M-362 欲しがる人がいるんだよね
カテリナさんがエミー達は直ぐに湾の方に出掛けたと聞いて、2人の王女様は俺達に頭を下げてリビングを後にした。
話には聞いたけど、かなり行動的だ。
水着は少しおとなしめの物だから、エミー達もあの位の水着が良いと思うんだけどなぁ。カテリナさんを参考にするから、目のやり場に困ってしまうんだよね。
「それで、王女様達の反応はどうだったんだい?」
俺の問いに、アオイが頭を掻きだした。苦笑いを浮かべてコーヒーを飲みながら教えてくれたんだが、かなり多くのダメ出しを食らったらしい。
「ジョイスティックによる操縦より自走車のようなハンドルが良いというんだよなぁ。舵輪にしろと言うよりはマシなんだろうけど、アビオニクス計の再設計から始めないといけなくなってしまった。ブリッジはコンパクトにしたんだが、4座席を6座席にすることになってしまった。メイドさん達の席も用意するということなんだろうな。
速度や機動については満足してくれたよ。武装も見た目が貧弱だと言ってたんだけど、試射した結果を見て目を見開いていたぞ。
後は、キャビンなんだけど……。もう少し広くしろと言われてしまった。リビングはこのリビングと同じぐらいの大きさになりそうだ。
それと、窓が欲しいとも言うんだよなぁ。強度不足にならないかと考えてしまったよ。
客室はリバイアサンの客室程にはならないけど、2つ用意しないといけないらしい。
メイドさんの部屋は3部屋だ。客室の半分もないツインルームになる。それとメイド長は個室ということになるらしい。ダイニングとサニタリーについては特に無かったけど、寸法をやたらと入念に測っていたんだよなぁ。何か運ぼうとしてるんだろうか?」
最後に、「とりあえずアテナに改修を頼んでおいたよ」と言っていたけど、たぶん豪華な調度を運ぶんだろうな。
それを見て、再び驚かないと良いんだけどねぇ。
「王女様達で新造艦を動かせるのかい?」
「それは問題ない。ちょっと過激なところがあるけど、ボルテ・チノは頑丈だからね。慣性制御装置と半重力制御装置があるから、例え最大速度で岩壁に突っ込んでも時速20kmで衝突したぐらいのショックを感じるぐらいだ。バケットシートに4点式シートベルトだから操縦席から飛び出すことは無いんじゃないかな」
それにしても、ボルテ・チノねぇ……。確か、歴史に出てきた名前だったんじゃないかな?
そんな俺の脳裏に、『蒼き狼』という言葉をアリスが囁いてくれた。
草原を掛ける1匹の狼か……。確かにそんな感じのする陸上艦だよなぁ。
それでいて、安全性は高いってことになる。
そうなると、やはりメイデンさん対策を考えておく必要がありそうだな。
さすがに2倍は要求して来ないだろうけど、巡航速度で時速50ケム以上を考えないといけないだろうな。
やはり、半重力装置を改造して、見掛け重量を軽くしないといけないだろう。動力炉の出力も上げないといけない。そうなると空間魔法の魔法陣を幾つか追加することになるだろうから、カテリナさんの協力を仰ぐことになってしまいそうだ。
「かなり過激な陸上艦に思えるけど、狩りは出来るんでしょう?」
「筆頭騎士に頼んで、何度か狩りの一部始終を見せてもらいます。ボルテ・チノには俺達以外に搭乗しませんからね。狩りは俺と王女様達で行い、魔石の摘出はロボットに行わせるつもりです。アリスからこの世界のロボットを1体頂きましたから、それを元にアテナが6体のロボットを作っているところです。でも、市販はしませんよ。リオが開いた科学の門を進めば、そこにあるはずですからね」
確かにそうなるんだけどねぇ。それで満足しないのがカテリナさんなんだよなぁ。
「それなら、1体だけ私に頂けないかしら? 確か命令には従うんだけど、複雑な命令を理解できないとアリスから聞いてはいるんだけど」
「電脳を入れ替えていますから、かなりマシになっていると思いますよ。少なくとも魔獣の魔石を摘出できるまでの学習ができるんですからね。とは言っても……」
困った表情でアオイが俺に顔を向けて来た。
渡すことは出来るが、それによって引き起こされる変化が理解できないんだろうな。
ちょっと首を捻って考え込んでいる俺達に、わくわくした表情でカテリナさんが返事を待っている……。
「安全装置は設置しているんだろう?」
