★ 07 ナルビク王国に行ってみよう
別荘での休暇を早々と終えて、王女様達をナルビク王国の王宮へと送り届けることになってしまった。
座標が分れば亜空間移動で一瞬に行けるんだが、生憎と確定していないからねぇ。
一旦、ウエリントンの郊外にある軍の補給基地に停泊しているリバイアサンの上空まで亜空間移動を行い、その後は上空2千mを東に向かって音速の2倍で飛行する。
もっと速度は出せるんだけど、コクピット内に入った2人が俺の座席の後ろに座って地上を眺めているからね。
流れるように映り変わる地表を見るには、これぐらいの速度が一番だろう。
「おおよその位置はアリスから提供された地図で分かりますが、王宮のどの辺りに下りたら良いのかまでは分かりません。ナルビク王国軍に通信を入れますので、王宮に連絡をして頂けませんか?」
「分かりました。それで、どのように話をすれば?」
『こちらで、フェダーン様より伝えられた通信チャンネルに繋げます。相手が出たところで、話をしてください。その場で普通に話をして下されば相手に伝わります』
アテナが介在すれば、通信位は何とでもなるからね。
直ぐに、此方の呼び出し通信に返答が返ってきた。
『こちらナルビク王国軍総司令部。貴殿の入電を確認した。要件を述べよ』
よりにもよって、総司令部への直通チャンネルだったとは……。
どうしようかと考えていると、ラミーが口を開いた。
「私はナルビクのラミニエル。ウエリントン王国の訪問を終えてエルトナ王国のアナスタシア王女と共にナルビク王宮に戻る途中です。王宮への到着は15分後。王宮のどの位置に着陸すれば良いか教えてください」
『申し訳ありません。王女様御一行とは知りませんでした。直ぐに連絡をします。王宮の一角で信号弾を3発放ちます。赤・緑・赤の順で上げますから、その下の広場に着陸してください』
ちょっと間が空いて、先程とは違った声だ。上官かな?
後ろを振り返って、王女様に礼を言う。
信号弾3発ならかなり目立つだろう。
やがて荒地が切れて前方に石壁が見えてきた。王都を囲む防壁だろう。魔獣の脅威はどの王国にもあるようだな。
速度を時速500kmまで落とす。
これなら王宮を見逃すなんてことは無いだろう。
眼下の眺めが農園から低層住宅になり、やがて立派な建物が立ち並んできた。そろそろ見えて来ても良さそうなんだけどなぁ……。
「右手に森が見えます。王宮は森の中ですから、近付けば宮殿が見えて来るはずです」
「かなり大きな森ですね。了解です!」
小さな森は眼下にいくつか見えているんだけど、右手の森はそれとは段違いの大きさだ。アテナの進路を変えて森に向かって飛行する。
直ぐに森の中に広がる王宮が見えてきた。宮殿はかなり大きいな。その宮殿の周囲にいくつもの建物が点在している。中には森の中にひっそりと建っているものもあるみたいだ。
上空で合図を待っていると、宮殿から少し離れた建物の前の広場から信号弾が上がってきた。
赤、緑少し遅れて赤だ。あの広場で良いようだな。
ゆっくりと高度を落として、1個小隊ほどの兵士が並んでいる前にアテナを下ろす。
アテナの登場にちょっと驚いているようだった。アテナが片膝を付いた姿勢になり、胸元に左手を持って来たところでコクピットを開き、先ずは俺が外に出る。掌に2人の王女様を乗せると、ゆっくりとアテナが掌を石畳の上に降ろしてくれた。
「まさか戦姫で来られたとは! 失礼ですが、ヴィオラ騎士団のリオ様でしょうか?」
「生憎と、リオでは無いんだ。アオイという。そうそう、荷物があるんだが」
小隊長らしき人物が俺に近寄って問い掛けてくる。
やはりリオは他の王国でも有名みたいだな。俺の名を聞いてちょっと残念そうだったけど、直ぐに大きく目を見開いた。
「まさか、もう1人の戦姫の騎士! お噂は聞いております。先ずは迎賓館にご案内いたします。王女様もそちらで過ごされますようにとのお后様からのお言葉がありました。
ところで荷物は?」
運んでくれるのかな?
亜空間に収納した王女様達のバッグを数個アテナに取り出して貰う。
「そうそう、お土産があるんですが、少し生きが良すぎるんです。荷台を積んだ自走車を用意してくれませんか。ここで俺が倒して引き渡します」
「大きなカニなの。自走車よりも大きいかもしれないわ。ウエリントンでは近衛兵が獣機に乗ってレッドカーペットで使用した銃で倒していたそうよ」
「あのカニですか! しかもまだ生きていると!! それは陛下もお喜びになると思います。引き渡しは少し待って頂けませんか。陛下も見たいと言い出しかねません」
王様が実際に魔獣を見る機会が多いようでも困るだろうからなぁ。
了解しましたと伝えると、直ぐに部下を自走車でどこかに向かわせた。
何時の間にやってきたのだろう。王女様の後ろに数名のネコ族のお姉さんがバックを足元に置いて立っていた。
神出鬼没がこの世界のメイドさんの信条なのかもしれない。
「ところで、この戦姫はさすがにこの場に置いたままということは出来ません。出来れば我等の戦機駐機場に移動して欲しいのですが」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが移動する必要はありません。アテナ、一時亜空間で過ごしてくれ」
俺の言葉が終わると同時に、アテナがその場から消えた。
亜空間収納ができるぐらいだからね、これぐらいはこの世界でもできるんじゃないかな。
「そのような方法があるとは……。それではご案内いたします。私は小型飛行船で帰って来るものとばかり思っていましたので、1個小隊を用意していたのですが……」
「飛行船は、その場に留めるのに苦労しますからね。事前にお知らせしませんでしたのをお詫びいたします」
「いえいえ、そのようなことは口に出さないでください。我等は近衛兵。王族を護衛する立場です。アオイ様はある意味我等の上になる立場なのですから」
そんな話をしながら、傍に立つ宮殿に入っていく。
これが迎賓館と言うことになるのだろう。エントランスの広間だけでも小さな家が建ちそうな感じだ。周囲に豪華な調度があるんだけど、あの引き出しの中に覇何が入っているんだろう?
