M-370 爆心地にはまだ下りられそうもない
『上空300mでの観測値は、ウエリントンのバックグラウンドの2倍程度です。ダストサンプリングでは、フィッションプロダクトの残滓が確認されます』
マスクを付ければ下りて活動できそうかな?
『地上の汚染はまだ残っておりますし、ホットスポットが無数にあります。少なくとも後3年は地上に降りるのは避けた方がよろしいでしょう』
まだまだ危険ということか……。
そうなると、サンプルを採って調査するのはやはり課題が多すぎるなぁ。
「カテリナさん達をまだまだ失いたくはありません。サンプルを採るのはもう少し待って貰いたいですね」
「アリスが心配するほど、ということね。興味本位で資料を採取することが憚れるとなれば、その目的と方法についてもう少し考えてからにするわ」
時間稼ぎが出来たかな?
その間に安全に取り扱える方法を考えとかないとなぁ。
エアフィルター付きの減圧室に、グローブボックス……。それに鉛エプロン辺りで良いのだろうか?
さすがに学府内に設けることは出来そうにないから、やはりリバイアサンの実験室ということになるんだろう。
『アリス。そんな場所があるんだろうか?』
『核戦争を想定していたのでしょう。リバイアサンの船内は気密構造になっています。核を打ち合った当時は、その上で船内の気圧を外気よりも高くしていたと推察します。リバイアサンの周囲の放射線量の測定は遠隔で行えますから、サンプルについても安全に対応できる部屋があったようです。使われた痕跡はありませんから、ロボットを使って私が部屋を再調整いたします……』
アリスから詳しく話を聞いてみると、どうやらABC防御がなされていたらしい。核だけでなく生物兵器や毒ガス対応までしていたようだ。となれば当然それを分析するための部屋もあったに違いない。
だけど、だいぶ時間が経っているからなぁ……。ちゃんと動くかどうか心配になってくる。
そういえば、アリスもアテナと同じように汎用ロボットを何時の間にか用意していたようだ。アオイが獣機代わりに使うのを見て、触発されたのかな?
アオイに聞く限りでは、倒した魔獣から魔石をしっかりと回収しているみたいだからなぁ。
ついでに解剖もやっているに違いない。
何といっても、かつて地球に住んでいた恐竜に似た代物だ。アオイが魔獣の分類を手伝ってくれているのも、案外恐竜好きのせいかもしれないな。
「そろそろ移動したいと思うんですが?」
「そうね……。やはり悪魔の兵器ということが良く分かったわ。核の解放は厳禁にしておかないと……」
「それは極端すぎますよ。核の利用は大きな利点もあるんです。とはいえ、問題が無いとは言いませんよ」
「なら、詳しく聞いておかないと……。要するに諸刃の剣ということなんでしょうね」
とりあえず頷いておこう。ちょっと違う感じもするんだが、使い方を間違えるととんでもないことになるからなぁ。戯れに使う技術ではないことは確かだ。
かつて繁栄していただろうサザーランド王国は今は無い。
同盟を組んでいた王国も、サザーランド王国の一部を併合しただけのようだ。
凄惨な姿を晒して助けを求める民衆に答えることは無かったようだな。そんな避難民を旧王都方向へと追いやり、領土を拡張するというのも考えてしまう。
同盟を組んでいたのだから、もう少しやりようがあるように思えるんだけどなぁ……。
王都の西に広がる森の中に、アリスが亜空間から具現化した。
小さな館裏手の広場には、メープルさん達が俺達を待っていてくれたようだ。
結構待たせてしまったかもしれないな。
荷物を運ぶメイドさん達の後ろについて館に入るカテリナさん達を見ながら、メープルさんに待たせてしまったと頭を下げる。
「気にすることは無いにゃ。それに幽霊も一緒にゃ」
メープルさんの言葉に、周辺の気配を確かめると……。
確かにいるんだよなぁ……。今日は、2か所から視線を感じる。
俺達に興味を持った存在が増えたという事なんだろうか?
「増えてますよ。メープルさん、何かしましたか?」
「なにもしてないにゃ? でも、幽霊は増えるという事が分かったにゃ。訓練が楽しみにゃ」
見込みのありそうなメイドさんを裏の仕事が出来るように訓練するというのもねぇ……。それは、王国統治を行う上で必要なんだろうか?
