M-363 別荘に老師が訪れた
夕暮れ近くになると、続々と皆がリビングに集まってくる。
軽くシャワーを浴びて着替えてはいるんだが、同じように水着なんだよなぁ。
王女様達が加わったから女性達はリビングの大きなソファーを占領しておしゃべりに興じている。小さなソファーセットに追い遣られてしまった俺達は、気にせずにワインを楽しんでいる。
「お前がアオイなのか! 釣り好きな文句なしだ。自分の釣竿、しか大物用を用意してきたというのも感心だ。明日は3人で競うことになりそうだな」
「今日は俺一番大きな得物を釣りましたよ。根魚のようでしたがメープルさんが大喜びしてくれました」
「数は俺の方が上だぞ。あれはたまたま場所が良かっただけだと思うんだがなぁ」
釣り師は自分の腕が一番だと誰しもが思っているらしい。
まぁ、こんな自慢をしながら飲む酒は美味いんだろうな。アオイの目が輝いているのは明日の成果をすでに思い浮かべているに違いない。
「……ということで、ヴィオラ騎士団の魔石狩りをじっくりと観覧したいと考えているのですが?」
アオイがアレクの許可を求めると、2つ返事でアレクが許可を出してくれた。
アリスと同等と事前説明をしておいたからだろう。いざとなれば魔獣の攻撃に介入してくれると知っているのだろう。嫌と言うことにはならないはずだ。
「魔獣を倒した後の獣機の仕事まで見たいということか……。それも問題はないし、獣機の連中も心強いだろう。ドミニクには俺から話しておくよ。砦の建設場所に戻ってからやってくれば良いだろう。今まで通り、ヴィオラⅡに着艦する前に周辺の魔獣の位置と移動方向を確認してくれよ」
「了解です。2,3度見せて頂ければ、新しく作った陸上艦で狩りが出来そうです」
アオイの言葉に、アレクが俺の視線を移した。どういうことだ? という問いかけかな。
「帝国の遺産をアオイが見つけたんです。ガリナムよりも小型なんですが、かなり自動化が進んでいるらしく、乗員が10人も必要ありません。その艦の乗員区画を自分用に改造して降嫁した王女様達と暮らしたいと……」
「リバイアサンでは客人ということか。常時はリバイアサンの中に収容することになるのだろうが、自分達の別荘として使うなら、気楽にリバイアサンで過ごせるかもしれんな。だが、そんな艦を使って狩りが出来るのか?」
「アリスは可能だと言ってました。とはいえ、それほどの魔石を取れるとも思えません。ドミニクと最終的に調整したいところですが、彼の艦の維持費を考慮して得られた魔石を3分割して貰おうと考えています」
アオイとヴィオラ騎士団それにアオイが拝領する古い軍事基地の維持費だ。
アオイが積極的に魔石狩りを行うとは思えないから、毎月得られる魔石の数は300個には届かないだろう。
アオイの取り分は2人の王女様達の必要経費になってしまいそうだ。
エミーと違って華やかな宮廷暮らしをしてきたはずだからね。急に庶民的な暮らしは出来ないだろう。
案外エミー達がサロンを開くよりも先に、サロンを開くかもしれないな。
さすがにウエリントン王国ではなくナルビク王国に開くのだろうが、エミー達なら招待してくれるに違いない。
王国間でサロンの相違はあるのだろうけど、アオイの話ではかなり行動的な王女様達のようだからどんなサロンになるのかちょっと楽しみだ。
「アオイ達は星の海の西とナルビクとエルトニア王国の北部の砂の海で狩りをするんだろう? 出来ればブラウ同盟の北部に生息する魔獣と星の海の西の魔獣の相違について調べて欲しい。現在建設中の砦とさらに西の砦、最後に星の海の西岸に作る拠点が出来たなら、騎士団がこぞって西に向かうはずだ。事前にどんな魔獣がいるか分かるなら、魔獣による被害を軽減できそうだからな」
「了解です。確かに俺の艦なら可能でしょう。とは言ってもそれほど多く狩りをすることも出来ないでしょう。ですが記録はきちんと残しておきます」
俺も西域の地図作りで、普段狩る魔獣とは少し異なった姿の魔獣を見てはいるんだよなぁ。画像記録は残しているけど、そんな魔獣を狩るともなれば詳しく調べておくことも必要だろう。
そういう意味ではアオイの別荘が案外役立つかもしれない。
それに、大陸の植生も一様ではないからね。小さなオアシスに茂る雑草が荒地の緑地に役立たないとも限らないだろう。
ボルテ・チノの運用は騎士団の陸上艦というより、私設調査艦のイメージに近いのかもしれないな。
夕食が出来たとの知らせを聞いて、俺達はテーブルに向かう。
豪華な魚尽くしの料理なんだけど、アレクの前だけステーキが置いてあるんだよね。
まだまだアレクの魚嫌いは直っていないみたいだな。
ドミニクの乾杯の声に、俺達はグラスを掲げ食事に入る。
行儀作法など無いからなぁ。ちらりとアオイの両隣りに座る王女様を見てみると優雅に食事をしているんだよなぁ。俺の隣に座る2人は、テーブルマナーを部屋に置いて来たみたいだ。
それでも2人の王女様は、笑みを浮かべて話に相槌を打ちながら食事をしている。俺達の食事作法に少しは慣れた感じかな。
食事が終わると、アレク達と明日の釣り場の相談が始まる。
何時の間にか俺の参加が確定していたようだ。ゆっくりと昼寝ができる筈だったんだがなぁ。
「4人揃ったとなれば、やはり大物釣りだな。南の岩場が良さそうだ。足場も悪くないし、急深なんだが沖に根があるから大波はやってこない。先ずは小魚をシレイン達が釣るから、それを餌に俺達が大物を釣ることになる。そうだなぁ……、これぐらいなら小物になるはずだ」
アレクが両手を広げたんだが、どう見ても1.2mはありそうだ。それで小物となれば大物は1.5mを越えるってことじゃないのか?