広間を呆然と眺めている俺の肩を王女様が軽く叩いて、先に進んでいく。
近衛兵の役目は、ここまでのようだな。俺達に綺麗な騎士の礼という挨拶をするとエントランスホールから外に出て行った。
「1階は食堂と会議室があるのです。部屋は2階ですから、ご案内いたします」
王女様だけあって、迎賓館には何度も出入りしているに違いない。
広間の左右にある階段の1つを上るとどちらの階段でも到達する場所は一緒のようだな。エントランスホールを下に見るテラスに出た。
テラスから奥に向かって回廊が伸びている。
手前にある左右の扉はどちらもリビングになるらしい。2組の来賓が宿泊できるということになるのだろう。
右手の扉を開けて中に入ると、3人のメイドさんが俺達に頭を下げてくれた。
窓際にある豪華なソファーセットに俺達が腰を下ろすと、早速お茶を出してくれた。
「アオイ殿にはお茶ではなくコーヒーをお願い。それで、誰かやって来るのかしら?」
「お后様がもう過ぐ来るにゃ。夕食後に非公式に陛下が来るかもしれないにゃ」
本来ならこちらから挨拶に向かわないといけないんだけどなぁ。
「なら、ゆっくりできますね。それと、学府の方は何も無いのかしら」
「明日の10時に学長が来るにゃ。教授を2人同行すると言っていたにゃ」
新たな学科を作ることになるからね。その調整ということになるのだろう。出来れば頭の固い御仁で無いことを願うばかりだ。
「私達は、明日は調度を集めてきます。さすがにナルビクだけということにはならないでしょうから、ここで2日過ごした後にエルトニア王国の王宮に向かいましょう」
「王都の商店で購入するということではないんですか?」
俺の言葉が面白かったのか、2人で顔を見合わせて笑みを浮かべている。
「リバイアサンの調度に合わせようかと思っています。倉庫にある品ですから、アオイ様の懐も痛むことはありませんし、倉庫の空きを作ることもできるでしょう」
なるほどねぇ。使わなくなった品を譲って貰うということのようだ。
そう言えばリオもそんな話をしていたな。
王宮で使っていた品だろうから物は悪くないだろうし、王女様達だからなぁ、あまり質素な暮らしは出来ないのかもしれない。
「着替えてきます」と言って部屋を出て行ったから、残った俺は部屋の窓から外を眺める。
広い芝生が大きく広がっているなぁ。 その周囲は鬱蒼とした森だ。ここからでは宮殿が見えないけど、ウエリントンの宮殿並みに大きな建物だった。
いったいどれぐらい部屋があるのか、想像も出来ない。
だけど、案外無駄な部屋が多いのかもしれないな。王様だからねぇ。それなりの権威を示したいのだろうけど、俺から見れば無駄の一言なんだよなぁ。
ソファーに戻って腰を下ろすと、目の前のテーブルの片隅に灰皿が置いてある。
部屋の入口に立っているメイドさんにタバコを見せると、小さく頷いてくれた。
どうやら禁煙ではないらしい。
少し温くなったコーヒーを飲みながら一服を楽しむ。
さて、お土産をどうやって渡すかが問題だな。お后様が来たら確認してみよう。
2杯目のコーヒーを飲んでいると、2人の王女様がドレス姿でリビングに入ってきた。
やはり、ドレス姿が一番似合うんじゃないかな。ヴィオラ騎士団ではツナギだからねぇ。ちょっとかわいそうになってしまうんだよなぁ。
とはいえ、あの場でドレスを着るというのもねぇ……。やはりTPOが大事ということなんだろう。
俺としては移民局から貰った戦闘服より、リオから貰ったこの黒のツナギがゆったりしているから着ていても楽に感じる。
「まだ母上達は来ませんでしたか。既に知らせを受けているはずなのですが」
「忙しいのでしょう。俺達は今日訪れる事は知らせても時間は言っていなかったでしょう?」
通常なら、3日程掛かる距離らしい。
既に、アテナが到着した広場の座標を記録しているはずだから、次は一瞬で来られるはずだ。
次はエルトリアの王宮と農学を始める基地の座標だな。
あちこち関連のある場所の座標を、アテナに記録して置いて貰おう。
そうすればどこにいても駆けつけることができる。
王女様達のメイドさん達にもボルテ・チノの操艦を教えておけば、その場で待機することも無くヴォイラ騎士団とゆかりのある基地に移動して貰えそうだ。
リバイアサンは移動することもあるだろうけど、アテナはその位置を常に把握できるらしい。
まぁ、ボルテ・チノで狩りをするとしても、それほどリバイアサンから離れることはない筈だ。