国王を頂点とする封建社会ではあるんだが、実際の王国運営は御妃様達が行っているんだよなぁ。
貴族の連中は派閥争いに夢中のようだし、御妃様達がいなければとっくに王国が滅んでいたかもしれない。
ある意味、国王は象徴的な存在と言う事かもしれないな。そんなことも分からずに貴族達が騒いでいるのもある意味おもしろくはあるんだよねぇ。
「とりあえずは、着替えるにゃ。リビングに美味しいお菓子を用意しておくにゃ」
メープルさんの言葉思わず笑みが浮かんでしまう。
俺達の事は手の掛かる子供達だと思っているに違いないけど、案外フレイヤ達の扱いが上手なんだよなぁ。さすがはメイド長だと常々感心してしまうほどだ。
玄関へ回る小道を歩きながら広場に目を向けると、アリスの姿は消えていた。
亜空間は時間が止まっているようなことを言っていたけど、アリスはその中でしっかりと自分の時間を作れるようだ。
リバイアサンの中にABC兵器を取り扱える部屋があるようなことを言っていたから、俺達が使えるように修理調整を配下のロボットと一緒に行ってくれるに違いない。
玄関から2階に上がり、私服に着替える。
私服と言っても、黒のツナギだからなぁ。さすがにコンバットブーツではなく、若者が使うスニーカーのような靴に履き替えた。
リビングに向かうと、フレイヤ達とヒルダ様がお茶を飲んでいた。
さすがにヒルダ様は優雅な手つきで飲んでいるんだけど、エミーはともかくフレイヤはまだまだぎごちないんだよなぁ。
明日からの行儀作法の訓練が厳しくなるように思えてならない。
「だいぶ遅れましたね?」
「カテリナさん達の依頼で、サザーランド王宮の現状を確認してきたのです。まだまだ王都に居住するのは難しいですね。20ケム程離れた場所に集落がいくつかありました。細々と畑作をしてましたが……」
簡単な報告だけど、俺の話を聞いてヒルダ様が目を伏せてしまった。
惨状が想像できたという事なんだろう。
ヒルダ様のような人物ばかりなら、戦争は起こらないんだろうけどねぇ……。
「毎月飛行船を使って食料を投下しているようですが、まだまだ先の暮らしは予断出来ぬ状況でしたか」
「開けてはいけない箱の蓋を開けたのです。すでに起きてしまったことを元に戻すことは出来ませんが、その惨状を知るならばそれを行おうとする行為を止めることは出来るでしょう。ですが持つという事と、使うという事は全く別の話だと俺は思っています」
核は悪魔では無い。それを兵器として開発して他者に使う者が悪魔に違いない。
平和目的にだって使用できるんだからなぁ。最初から全面否定するのも問題だろう。
「学府の学生達には、しっかりと釘を刺しておきました。それでも興味本位で作る者がいるかもしれません。ありがたいことに、核を取り扱う施設と兵器まで作り上げるには莫大な費用が掛かります。不明確な資金の流れを追うことで事前に知ることが出来るでしょう」
「財務部門に監査局があります。脱税の検挙を行っている部署なのですが、それを上手く使えそうですね」
笑みを浮かべているところを見ると、案外ヒルダ様の配下にある部局なのかもしれない。
それにしても、脱税の摘発があるんだ……。俺のところは問題が無いんだろうか?
「フェダーン様より、農園の作物の買値が市場では3倍という話を聞きました。さすがにそのようなことになっていることに驚いてしまいました。直ぐに王国内の物流について商会の代表を呼び寄せて聞いてみたのですが……」
どうやら、個人農家ではそのようなことが無いらしい。そんな話になるならアレクが黙っているとも思えないからなぁ。
3倍になっているのは、一部貴族の所領内で行われていたようだ。
税を物納ではなく、作物の売値で納めるということになるらしい。それなら豊作や不作に関わらず毎年一定の税収が得られることになるのだが、その税は市場価格で決めているらしい。それなら買取価格もその値とすべきなんだが、王国の当初からの買値をそのまま適用しているというんだから呆れたものだ。
「さすがに、当初よりは買取価格は何割か上がっているようですが、それでも市場価格と比べれば廉価であることは間違いありません。税率は3割を超えることが無いようにしているのですが、その抜け道を突かれた感じですね。さすがに国王陛下も開いた口がふさがらないようでした」
となると、厳罰を科すということになるのだろうか?
アオイの一言でそんなことになるとなれば、貴族達がどんな仕返しをしてくるか分からないんだよなぁ。
俺個人に対する嫌がらせなら何とでもなるけど、俺の友人達やその家族、俺の領内で暮らす獣人族や開拓民に向けられるとなると、黙って見過ごすことは出来ないな。
「明日にでも、王宮内で国王陛下が裁可を下すはずです。さすがに厳罰を科すことは出来ないでしょうから、状況に応じて税の取り立てを停止することで済ますことになるでしょう。ですが、それが露見した貴族達は原因を探るに違いありません」
「アオイではなく俺の名を出してくださって結構ですよ。少なくとも闇討ちぐらいならどうとでもなります」
「逆恨みも良いところですから、思う存分対応をしてくださって構いません。たとえ、その家が断絶することになっても問題はありません。リオ殿は貴族です。貴族同士の死闘は貴族の特権でもあるのです」
なるほどね。はっきりと言われなかったけど、結構貴族と争っているんだよなぁ。
アレクが騎士は貴族と同列と言っていたのは、私闘が許されるということだったわけだ。ましてや今は同列ではなく同格でもある。
それなら、どんな因縁を吹っかけて来るのか楽しみに待っていよう。