なんか俺が釣られそうに思えてきた。少し体を強化しておいた方が良いのかしれない。
翌日の釣りの結果は、クロネルさんが大喜びするぐらいの大漁だった。
アレクがかろうじてアオイの釣った大物よりも爪1つ分大きいことで面目を保ったみたいだけど、ベラスコが悔しがっているんだよなぁ。案外負けず嫌いな資格だったようだ。それでも俺よりも大きいのを釣るんだからね。やはり素質はあるんだろうな。
「明日は負けませんよ!」
「今度も同じ場所で?」
「そうだなぁ、次は東に行ってみるか!」
食後の酒盛りは明日の計画になってしまう。
俺も付き合わされるのかなぁ? 領地の開拓の進行状況も気になるんだが……。
それを理由に断ろうとすると、アレクが笑みを浮かべて首を振っている。
「別荘に到着した翌日に、漁村と開拓団に顔を出してきたよ。漁村はだいぶ活気が出て来たぞ。税金をいまだに上納していないのを恥じていたが、港作りの資金に回すように言っておいた。開拓団の方は、獣機を使って用水路の建設を行っていたぞ。すでに灌漑用の池は完成していたな。魔導機関を使って地下水をくみ上げていたが、大規模な汲み上げではないから地下水の枯渇の心配はしないで済むだろう。商会の事務所があったのには驚いたが、収穫物の半分をヒルダ様経由で軍が買い取っているようだ」
サロンの活動資金にするような話をしていたからなぁ。既に行動に移していたらしい。
「騎士団にも分配されているんでしょう?」
「商会が一括で買い取り安く供給しているようだ。隠匿空間にも運んでいるらしいから、向こうの農園で作る作物を変えないといけなくなりそうだ。開拓地の畑はどんどん大きくなるだろうからな」
それだけ安定した収入を得られることになる。
俺の両地といっても名目だけだからなぁ。騎士団を退団した人達の老後を支えられるようになれば十分に思える。
「ひょっとしてリオ君は暇なのかしら?」
カテリナさんが問い掛けて来た。
急いで、明日の用事を何とかしようと考えている俺に、にやりと笑みを浮かべる。
「なら、丁度良いわ。明日導師がやって来るの。出来ればアオイ君にも同席して欲しいんだけど」
「確か、カテリナさんの師匠に当たる方ですよね。俺も会ってみたいと思っていましたから是非とも紹介して欲しいです」
これじゃあ、俺も同席するしかないよなぁ。
渋い顔をしたアレクに、申し訳ないと頭を下げる。
だけど、導師がここに来るなんて初めてじゃないのか? 何かあったのでなければ良いんだが……。
翌日の昼下がり、導師が飛行船に乗って俺達の島を訪れた。
レッドカーペット時に乗ってた飛行船よりかなり小型の飛行船だ。新たに製作したのだろうが、アリスの調査結果ではかなり性能が上がっているらしい。
導師は魔道科学の専門家だからなぁ。疑似科学とは言え、魔道科学はそれなりの発展を遂げているということなのだろう。
直ぐにリビングに招いて、先ずはアオイの存在を導師に説明することになった。
「カテリナから話は聞いているよ。リオ殿と同じ世界から来たということになるのだろう。リオ殿がこの世界に自然科学という学問を開こうとしている。苦労しているに違いない。リオ殿の力になってやってくれぬか」
「もとよりそのつもりです。とはいえ、ウエリントンの学府ではなく、ナルビク王国の学府での協力になりそうです」
「それが良いと思う。同じ同盟国でもあるからのう。ウエリントンだけが突出するのは同盟関係に微妙な影響を与えかねん。それにしても、農学とは……。魔道科学では、それに該当するものがない。どんな人物がそれを学生に教えるのかと思って、興味を抑えることが出来なんだ」
思わず溜息を漏らしてしまった。
導師の個人的な興味だったとはねぇ。てっきり、大きな問題でも起こったのかと心配してたんだよなぁ。
「帝国時代は砂の海が緑だったと聞いた時には、ワシも驚いたがそれを再現することができるかもしれぬ。光量としたあの世界が緑に覆われるのを見て行きたいものだ」
老師の体は人間とは違ってしまっているからなぁ。かなり長寿であると考えても良さそうだ。
思索の海に溺れることなく、弟子達に囲まれて一緒に学問を究めて行くという目的が出来たことが一番嬉しいに違いない。王宮の奥深い部屋にいるよりは、飛行船で身軽に飛び回る今の暮らしが一番老師に合っていると思うんだけどなぁ。