★ 11 ナルビク王宮の第1離宮に向かう
店の中に女性兵士が入って王女達を確認しに向かった。
やはり、護衛を伴わないというのは問題ということになるんだろう。その辺りにも注意して置かないといけないようだけど、彼女達なら危険な目に合ったら直ぐにベルトの拳銃を直ぐに撃つんじゃないかな?
本人達はそれで十分なんだろうが、巻き込まれる人がいたならやはり問題になりそうだ。
その辺りをどう対処するのか、お后様と合う時にでも確認しておいた方が良さそうだ。
「申し訳ない。本来なら俺が常に護衛していないといけないんだろうが……」
「まぁ、個人的には同情できますが、できるならあまり距離を置かずにお願いしたいところです」
「それにしても……。王女様が降嫁したと話には聞きましたが、その降嫁先であるアオイ殿とここで出会えるとは思いませんでした。何か問題があれば直ぐに連絡してください。我等デラート騎士団は戦機を4機持つ中堅騎士団です。それなりにお力添えできると思います」
そう言ってベンチから腰を上げると、俺達に騎士の礼を取り店に向かって歩いていく。彼に向って手を振る女性がいるから、どうやら買い物が終わったのだろう。
王女達の買い物は、もう少し掛かりそうだな。
「既に館にも警備兵を派遣しておきましたよ。数日の滞在と聞きましたが、もっとごゆっくり過ごされても良いと思うのですが?」
「もう1人の王女様もいるからね。王宮にご挨拶と近況報告をしたところで学生達が待っているミネヴァ様の新たな領地に向かうつもりです」
「ああ、あの基地ですね。工兵隊の作業が一段落したところで、我等の仲間が向かいました。表立ってはミネヴァ様の私兵になりますが、実態は長期休暇中の近衛兵1個分隊です」
思わず、隊長に顔を向けたのは仕方のないことだろう。
近衛兵と言えば、それなりのエリートということになる。長期休暇は激務の対価として当然に思えるが、その休暇先が私兵ともなると……。
「それって、問題になりませんか? 士気が下がりそうにも思えますけど」
「休暇先がミネヴァ様の領地と聞いて、志願する兵士が多くて大変でした。私も志願したのですが、生憎とトーナメントの2回戦目で敗退した次第です。昔から籤運が悪かったからでしょうかねぇ……」
運が無かったということなんだろうけど、それにしてもトーナメントで決めたとなれば精鋭中の精鋭じゃないか!
俺達に何を期待しているのかと、考えてしまう。
「とりあえず、長期休暇は半年ですからね。次は何とか勝ち残りますよ……。王女様達が出てきましたね。それではご案内いたします」
女性兵士が大きな荷物を下げている。
何を購入したか分からないけど、そんなに買い込んでどこに置くのかと考えてしまう。
「お待たせしました。まさか近衛兵が来るとは思っていませんでしたわ」
「やはり、きちんと事前調整しておかなかったからかなぁ。エルトニアでは上手くやって欲しいね」
そんな俺の言葉に、2人の王女様が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
ひょっとして、わざとやったのかな?
メイドさん達を早々とボルテ・チノから下ろしていたからね。
この世界にもエレベーターがあるのには驚いた。だけど、鉾ではなくカゴなんだよなぁ。そんなエレベーターで地上階階に下りると、大きなエントランスに出る。
近衛隊長が手を上げると、やってきたのは4頭立ての豪華な馬車だった。
馬車が止まったところで兵士が扉を開いてくれる。
先ずは王女様達を先に乗せて、最後に俺が乗り込むと近衛兵が扉を閉める。
一緒に乗り込むのかと思ったら、直ぐに馬に乗って馬車の両脇に並ぶ。1頭が先頭に向かったけど、あれは近衛隊長のようだ。後ろの窓を除くと、馬車の後ろにも馬に乗った近衛兵がいる。
「出発!」
隊長の合図で、ゆっくりと馬車が動き出した。
4頭で曳く馬車なんだからスピードが出ると思うんだけど、子供が走る程度の速度で王都に向かって走り出した。
石造りの街並みは2階建てが多いな。たまに3階建てもあるんだが平屋が全くない。
石畳の道路の真ん中を走っているんだけど、俺達の左右にも馬車が走っているようだから、3車線ということになるのだろう。
馬車のサスペンションもしっかりした作りらしく振動が殆ど伝わらない。もっとも、ソファーのような柔らかな椅子だから、多少の振動は椅子が吸収してくれるに違いない。
ジッと窓の外を見ている俺が気になったんだろう。ラミーが俺の膝をポンポンと叩いた。
「ああ、良い町だと思って見ていたんだ。皆生き生きとしているし、道路にはゴミも落ちていないからね」
「毎朝掃除をしているようです。とはいえ、ゴミを散らすような住民はいないと思いますよ」
自分達の町は自分達で綺麗にすると言う感じなのかな?
