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M-365 どんどん分野が広がるような気がする


 老師の気掛かりは、ナルビク王国に設ける実験農場とナルビク学府の出先機関とも言うべき分校の学生の比率の調整にあるようだ。

 ウエリントンの学府で俺の行うゼミへの参加割合にも関わるとのことだから、いっその事、王宮に丸投げしたいところではあるんだよなぁ。


「ウエリントン王国の学府に、ナルビクとエルトニア王国から30名の留学生を受け入れるとのことじゃ。その留学生60名の内の20名と従来の学生の中から20名。合計40名がリオのゼミへの参加者となる。リオの作った科学分野は、生物と物理、それに化学と天文であったな。大きく4つに分かれるからその留学生の数でも問題はあるまいが……」

「アオイの教える学問は農学という1つの分野と言うのが問題ですね。要するに留学生の数を同じにすることが出来ないということですか」


「さすがに同じ数と言うのは問題でしょう。農学を学ぶ上では植物学も教える必要があるでしょうから、せいぜい2つですよ。大勢に教えるよりも、先ずはそのような学問があることを知らせねばならないでしょう。植物学は医学ともつながりがありますし、生物学とも密接に関わってきます。ある程度は教えることになるでしょうが、より詳しく学びたいと思う学生はリオに預けたいところですね」


 植物の薬効を考えると、確かに医学との関りも出て来るだろう。医学と微生物学は繋がりがあるのも考えないといけない。

 科学を普及しようとして始めたんだけど、当初の思惑よりも広がってしまいそうだ。


「この世界にも医学はあるんだ。俺はこの通りの体だから、医学の体系がどのように構築されているのか分からないところもあるし、何といっても人の命に係わることだからなぁ」


 俺の言葉に、カテリナさんが視線を向けて来た。

 ある意味、医学にも詳しい人物だからね。俺がその知識を持っていることに驚いたのかもしれない。


「リオ君は、患者の治療経験があるのかしら?」

「患者というか、事故時には緊急医療チームに参加できるだけの資格は持っていますよ。アオイも持っているはずです。ですがあくまで緊急時対応ですから、平常時はそのようなことは致しません」


「魔法柄を使う治療ではないんでしょう?」

「全く使いません。ですが、ここでは俺達の出来る施術は限られています。そもそも俺達の医療装置がここにはありませんからね。極めて初期的な医療装置がリバイアサンに搭載されていますけど、それを使って出来るのは限界があります」


 ナノマシン治療は出来ないからなぁ。外科手術が良いところだ。と言っても、心臓と脳の手術が可能かどうかまでは分からないんだよなぁ。


「戦場で腹に銃弾を受けたとしたら、治療は可能なのだろうか?」


 導師が具体的な例を出してきた。

 アオイが俺に視線を向けたのは、リバイアサンの医療設備を知らないからなんだろう。


「絶命していないのであれば、8割方1年後には原隊に復帰できるでしょう。2割の不確定要素は失血死が起こりえるからです。失った血液を他人の血液を使って補完する手段を取れば、治癒率が上がると思います」


 俺の言葉に老師が考え込んでしまった。

 カテリナさんやユーリルさんまで考え込んでいるのは、どういうことなんだろう?


「リオ。この世界では外傷による失血死はかなり多いようだな」


 アオイの言葉に、導師の思念が俺に向かってきた。


「その通りじゃ。腹に弾丸を受けたなら先ず助からん。魔法で傷をふさぐことは可能じゃが、内臓に受けた損傷を直す手立てはないからのう。せいぜい麻薬で苦しみを無くしてやることが出来るぐらいじゃな」


 弾丸の摘出は可能らしい。問題は内臓の損傷を戻せるかという事と、腹に溜まった血液の除去、それに感染病対策が出来ていないという事になるんだろうな。

 生物学から医学へのハードルはかなり高いと思うんだが……。初歩的な外科治療は教えるべきかもしれないな。


「さすがに、現在行われている治療をないがしろにするようなことはしませんよ。ですが、先ほど導師が例に出した治療の初歩的な施術であれば教えることが出来そうです。

 リバイアサンにはユーリル様が開いた病院があるんですが、そこに軍の傷病兵対応者を派遣してくれたなら、怪我人が出た時にそれを施しながら教えるという事でいかがですか?」


「先ずは軍を対象とするのじゃな。怪我人は多いじゃろう。カテリナとユーリル様がいるのも都合が良い」


 また新たな学問が作られてしまう。

 とはいえ、これはいずれ作らねばならない学問でもあるからなぁ。先ずは目で覚えて貰おう。数回もそのような事態があれば少しは対応が出来るようになるかもしれない。


「今度は軍の間でもめそうね。リオ君が想定しているのは数人でしょう? ナルビクとエルトニアが文句を言い出しかねないわよ」

「なら、そっちは俺が面倒を見ましょう。リオが考えているのは戦場での緊急措置だろう。まぁ、弾丸の摘出位は行っても良さそうだけどね。ナルビクとエルトニアから3人ずつ出して貰えばあまり文句も出ないんじゃないかな」


 アオイの友情に頭が下がる。

 彼に顔を向けて小さく頭を下げた。「よしてくれよ!」なんて言ってくれたけど、案外思いやりがある奴だから助かるな。


「ナルビクにも艦隊があるでしょうから、その中に2部屋を作って貰いましょう。施術を行う部屋と、経過観察を行う部屋です。必要時にボルテ・チノで駆け付けますから、俺の部屋は必要ありません」

