M-366 休暇が終わる
アレクとアオイ、それにベラスコ達は休暇を十分に楽しめたようだけど、俺は何時も連れまわされてばかりだった気がする。
一足先にリバイアサンに帰ってきたところで、誰もいないプライベート区画のソファーに体を投げ出した。
明日から、砦作りの資材搬入が始まる。朝一番に、ロベル達が乗船してくるから彼らに任せておけば十分だろう。
何となく笑みが浮かんでしまうんだよなぁ。
先ずは、のんびりと湯船で手足を伸ばそう。
『アテナがボルテ・チノの改修を終了したようです。外観に大きな変化はありませんが、内部空間の拡張は王女達の願いを叶えたようです』
「ブリッジの座席が全てバケットシートでしかも4点式シートベルトだったね。あれは改造しなかったのかな?」
『座席数を増やしただけの様です。後部に戦術立案用のテーブルが作られました。全部で8座席ですから、王女達のメイドもブリッジで何らかの作業を手伝わせるつもりなのでしょう』
「問題はメイデンさんだよなぁ。改造案は出来そうかい?」
『さすがにボルテ・チノと同一には出来ませんが、これは建造時期と目的の相違ということで納得してもらうしかありません。ですが、この世界の技術と融合させることでかなり高度化することが可能です。これが改修後の概略図になります』
湯船の上に仮想スクリーンが作られ、そこに現れた戦闘艦はかなり姿が変わっているように見えるんだけどなぁ。
全面投影図ではかなり台形が際立っている。2つあるのは、地上走行モードと滑空モードの相違なのだろう。
多脚式走行では現状との相違はそれほどではないんだが、やはり船底部が広がっているなぁ。滑空モードでは、多脚を全て横にしているから、底部がさらに広がって見える。
「足の長さが6m程あるから、それを横一列にすることで翼と同じようにするということになるのかな?」
『それだけで揚力を3割上昇させることが可能です。それに多脚の上下角を変化させることで方向を変える事も可能です。初期の重力場推進システムをブラックボックスで取り付けますから、ボルテ・チノ並みの機動を行えます。とはいえ、最大速度は毎時150ケムほどにする予定です』
地上走行モードでも巡航が毎時50ケムなら納得してくれるだろう。滑空モードの巡航速度は毎時100ケムと言うんだからなぁ。最大速度は教えない方が良いんじゃないかな? 3割増し位に言っておこう。
「問題は火力なんだけど……」
『背負式2連装砲塔で満足して貰えると思います。魔撃槍ではなく、低速レールガンを使用します。秒速900mですから、炸裂砲弾が使えますし、魔撃槍の初速よりも速い砲弾を放てます』
「となると、後は主砲だよなぁ。これはこのままで行くしかなさそうだね」
「さすがに荷電粒子砲は、動力炉の出力が足りません。強いて言うなら、多目的兵装空間ということで船尾甲板を整備しておけば十分と考えます。レッドカーペット再来時には、そこにロケットを並べることで多連装化が可能になります」
横向きに20発を左右に並べるらしい。
一斉に放ったなら、さぞかし壮観な眺めになるんだろうなぁ。
「改修概要図だけはプリントして置いてくれないかな。依頼して来ないなら、今まで通りで良いはずだからね」
さすがに軍にも欲しいとは言わないだろう。
現在の軍艦は全て魔導機関で動いているからね。電力という概念も無いからレールガンを装備することも出来ないし、そもそも点検整備をすることも出来ない。
「そういえば、軍の軍艦は木造船なんだよなぁ。あれだけ木材を使うのは考えてしまうね。まだ植林という行為はあまり行われていないようだし」
『案外、アオイ様達が実施してくれるかもしれませんよ。軍艦建造も木造船に鉄板を張るのではなく、船殻そのものから鉄で作れば良いと思うのですが……』
リバイアサンの船殻は腐食防止の魔法陣が彫られた鉄材を多用しているんだよなぁ。魔法陣はかなり緻密に彫られているらしいけど、その強度は折り紙付きだ。
重量軽減の魔法陣だってあるんだから、いくつかの魔法陣を描くことで全て鉄で作られた軍艦も出来ると思うんだけどねぇ……。
「さすがに最初から戦艦は無理だろうね。軽巡クラスの船の概念設計が出来ないかな?」
『可能です。課題は、艦体重量と巡航速度になりそうです。いくつかパターンを変えてシミュレーションをしてみます』
構造体の強度が増すなら、敵艦の放った魔撃砲の砲弾を弾くことも可能だろう。
そこまで行かなくとも、強度が増すなら満足して貰えそうだ。
茹る前に風呂を出て、着替えをする。
夕食は、メープルさんが作ってくれたお弁当だ。といってもサンドイッチと保温容器に入れたスープなんだけどね。
学生の出した質問を、学科毎にアリスが編集してくれたから、のんびりと眺めながら回答を書き込んでいく。
リバイアサンの生体電脳内に記録して置いて、後でカテリナさんに確認してもらおう。
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翌日、朝早くロベル達がリバイアサンにやってきた。
制御室ではなく、桟橋で荷役用の装置を動かすと言ってくれたから、俺の仕事はロベル達を昇降台で迎えるだけになってしまった感じだ。
「たぶん朝食はまだだと思いまして、用意してきました。昼食も一緒に入っていますよ。夕食は、食堂を利用して貰うことになりそうです」
「ありがとう。まだ食べてなかったんだ。助かるよ」
明日には、ナルビク王国軍の軽巡が桟橋に入ってくる。それに合わせてエミー達も一緒に来るだろうから、明日の昼までのしばしの休養ということになりそうだな。
のんびりと1日を過ごした翌日。
オズエルさん達とフェダーン様が、エミー達と共にリバイアサンのリビングに現れた。
カテリナさんとユーリル様は一緒では無かったようだ。出発してから導師の飛行船でやって来るのだろう。
マイネさんがお茶を運んで来た時に、ちらりと厳しい目で見られたのは、昼の昼食時に使った食器をシンクに置いたままだったからかな?