軒先の花の世話しているご婦人もいたな。そんな住民ばかりなら、平和で笑いの絶えない町になりそうだ。
通りを進んでいくと、大きな十字路に出た。
南北に連なる通りは、片道だけで今まで通ってきた道幅がある。
これがメインストリートということになるのだろう。
ラミーの話では、王宮と港を結ぶ通りらしい。かつては陸上艦等無かったのだろう。大量輸送は船で行われていたに違いない。
右に曲がって大通りを北に向かう。両側には大店がずらりと連なっているのは壮観だ。全てが3階以上で横幅も今までの建物を遥かに上回っている。
着飾った人達が大通りの横に並行して延びる歩道を歩いているんだが、歩道と言っても横幅が5mはありそうだ。軒先にテーブルを並べている店は、喫茶店なのかもしれない。街路樹の木陰で飲むコーヒーは、見ているだけでも美味しそうに見えてしまう。
「もう直ぐ到着します」
中央に大きな噴水のある円形の十字路を通り過ぎると、ラミーが笑みを浮かべて俺に教えてくれた。
この先? と窓から顔を出して前方を見ると、黒々とした森が見えてきた。
「王宮は森の中ってことか?」
「そうです。暑い場所ですから、森は貴重なんですよ。この通りの大店も裏に林を設けているところがあるようです。そんな林を持たぬ者も大勢おりますから、通りを2つほど中に入ると、小さな公園が沢山あるんです」
リオの話では、魔法を使った技術がかなり発達しているらしい。それなりに室温を下げることは可能なのだろう。この馬車の室内温度も25度近くで安定しているからなぁ。
その魔法技術に頼れなかった時代の名残が、今でも残っている公園や王宮に森ということになるのだろう。
森の手前は大きな広場になっていた。
どう見ても球戯場が出来そうな大きさなんだが、無駄をあえて演出しているのかもしれない。
王侯貴族の趣味は俺には理解できないところがあるからね。かつて訪れた王制を敷いている惑星の首都も似たようなところがあったなぁ。
あの惑星の王宮前広場にはたくさんの衛兵がいたんだが……。
広場を横切るようにして、森を取り巻く鉄柵に設けられた門に向かって馬車が進んでいく。
さすがに門には衛兵が立っていた。
獣人族だがどう見ても顔がトラだし、たくましい体が鎧の上からでも良く分かる。
衛兵には最適な種族に違いない。ヴィオラ騎士団にもトラ族の団員がいたんだが、皆寡黙に任務を遂行していたなぁ。
俺達に向かって騎士の礼を取る衛兵に軽く頭を下げる俺を見て、2人の王女様が笑みを浮かべている。
おかしなことなんだろうか? ちょっと首を傾げてしまった。
森の中に作られた道は先ほどまでの通りとは少し狭まった感じだがそれでも横幅は20m近くありそうだ。
数百m程進むと森が途切れ、大きな空間に出た。
東西南北とも2kmはあるんじゃないかな。中央の緑の丘の向こうに白亜の建物が見える。あれが宮殿ということになるのだろう。
東西にもいくつかの建物が見える。ラミーの解説では、右手が迎賓館や貴族館になり左手となる東側にはいくつかの離宮があるとのことだ。
「私達の館については、かなり貴族から異論があったようです。左手に小道が見えてきましたね。あの先にあるんです」
王族の暮らす区画の中ということか! それは貴族が反対するに違いない。王女が降嫁してくれたとはいえ、当主は俺になるんだからなぁ。
俺は王族ではなく、初代男爵ということになる。俺より地位の高い貴族はたくさんいるはずだ。
「陛下は離宮を与えても良いと言っていたそうですよ。さすがにそれは私も考えてしまいます」
