています」


 教授達2人が互いに顔を見合わせて溜息を吐いている。

 俺がずっとここにいられると思っているんだろうか? 玉の休暇を利用して学生達を指導しようとしているだけなんだけどねぇ……。


「私は農学よりも医学の方が重要に思えるのですが?」


 パステルさんの価値判断ではそうなるようだ。

 俺は農学の方が大事に思えてならないけどなぁ。


「リオの始めた自然科学の分野はかなり広いと思っています。その中の何が一番大事かということについては、どれも大事だとしか答えられませんね。学生が自らこれが大事だと思う学問を進めていくのが一番良いと思っています」


「物理の報告書を読んでみたが、あれが役立つとはとても思えないんだが」

「俺が此処にいるのは、その物理学の延長ですよ。物理学……、最初は力学から始めるでしょうが、この世界の成り立ちを考える学問です。現象がどのようにして起こるかが分れば、後はそれを具体化するための技術があれば実証できます。

 医学も似たところがありますね。人間がどのように構成されているのかを知らなければ、病気や怪我の対処が難しくなります。

 怪我をして少々の出血であるなら、魔法で傷跡すらなく直せるでしょう。ですが骨が露出するような怪我や、内臓を損傷したような場合は傷を塞ぐだけでは死んでしまう可能性が高そうです。その措置は人体構造についても詳しく知っておかねばなりません」


「先ずはどのように治療を行うかについて学ぶことから、ということでしょうか?」


「怪我や病気の原因をどのように調べるかが一番大事に思えます。現状の病気の種類と治療方法について先ずは調べることから始めようかと。治療師は王国に沢山いるでしょうから、彼らがどんな仕事をしているかを確認してみるつもりです」


 患者の診断とその結果分かる病名や怪我の程度、その後の措置は医学の現状を知る上でも必要な事だ。

 診断器具は魔道具を用いているに違いない。魔道具でどこまで原因が掴めるか、俺も興味があるんだよなぁ。


「直ぐに患者を治療するわけでは無いのですね?」


「怪我でしたら直ぐにも出来そうですけど、慢性的な病気はある程度学生達の学力が付いて来てからの方が良さそうです。それに、必ず直せるという保証はありませんよ」


 俺の言葉に、2人が真剣な表情で頷いてくれた。


「助かる可能性が少しでも向上するならそれで十分に思えます。アオイ殿は神ではありませんからね。神の定めた寿命は変えることは出来ません」


 そう言ってくれるとありがたいんだが……。それも、なんだか寂しいことだよなぁ。

 重病人が奇跡的に回復したなら、やはり家族や本人の祈りが届いたということになるんだろう。今のところ神殿が何も言ってこないのは、新たな学問によって民の信仰が深まると思っているのかもしれないな。

 

「さて、午後の講義を始めましょう。今度は少し長くなりますから、途中で休憩を何度か取らせて貰いますよ」


「では先に参ります。午後の講義には現役の治療師達も何人か参加しております。講義中の発言は禁じておきました。質問は別途学府に文書で出すようにと念を押しております」


 メンダルさんの言葉に、苦笑いを浮かべて頷いた。

 講義の邪魔をしないようにとのことだろう。自らの医療行為を俺に否定されかねないからなぁ。俺の話を聞いて質問で困らせてやろう等と考えているのであれば、即刻退去して欲しいところでもある。

 質問は後程文書で……、というのも考えてしまうけど、落としどころとしてはそれで良いのかもしれない。

 揚げ足取りのような質問なら、アテナに答えを考えて貰おう。


 ゆっくりと一服を楽しみ、最後に残ったコーヒーを飲みほした。

 さて、先ずは人体を教えないと……。


 講義室の縁台に上り、学生達の顔を眺める。午前中と少し顔ぶれが異なっているようだな。農学と医学だから、仕方が無いのかもしれない。


「さて、新たに医学についての講義も行うことになった。既に学府には医学に関わる学科があるだろう。俺が教えるのは魔法を使わない医療についてだ。とはいえ、俺が欲しい医療器具が直ぐに手に入るわけではない。これは科学の発展が必要だからだ。それに変わる物として現在使われている魔道具は使えるのであれば使って行こうと思う。