ちょっと忘れていただけなんだけどなぁ……。
「導師を交えて色々と話をすることが出来ました。王女達は今回同行せずに、王宮に戻るそうです。調度品の品定めということでしょう」
「それでアオイが一緒では無かったんですね。数日中には戻るでしょうから、砦建設時の哨戒に問題は無いと思いますよ」
「とはいえ、だいぶはしゃいでいたことは確かだ。王女達が気に入る戦闘艦と言うのも興味があるが、発掘兵器だからな。作れと言うことも出来ん」
「アオイの趣味もあるんでしょう。俺としては、同じ発掘兵器を使っているメイデンさんの方が心配です」
「たぶん文句を言って来るだろうな。それで対応策も考えてはいるのだろう?」
「機動力を上げて、魔撃槍を撤去し2連装砲塔を搭載すれば何とか収まってくれるかなと考えています」
「火力が低下しそうだが?」
「後方にロケットを良きに並べようかと。あの戦闘艦の基本戦術は一撃離脱ですから、それで十分に思えます」
面白そうに俺を見ているのは、駆逐艦を使って実験してみようなんて考えているのかもしれないな。
レッドカーペット時に改造した駆逐艦には、発射方向を変えられる多連装式の発射台を搭載したから、1度に発射できるロケットは数発だ。
横1列にロケットの発射台を並べるだけなら10発以上放てるからね。
一撃だけど、その火力は巡洋艦を越えるに違いない。
「メイデンが欲しがらない場合は、同盟軍で試験艦を作ってみよう。案外役立つかもしれんが、一番の課題は有効射程だな」
「ロケットの有効射程を伸ばす方法はいくらでもありますけど、現状はあれで十分だと思いますよ。何といっても散布界が広すぎますからね。艦隊戦で敵の意表を突くことは出来るでしょうが、敵艦を破壊することは困難かと思っています」
ノイマン効果弾なら、選管の装甲すら穴を開けられるだろう。だが、それは教えないでおこう。現在の砲弾でも、同列艦なら十分に互いの艦を破壊できるんだからね。
「リバイアサンへの資材搭載は明日で終わるのでしょうか?」
「昨日の朝から、昼夜を徹して搬入しています。特に遅れの報告を受けておりませんから、計画通りに出航できると考えています」
「ありがとう。それだけが気になっていたんだ。それにしてもとんでも無い搭載能力だよねぇ。大型輸送船10隻を超える搭載量があるんだから。最後はダモス級輸送船を丸々搭載するんだろう。実際にそれを見て、前回は驚いたんだよなぁ」
「リバイアサンが無ければ星の海の西に進出しようという計画自体が無かったに違いない。北の回廊はリバイアサンがあってこそ作れるようなものだ。
星の海の最岸に拠点を作るまでがヴィオラ騎士団に依頼した仕事ではあるのだが……。兄上、さらにリオ達は西を目指しているようだ。どのような拠点となるかは分からんが、既にリオは動いているようだぞ」
「ほう……。さらに西ですか。さすがにそこまで騎士団は足を延ばすことができるでしょうか?」
「それもありまして、直ぐに作るということではありません。それに俺達にも資金がありませんから、ブラウ同盟にその権利を委ねようかと思っております」
大きな宇宙船だからねぇ。三分の二をブラウ同盟で使い、残り三分の一を東の同盟国に渡せば良いだろう。
俺達は、1区画を貰えれば十分だ。
たまに西に足を延ばした時にタダで休養が取れれば十分に満足できるし、それぐらいなら他の騎士団から妬まれることも無いだろう。
「かなりの値段になりそうですね」
「俺としては、あちこちにある領地の維持費を何とか賄いたいところです。出来れば長期的に支払いをお願いしたいですね」
俺の言葉が面白かったんだろうか? お后様達まで一緒になって笑い声をあげているんだよなぁ。
「確かに領地経営は貴族達も苦労しているようだ。差がその苦労はいかにして領民から搾取しようとすることに特化しているように思える。リオの経営はいかに領民の暮らしを良くするかだけに思える。領地の税はウエリントン王国内で一番安いとヒルダが言っていたぞ」
「領民あっての領主ですからね。先ずは領民の暮らしを良くすることから始めないといけないでしょう。商会へ産物を撃った時にだけ税を課していますが、それで十分に思えます。税も基本的には領地に還元すべく、道路や港、それに用水路の建設に使っていますから、俺のところには入ってこないんです」
「それで、名目貴族だと周囲に言っておるのだな? まぁ、それがリオの経営方針なら文句は言うまいが、貴族同士の付き合いに少しは使うべきだろう。貴族が贅沢な暮らしをするのも、集めた税を市中に還元するための必要悪だからな」
「それなら、魔獣を狩れば済むことです。上手い具合に、魔石の値段はあまり変化がありません」
「そういうことではないんだが……」とフェダーン様が呟いているのを聞いて、オズエルさんが笑みを浮かべている。
やはり俺には、貴族は似合わないんだよなぁ。アオイは上手くやっていけるんだろうか? 2人の王女様とネヴィア様がいるから、何とかなるんじゃないかと思っているんだけどねぇ……。