「了解じゃ。となれば王都に戻ってヒルダ様とミネバ様に伝えておこう。3つの王宮が後を引き受けてくれるはずじゃ」


「協力に感謝するぞ!」と言い残して、導師が部屋を出て行った。

 1日位はのんびりしても良さそうに思えるけど、カテリナさん以上に行動的なところがあるんだよなぁ。


 残った俺達にユーリル様がグラスを配り、ワインを注いでくれた。

 王女様なんだけどなぁ。


「リオも色々と苦労していたようだな。だが、この世界に科学が必要なのかと思うところもあるんだけどなぁ」


「それは前にも話したと思うんだが……」

「ああ、確かにそうなんだが……。既にこの世界の生態系はかなり乱れていることも確かなんだ。リオは2つの生態系を考えているけど、実際には3つあるはずだ。3つ目はリオ達が考えている系統樹の中に隠されてしまっているようだけどね」


 どういうことだ?

 ワインを飲みながら、考えを巡らしているとアリスの耳打ちが聞こえてきた。


『移民船団がやって来る前の系統樹があったはずです。その系統樹に移民船の生態学者は手を加えているというのがアオイ様の認識ですし、現在のDNAを調べてみてもその痕跡がはっきりと確認できます』


『この世界の人達も本来の姿に戻りつつあるということかな?』 

『それはありません。しっかりと固定されています。とはいえ、生物学を進めれば自ずと自分達の姿が、本来の姿とは異質であると分かる筈です』


『まさかと思うが、この世界に人類は誕生していなかったと!』

『少なくとも霊長類は誕生していなかったと推察します。移民船団が到着した当時のこの惑星は、現在とはかなり違った生物が生態系を構築していたはずです』


 ある日、突然に人間は生まれたという神の教えに近いようなことになってしまいかねないな。

 帝国時代の文献に、最初の移民船の話が残されていれば良いんだが……。


「アオイの話は、疑問として残しておくことで良いように思えるんだが……。正解を教えるのは、必ずしも正しくは無いように思えるよ」

「了解だ。それについては、リオに預けるよ。とは言っても、それを類推できる人物が現れるのが楽しみだね」


 多分、異端者扱いされるに違いない。

 学府からはじき出されないようにするために、論文の審査についてはそれを精査する人物が権威主義に陥らぬようにする必要がありそうだ。

 発見し観測した事実を基に推論をした論文であるなら、それを覆すだけの結果を示して反論できなければ、どんなに自分達に不都合なことであっても受け入れられる体制を持たねばならないだろう。

 ばからしい……、と言って、論文を突き返すような人物が学府を牛耳るようでは将来が危ぶまれるからなぁ。

 学生を教え指導する教授達の資質の1つにもなるべきことだろう。

 真摯に事実や結果を見ることができる。それは自分を否定することに繋がる可能性もあるだろうが、それを受け入れられるだけの許容力をどのようにすれば、持たせることができるのだろう?

 学府に学科を作ることはできたんだが、案外学府の構造を変える事も考えないといけなくなってきそうだ。

 これはもう少し考えをまとめてから、導師と相談した方が良いのかもしれないな。


「系統樹については、この世界の最初から作られた本来の系統樹、それにリオ君が悩んでいる帝国時代に魔石を効率的に作り出すために作られた魔獣と魔気を作り出す生物の体系の2つになると思うんだけど?」


 早速カテリナさんが疑問を持ったようだ。

 頭が良いのも、困ったところなんだよなぁ。興味があると、特に頭の回転が速くなるんだからねぇ。


「俺も失念していました。アオイは直ぐに気が付いたようですけど、現時点ではあまり気にしないでも問題は無いでしょう。本来の系統樹の中にその答えは埋没しています。系統樹の成長は進化でもあるんですが、進化による枝別れではなく新たに接ぎ木をした部分があるということなんですけど……」


「それは、魔獣の系統樹と同じ扱いになるんじゃないのかしら? この世界本来の系統樹に含める意味が理解できないわ」


「それに応えるのは、難しいですね。たぶんリオから遺伝子の話を聞いたことがあると思うんですが、遺伝子を構成するDNAで進化の歴史をある程度確認することができます。そこで知った事実を、今直ぐに公表できるだけの社会体制ではない気がします。それを受け入れられる社会になったなら公表するということで納得してください。でも、1つだけ……。案外神話の中に俺の答えが隠されている可能性があるんです。出来れば、各王国に伝わっている神話を集めて頂けませんか」


「神話は空想の産物だけではないということかしら? おもしろそうな話ね。たくさんの神話を集めて、そこに書かれている物語の類似点や裏を推測するということになるんでしょうね。ユーリル、古代文献に詳しい人物を知っているかしら」


「何人か心辺りがあります。私も興味がありましから、チームを作って神話の真実を探ることにしましょう。でも、何が見えてくるのかしら? ちょっと楽しみね」


 ユーリルさんがリーダーになってプロジェクトを立ち上げるみたいだな。

 アオイがちょっと困った顔をしているのは、そこから出てきた疑問をぶつけられるのが分ったのだろう。

 あんなことを言った以上、最後まで責任は持って欲しいね。

 でも、俺だって失念していたことだからなぁ。

 少しは協力してやらないといけないだろう。


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