★ 08 実験農場作りが始まっていたようだ
ナルビク王国のお后様は、王女様達を連れて来てくれたマルディナ様意外にもう2人いるらしい。
昼食後に俺を訪ねて来たのは、その内の1人エクトリーネ様だった。
リオがお后様達が実際の政務を担当していると言っていたが、ナルビク王国も同じらしい。マルディナ様が外交、そしてエクリーネ様が内政、もう1人のお后様マリンダ様は財務と宮殿内を仕切っているとのことだった。
「マリンダとの調整は済んでいます。宝物庫を空にしても良いと言っていましたよ」
そんな事を2人の王女様に言ってるんだよなぁ。倉庫ではなく宝物庫と言うのが気になるところだけど、3人の話を聞くと毎年のように職人や芸術家から献上品があるらしい。さすがに駄作を受け取るようなことは無いだろうけど、ある意味名品揃いということになるわけだ。
そんな品が毎年届けられるんだから、王宮にいくら部屋があっても置く場所や飾る場所が無くなるのは仕方のないことなんだろう。そんな献上品をどこに置くかはマリンダ様次第になるらしい。撤去された品が宝物庫に行くことになるわけだが、そうなると宝物庫はたくさんあるということになるんだろう。
何点か持ちだすのは問題ないのかもしれないな。でもそれってある意味国宝ということになりそうな気もするんだけどなぁ……。
「ところで、ナルビク王国軍の旗艦に、医療所を作ると聞きました。それはマルディナの担当になるのですが、アオイ殿の作られる学府にも作ることは出来ませんか?」
「リオから聞いた限りでは、この世界には魔法を使った医療が行われているとの事です。俺ができるのは、さすがに直ぐに治るような治療では無いのですが?」
「食欲不振に長く苦しむ者や、急な高熱で苦しむ者もいるのです。魔法での治療は目で見える範囲のみ。魔導鏡を使えば体の中まで見ることができますが、そこに異常があると分かっても、それを直す方法はありません。苦しみを和らげる措置や投薬をするだけなのです」
軍人なら怪我が多いだろうから外科を始めれば良いと思っていたが、確かに内科も必要なんだろうな。体の中を見るということができるのは面白いな。俺も手に入れてみよう。
それに薬の知識もある程度あるということになる。
先ずは現在使われている薬を調べることから始めるか。この世界にも有効な生薬があるに違いない。それを探すのもまた面白そうだ。
「相手は病人です。さすがに俺の治療で命を縮めるということもあり得ると思いますが?」
「病院での治療行為は傷害罪や殺人罪にはなりません。とはいえ、あえて禁忌を犯す者がいないでもないのです。出来ればアオイ殿が行う治療の際に、王国の医師を傍に置いて頂きたい。それで治療の甲斐なく命を落とすことがあっても、アオイ殿に迷惑が及ばぬようにすることができます」
なるほど、第3者を置くということで俺の行為が犯罪ではないということにするわけだ。だけど、それは俺と同じような知識が無いと意味が無いようにも思えるんだけどねぇ……。
「措置に同席する医師は、一切アオイ殿に対して何も問いません。アオイ殿の行う措置をその場で見て、記録を残すだけです」
「同席させるのは名目ということですか! とはいえ記録を残すのであれば、措置が終わった後に2つだけ質問に答える事は可能に思えます」
見るだけではねぇ……。それを見て疑問が出て来るに違いない。たくさん出されても困ってしまうけど2つぐらいは答えないといけないんじゃないかな。
「ありがとうございます。場所は基地に確保いたします。医療を専門に行う魔導士と、医学を志す若者を何人か派遣いたします」
この世界の医療をまとめて貰おうかな。
それを基に不足している治療方法について考えれば良いだろう。
リオ達も始めるみたいだから、アテナとアリスの間で情報交換を随時行えば疑似的な経験も積めるに違いない。
何事も先ずは始めることが大事だろう。後は経験と技術の積み重ねに期待しよう。
「そうそう、お土産があるんですが……。少し生きが良いので、その場で俺が倒すことになると思います。どこでお渡しすればよろしいでしょうか?」
俺の言葉を少し考えていたお后様が、合点がいったらしく大きな笑みを浮かべた。
「ウエリントン王宮で大騒ぎをしたという、あのカニでしょうか? それなら、私どもの近衛兵の矜持もあるでしょう。陛下も観覧を希望するでしょうから、明日昼過ぎに練兵場で引き渡して頂けるとありがたいですね」
ウエリントン王宮でリオがカニを引き渡した時に、近衛兵が張り切って倒していたと言っていたな。
獣機だけでなく戦機まで用意していたというけど、やはり近衛兵だけあって獣機5体であるなら容易に倒せるとのことだった。
明日は彼らの雄姿を見学させて貰おうか。
「了解しました。とはいえどこに出せば良いのか分かりませんから、その場で誰かに合図を出して頂けると助かります。一応、カニは3匹用意してきました。明後日に頂いた基地を確認してきますが、少し足を延ばしてエルトニア王宮にも顔を出してくるつもりです。お土産は同じくカニが3匹です」
「カニを捉えるのが容易であるなら、毎年何度か運んで頂くのは可能でしょうか? 私も1度頂いたのですが、大変美味しかったですわ」
「俺達と交信が可能な通信機をお渡しします。小型戦闘艦、俺達はボルテ・チノと呼んでいますが、リバイアサンにいない時にはボルテ・チノに乗艦していますから、連絡が付くはずです」
「かなり距離が離れていますが?」
「大丈夫です。そうだ! 俺達がナルビク王国の領域で魔獣を狩るのは許可して頂けるでしょうか?」
「風の海を越える場所なら、許可を得る必要はありませんよ。でも単独行動時には海賊に注意してくださいな」
海賊がいるんだ!