「政争に関わりたくはないね。そんな暇など俺には無いからなぁ。だけど、離宮とは距離があるんだよね?」
「もっと近くにと言っておりましたが、アオイ殿の思索を邪魔するようでも困るということで、王宮の森の東に併設された学府との中間に作ったと聞きました」
リオの話を聞くと、離宮は鬼門らしいからなぁ。
とはいえ、俺達の館に向かう前にエクリーネ様の暮らす第1離宮に向かうことになる。
内政を担当するお后様だからね。何もないとは思うけど、それなりの挨拶は必要ってことなんだろうなぁ。
古代神殿のように、列柱が回廊に並んでいる第1離宮の前に馬車が止まる。
近衛兵が馬車の扉を開けてくれたところで俺が先に下りる。王女達が降りる際に手を取って支えてあげるのが男性の役目らしい。
2人もいつもなら馬車から飛び降りてきそうだけど、さすがに今日はゆっくりと降りてくる。
本来ならドレス姿になるのだろうが、生憎と赤のツナギだからなぁ。御妃様からお小言を貰いそうだ。
そんな俺達の様子を数段の階段を上った先にある大きな扉の前で御妃様が見ているんだよね。
何となく緊張してきたけど、ラミーは嬉しそうな顔をしている。
俺が先になって階段を上ると、御妃様の前で頭を下げる。
後ろの2人も俺に倣って頭を下げているに違いない。
「ヴィオラ騎士団の騎士アオイです。3日程王宮内の館で過ごすつもりです」
あまり長々と話すと襤褸が出そうだからなぁ。ここは簡潔な挨拶で良いだろう。
「もっとごゆっくり過ごして欲しいですわ。どうぞ中に、先ずは旅の疲れを和らげてください」
軽く俺にハグすると、先に立って離宮の中へと案内してくれた。
扉を入ると、すぐに大きなエントランスがある。奥に続く回廊と、2階に上がる階段が左右にあるんだが2階で2つの階段が合流しているんだよなぁ。ちょっとしたテラスが合流点に作られているけど、なんとなく無駄な空間に思えてならない。
エントランスから階段を上がって2階に向かうと、最初の右側の部屋に案内された。
数人のメイドさんが並んで俺達を迎えてくれたけど、全員獣人族の娘さんだ。
リオからメイドさんはネコ族の女性が多いと聞いてはいたけど、それはウエリントン王国だけの話ではないようだな。
窓際の席に案内されたところで、豪華なソファーに腰を下ろす。
ちらりと外を見ると、森の緑に手が届くようだ。
「ラミー、さすがにその姿は問題ですよ。予想はしていましたから、客室で着替えてきなさい。アニー様もご一緒に」
笑みを浮かべているけど、口調は厳しいな。やはり2人の姿は王女として問題があるという事になるのだろう。
渋々席を立って、メイドさんの後に2人が歩いていくのを見てため息を漏らす。
「俺の不徳の致すところとして大目に見て頂きたい。俺もこのような出で立ちですし、北の回廊から戻ったばかりですので……」
「殿方はその姿で十分です。アオイ殿は戦姫の騎士なんですから、男爵位ではありますが貴族と同格ではありませんよ。でも、ラミー達はサロンにも出入りすることになるでしょう。ドレス姿に慣れていないと、女性社会の中で不評をかうことに繋がりかねません」
思わず溜息が出る。男に生まれてきて良かったと両親に感謝してしまった。
男性社会は案外単純なようだ。リオからは政争に明け暮れている貴族ばかりだと聞いてはいるんだが、実力行使をしてくるなら返り討ちが出来るようだからね。
それに比べると女性社会は御妃様が注意するぐらいだから、陰湿なところがあるのかもしれない。
とはいえ、王都でいつも暮らすわけではない。気に入ったサロンに出入りするだけだろうから、しばしの我慢ということになるのかな。