 さて、そもそも医学とは何だろうかと考えてみよう……」


 生命としてこの世に生まれ、寿命を迎えてこの世を去っていく。生体機能が徐々に衰え、最後には機能しなくなる。老衰と言われる現象だ。

 さすがにこれを防ぐのは、この世界の医療では無理がある。

 唯一それを免れる方法は、俺やリオのようなナノマシンで作られた体を持つことになるからだ。

 アテナやアリスなら俺達を維持するために必要なナノマシンを作ることができるけど、他者への治療を行えるほどに量産することは出来ない。

 ナノマシンが医療に用いられる前に時代の医療ならば、数世代後には何とかなるんじゃないかな。

 俺とリオの教える医療は、天寿を全うさせるために行う措置と日常生活に支障が無い体にするための措置になるだろう。


「動物にはいくつかの器官がある。消化器官、循環器官、神経器官、体を動かすための筋肉と骨格……。ここで不思議なのは、これらの器官を寄せ集めても動きだすことが無いんだ。人間を含めて動物には必ずこれらの器官が必要なんだが、命として機能することはない。死んでしまった動物を生き返らせることは不可能だということだな。これは常に心に刻み込んでおいて欲しい。それだけ命とは俺達にとって大切なものだ」


 興味本位で人体を切り開くようでは困るからなぁ。

 しっかりと釘を刺しておかねばなるまい。


「俺が教える医療行為についての実践は、それを正しく行う限り俺が責任を持つ。だが、自分本位にそれを変更するような場合は、その行為を行った人物がその責を取ることになる。場合によっては殺人犯として扱われる場合もあることに十分留意して欲しい。医療行為は、対象者の寿命を左右また身体機能を著しく損傷しかねない」


 だいぶ真剣な眼差しを向けてきているな。これなら大きな問題を起こさずに済むかもしれない。


「さて、人は生まれ落ちてから死ぬまでに必要な行為は何があるだろう? 先ずは、君だ。どんな答えを出してくれるかな?」


 突然の指名に自分の顔を指差して驚いている女性だったが、やがて決心したかのように大きく頷いて立ち上がった。


「医学を志そうと学府に届けを出したポリアンヌです。先ほどの質問はかなり対象が大きく思えましたが、先ずは食事が重要だと考えます」


 王女達よりもだいぶ若そうだけど、しっかりと考えてくれたようだ。

 こんな学生ばかりだとありがたいんだが、果たして彼女に解剖が出来るかどうかちょっと心配になってしまった。


「確かに重要だ。幼児であれば母乳を飲むだろうし、その後は離乳食、そして俺達と同じような食事を取るに違いない。食事は死ぬまで続けなければならないんだからね。さて、それでは次の質問だ。人は何故食事を取るのか……。これは動物でも同じだな。さらに植物も似たことを行っている。生物の範疇に含まれるものは、いずれも食事を取ると言っても良いだろう。その理由を考えたことはあるだろうか? 君の考えを聞かせて欲しい」


 上手く答えられたことで笑みを浮かべていたポリアンヌが急に困った顔になってしまった。

 皆の前で恥をかかせてしまったかな。

 少し様子を見て助けてあげようか……。そんな考えをした時だった。

 急に俺に視線を向けてきた。


「栄養を補給するためだと思います。体を動かすために必要な栄養は食事で得られますから」


 その答えに笑みを浮かべて、何度も頷く。

 軽く手を振って席に着くよう促すと、ホッとした表情で座ってくれた。


「その通り。栄養を得るためだ。やはり学府の学生は皆優秀だという事が良く理解できたよ。ではどのように栄養を得ることが出来るのか、その栄養とは何かについて考えてみよう……」


 これで消化器官に関わる話が出来そうだ。

 胃と小腸、大腸の働きを一方的に先ずは教えることにした。

 詳細は、じっくりと教えないといけないだろうけどとりあえずはどんな働きをする臓器であるかを知っておけば十分だろう。


「栄養を取るという事で重要視されるのは、この小腸になるんだろうな。長さは身長の2倍近くにもなる。細い管状の器官の中をどろどろのスープ状態になった食べ物が通っていく。その間に管の内壁から栄養素が取り入れられることになる……」


 1時間程かけて消化器官の講義を終えると、30分の休憩を取ることにした。

 次は循環器系だな。消化器系とも密接に関わってはいるんだが、切り離して説明したほうが理解できるだろう。

 講義室から出ると、廊下を挟んだ小会議室に入る。

 先ずは、コーヒーだ。

 一服しながら、次の講義の進め方についてアテナからレクチャーを受けることにしよう。


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