やはり海賊旗を靡かせて、やって来るのかな? それは一度見てみたい気がするぞ。
「海賊はその場で撃沈しても良いんですよね?」
「戦車や飛行機を使ってきますよ。お金で解決できるなら、その場で引き渡して帰って貰うのが一番だと思いますけど」
全員皆殺しというわけではないんだ! ちょっと人道的なところもあるということかな?
だけど、王女様達の目が輝いているんだよなぁ。絶対に一戦するに違いない。
「リオ達も海賊対策をしているということですから、魔獣狩りの途中で見つけたなら、措置しましょう。それにボルテ・チノの機動は駆逐艦を凌ぎますからね。見つけたなら、一撃離脱で対応します」
脚の速い小型艦ということで納得してくれたのかな?
それ以上の問いは無かった。
午後のお茶を飲みながら、リオの別訴での暮らしを王女様がお后様に話をしている。
笑みを浮かべているところを見ると、少し安心してくれたみたいだな。
お后様を見送って少しほっとしたところだけど、次は国王が来ると言っていたんだよなぁ。本来なら俺が謁見の間に出向くことになるらしいから、かなり俺を気遣ってくれているに違いない。^
夕食後に2人のお后様と近衛兵を連れてリビングに姿を現した国王は軍服姿ではあるのだが……、かなり若い。オズエル王子の兄だと言っても頷いてしまうほどだ。
廊下を魔法の力で防止できると聞いてはいたが、これほどとはなぁ……。
国王が座ったところで俺達もソファーに腰を下ろす。
簡単な挨拶をしたんだけど、案外気さくな人物のようだ。俺の言葉使いがまるでなっていないことを笑って許してくれたからね。
「リオ殿並みに戦姫を駆れるのなら、同列の位を授けたいところだが、さすがにそれは貴族達に反感を持たれかねん。しばらくは男爵位で満足して欲しい。男爵領については古い王国軍の基地だけになる。それほど大きなものではないが、基地内はどのように改造しても構わんぞ。現在は古い建物を撤去して館と校舎それに長屋を2つ作っている最中だ。長く基地として使っていたから土地は踏み固められているが、それでもかまわんのだな?」
「多分の御厚意に感謝したします。踏み固められているのなら、獣機で耕すだけです。戦機は騎士でなければ使えませんが、獣機であるなら学生でも動かすことは出来るでしょう」
「それを聞いて、貴族達が騒いでおったよ。開墾は人の手でやるものと決め付けておったようだ。王宮に獣機を貸し出すよう願い出るようでは問題だな。貸し出すのは構わんが全ての貴族となると数が足りん。さてどの家から貸し出そうかと考えると笑いがこみあげてくる」
俺の方はヴィオラ騎士団から3機程貸与してくれるそうだから、それで十分だ。
実験農場だからね。農園のようにそれで暮らしを立てることにはならない。
とは言っても、それなりの収穫はあるだろうから軍に買い上げて貰えるよう、フェダーン様に話を付けてある。
「当座は、大した収穫は得ることが出来ないでしょう。土地に合った作物は何かを先ずは調べることから始めようと考えています。ガラス張りの建物をお願いしたのですが、それは何とかなるのでしょうか?」
「面白い建物だと皆が言っていたぞ。要求通りの寸法で2棟作るよう指示している。ところで、それで何をするつもりなのだ?」
「品種の改良です。より多く実る麦、大きな果物や甘い果物……。領民がどのような農産物を望んでいるかを調査して、その望みに近い農産物を作るには、虫が入り込まずに日光を浴びて育てる必要があるんです。とはいえ、その中でイチゴやトマトを育てても、実を結ぶことはありません。ミツバチが必要になるんですが、これは蜂蜜を商会が扱っているようですから、養蜂家に分けて貰おうと思っています」
「ほう……。ガラスの家の中で作物を育てると実を付けないということか! おもしろそうだな。たまに様子を見に行くのも良さそうだ」
「事前にお知らせくだされば歓迎いたします」
先ずは用向きを伝えてくれたようだ。その後で孫にあたる王女達の話を聞いて目を細めている。
だいぶ甘やかしたんだろうな。あの過激なボルテ・チノの操艦は深窓の令嬢とは思えないからね。