★ 09 既得権益が絡むと厄介だな
孫をよろしく頼む、と言い残して国王陛下は去って行った。
その直前に手渡されたものは、ナルビク王国の男爵位を授ける旨の証書と、貴族であることを示す指輪だった。
金かな? と思って受け取った指輪は重さが案外少ない不思議な金属だ。これって紋章印ということになるのだろう。1cmほどの丸い面には一目で分かる狼の横顔とビオラの花が彫りこまれている。周囲の文字はナルビク王国貴族アオイとだけ読めるから、貴族の位が変わったとしても使えるということになるのかな。
「その指輪を見せれば、王宮への出入りは自由ですよ」
「作法がまるで分かりませんから、王女様の恥になりかねません。管理を任された基地には通うことになるでしょう。とは言っても、何かある場合には通信機で連絡頂けたなら、可能な限り直ぐに参る所存です」
「派閥に加えようと企てる貴族もいると思いますから、基本はそれでよろしいでしょう。それと、実験農場への見学はどのようにしましょうか?」
「学生達が自ら動き始めるまでは、御遠慮願いたいですね。それと横槍を入れてくるような貴族がいると面倒です。そんな連中は追い出してもよろしいでしょうか?」
「言葉質を取って欲しいですね。真実審判に使用できそうです。そうですねぇ……。『注意に従った見学は自由、ただし要望と質問は禁じる』これでよろしいですか?」
こちらが見学する場所の設定もできるということだな?
笑みを浮かべて、お后様に頷いた。
「エルトニアお国とも調整しないといけませんね。でも、今の言葉にエルトニア王族も頷くと思いますよ」
どの王国も貴族の振る舞いに苦労しているということなんだろうな。
いっその事、廃止してしまえば良いと思うんだけどねぇ。
あまり急激な改革は王国を滅ぼしかねないと考えているのかもしれないな。その辺りの事は俺にはかかわらない話だから、あまり首を入れないようにしておこう。
翌日。朝食が済むと王女達が迎賓館から出掛けて行った。
倉庫へ行くと言っていたけど、実際は宝物庫に違いない。あまり高価なものはいらないんじゃないかと、軽く釘を刺しておいたんだけどなぁ。
どんな代物を持ちだしても問題は無い、と国王陛下が言ってはくれたんだけどねぇ。そこは遠慮という考え方が存在するように俺には思えてならないんだよなぁ。
リオが諦めろとは言っていたけど、2人が気に入る品ならそれでいいということになるんだろうか?
俺には美意識がまるでないからね。どんな品物を持ちこんだとしても、「良い品だね」と言っておけば世間が丸く収まるだろう。
「学府からの来客は10時でしょうから、もうしばらく待つことになります。私も同席したいと思います。学府としては新たな学科を王都ではなく辺境の王国軍の基地に作ることで予算が気になるのかもしれませんね」
そんな話をしながら目を細めてお茶を飲んでいる。
確かに学府としてみれば、予算削減になりそうだからなぁ。新たな学科を作ることが王宮から要請されたことは学府として喜ばしいことではあるだろうけど、予算がそれまでと変わらないとすれば、現状の学府運営に支障が出る恐れがあるという事だろう。案外戸惑っているのかもしれないな。
「王国としては使われていない基地の管理予算が無くなるはずですし、実験農場の運営費は俺の男爵として頂けるものを注ぎこむことで何とかなるかと。足りない分は自分達で魔獣を狩り、魔石を得ることで何とかしようと思ってたんですが……」
「王族の矜持を問われかねません。駆逐艦1隻分の維持費と信頼できる管理人を何名か派遣いたします。たまに風の海と砂の海の境界を遊弋して頂けるなら助かります」
どれぐらいの金額になるんだろう?
あまり多いと俺の方が恐縮してしまいかねないんだが……。星の海西岸の偵察をしながら魔獣を狩れば、それなりの魔石が手に入るに違いない。それをリバイアサンの商会に売ることで維持費は何とかなると思ってるんだけどなぁ。
10時の会見の10分前に、学府の学長と教授2人が俺を訪ねてきた。
1階の小会議室に通したとメイドのお姉さんが教えてくれたから、お后様と一緒にリビングから1階に下りる。
扉をノックして、お后様を先に通しその後から部屋に入った。
緊張してお后様に頭を下げる御老人が学長なのだろう。その隣の男女は俺と同世代に見えるけど、魔法で老化を押えることができる世界だからなぁ。実年齢はかなり上になるに違いない。
「どうぞ、お掛けくださいな。本日は、隣のアオイ殿がどのような実験上場を作るのか興味があったので同席させて貰うだけです」
お后様の言葉に、再度深くお辞儀をした3人が席に着くのを見て、お后様と俺がソファーに腰を下ろす。
楕円形の低いテーブル越しに3人と話すことになってしまったが、会議室というより応接室と言った感じの部屋だ。
数人で話をするなら、確かに大きな部屋は必要ないだろう。
自己紹介を互いにしていると、メイドさんがお茶を運んで来てくれた。
学長はバルトンと言う名で、長らく学府に席を置いた魔導師らしい。魔法陣の研究を今でもしているらしく、リオのところに度々やって来る導師とも懇意の仲らしい。
男性教授は魔導機関の研究をしているハイマン魔導師で、女性教授は医療分野に足を踏み入れようとしている新進の魔導師との事だった。
「やはり教授ともなれば魔導士ではなく魔導師ということですか。生憎と魔法が一切使えませんので、俺にはその違いが判らないのですが」
「それを聞いて驚いた1人です。この世界で魔法が全く使えないという人物に会ったのは今日が初めてです。魔法を使えなくとも不便はないのでしょうか?」
「最初から使えないので、不便を覚えることはありませんよ。確かに使えたら便利かもしれませんけど、それに代わるすべを持っているからでしょうね」
そう言って、タバコを取り出して女性教授のエミリアさんに視線を向けた。
小さく頷くのを確認したところで、箱から2本取り出してジッポーで火を点ける。
「タバコに火を点けるのも、リオなら魔法を使いますが俺はこれで火を点けます。小さなものですから持ち運ぶのが面倒だとは思いません」
ライターに驚いている3人に、笑みを浮かべながら話をする。
興味深々にテーブルに置いたジッポーを見ているので「どうぞ!」と言って手渡すと蓋を開けて色々と角度を変えて見ているんだよなぁ。
原理はいたってシンプルなんだけどねぇ。
「初めて目にしました。これは発掘品なのでしょうか?」
「俺が店から購入したものですから、発掘品ではありませんよ。魔法が存在しない世界ではこのような品が売られているんです。リオの話では帝国全盛期でも魔法は使われていなかったということですから、案外砂の下に似たような品が見つけて貰えるのを待っているかもしれませんね」
「使用方法が分らぬ品がたまに砂の中から見つかることがあるらしい。学府のそのような品が保管されておるぞ。案外、アオイ殿ならその使い方が分かるやもしれんな」
腐食せずに残っている品もあるということなのだろうか?
だが、2度と動かない品でもあるのだろう。帝国の文明の程度を知ることができるかもしれないから、機会があったら一度見せて貰おうかな。
「ところで、本日御越し頂いたのは……、ナルビク王国に設ける新たな学科についてだと思いますが?」
「そうであった。ナルビク王国の学府は魔導科学を極める場でもある。他の王国の学府も似たような学府を持っており、そこで魔導士を育てていたのだが、昨年からウエリントン王国の学府が新たな取り組みを始めたのを知って、ワシ達も大いに驚かされた」
「魔法を使わずに真理に挑む……。そのようなことができるのかと訝しがっておりましたが、導師との懇談を持つ機会があり、その目的に驚愕した次第。あり得るのか! と教授仲間と討論を繰り返しておりました」
「そこに、新たな学科をナルビクに作るという陛下の裁可が下ったものですから、学府内は大騒ぎ……。とりあえず、ウエリントンやエルトニアの動向も魔導師仲間との協議を繰り返す日々でした。でも、ナルビク王国に作る学科はウエリントンとは異なり我等にも理解できるように思われますが……。農業は学問になるのでしょうか? 農作物の生産は農家に任せておくに限ると思われるのですが」
がっかりしたのかな? 確かに華やかさは無さそうだけどね。
「リオが古代帝国の遺産から推測したかつての帝国は、緑豊かな土地であったようです。現在の風の海や砂の海がですよ。さすがにそこまで緑に変えるのは長い年月が必要でしょうが、風の海であるなら数百年もすればかなりの緑地を作ることも可能に思われます。
俺は学生と共に、植物の性質や生育の秘密を解き明かそうと思っています」
「必ずしも、農作物の増産が目的ではないということかな?」
「それは結果であり、手段ではありませんよね。どのような手段を取ればそうすることができるのかを学ばせるつもりです。さらに、植物は薬として用いる事も出来るでしょう。麻薬や毒薬はある程度知られているようですが、病人を直すための薬として使える植物を見付ける事も可能に思えます」
「魔法以外の方法で病気を治すことができると!」
ちょっと驚いているようだけど、魔法で直せるのは外傷ぐらいなものだ。慢性的な病気はどうしようもないらしい。ましてや臓器の不調をどのように対処するのだろう。
「アオイ殿は、王国軍の旗艦とアオイ殿の実験農場に医院を開くことを考えているようですよ。今まで不治の病として麻薬を処方するしかなかった人達を救える可能性がありそうです」
「それが可能になったなら、医療魔導士は暮らして行けませんぞ!」
「それなら、他の仕事に就くことで暮らせるでしょう。直る見込みのある者に麻薬を処方する事しか出来ないのでは問題がいつまでも解決しませんよ」
既得権益と言う奴かな?
医療に関わる魔導師の仕事が無くなってしまうような事態にならないよう、自分達も努力すべきだろう。
とはいえどんな病気があるのかを確認しておいた方が良いかもしれない。分類して対処を考える優先順位を決める必要がありそうだ。
風邪の療法や予防薬よりは、致死に至る病を優先すべきだろうが、難しい対処法が必要な病は優先度を落とす事も考えねばなるまい。