「先ずは3原則だな。それ以外にもリミッターをいくつか付けているし、計算能力は2次元方程式までだ。幾何学はユークリッドが基本だ。科学の知識についてはジュニアスクール程度というところだろう」
そもそも獣機の代用を図るロボットだから、あまり高度な能力にはならないようだ。
ロボット3原則がインプットされているなら、人間に危害は掛けないだろう。それに全てのロボットはアテナの監視下に置かれるはずだ。
「いつでも停止は可能なんだろう?」
「アテナの監視下にあるからな。俺達が停止命令をすることなく止まるだろう」
「なら、1体を貸与してあげたらどうだ。カテリナさんの事だから、それなりに見返りを期待できそうだ」
「ありがとう! 当然見返りは考えるわよ。でも、いつでも停まるってどういうことなの?」
「渡したロボットで危険な行為を行った場合は、その指示を与えた段階、もしくはその行動の途中で停止することで、周囲の人命を危険から回避します。ロボットは人間ではありませんから危険な任務を実行することが出来ますが、それによって二次的な被害を回避するための措置になります」
「要するに、危険な実験を頼めるけど、その実験で周囲の人間に危害が及ぶような場合は止まるということかしら?」
「その認識で良いでしょう。計算問題は得意ですし、力はトラ族3人分程度にはなる筈です。上手く使えばカテリナさんの助手として使えると思いますよ」
うんうんと頷いているけど、何か忘れていないよなぁ。
俺達の斜め上を行く行動をするから、心配してしまうんだよね。
「私も欲しくなりますね。計算が得意なんでしょう?」
もう1人、問題児がいた。こっちの王女様も過激なところがあるからなぁ。
とはいえあまり外に出ない人でもあることは確かだ。興味が天文学に向いているからね。神官としての身分もあるから、過激なことはしないだろう。
「アオイ……。申し訳ないが、もう1台何とか出来ないか?」
「1台も2台もアテナにとっては変わらないだろう。了解した。だが、ユーリル様用となれば、非ユークリッド幾何学をある程度使えるようにしておくぞ」
「そうなってしまうだろうな。だが、その課題に直面した時に使えるようにしておいて欲しい。この世界はまだまだユークリッド幾何学で十分に思える」
2つの幾何学にカテリナさんが興味深々だけど、これが課題になってくるのは天文学と測量だからなぁ。詳細な地図を自分達で作ろうとするまでは、非ユークリッド幾何学が浮上してくることは無いんじゃないかな。
15時を過ぎたところで、ユーリル様がアオイを連れて天文台へと向かった。口径1mの反射望遠鏡は星の世界をユーリル様に近付けてくれるかな?
変わった星を見つけたとはしゃいでいたが時期もあったけど、この頃は観測で得た結果に頭を捻ることも度々だ。
単なる観察から、観測へと変わったのだろう。それによって得た知見を元に、なぜそれが起こっているのかを考え始めたようだ。
そんな時期に分光器が手に入ったんだから、新たな観測によって情報が増えることが嬉しいのだろう。
アオイ達がリビングを出ると、カテリナさんが立ちあがって俺の手を握る。
まだ昼間なんだけどなぁ。それに俺は休暇中なんだよね。
「2時間は誰も帰って来ないと思うわ。ゆっくりと先ほどのロボットについて教えて頂戴」
「そうですね……」
据え膳食わぬは……、という話もあるからなぁ。
ロボットの泰明期から話をすることになってしまった。
だけどジャグジーでする話ではないよなぁ。話が終わるころにはカテリナさんがゆだってしまっていたからね。
とりあえず、シャワーで体を冷やして涼しいデッキで冷たい飲み物を飲ませることにしたけど、果たして俺の話を理解してくれたんだろうか?
それに、アオイに対する見返りも気になるところではある。どちらかと言うと、名電さん対策として俺の方に協力して欲しいところだ。
カテリナさんを抱えるようにしてデッキチェアーに座ると、アリスに頼んだがリ南無の強化計画の概要を確認する。
『ガリナムは帝国時代の戦闘艇ですから、魔道科学をあまり使用しておりません。私による改造は容易ではありますが、ボルテ・チノまでの改造は出来ませんでした。1つは船殻の材料です。ガリナムはセラミックと鉄の傾斜合金。ボルテ・チノは鉄ではなくチタンを主体にした傾斜合金です。強度的には3倍近い開きがありました。次に動力系についてはガリナムが融合炉と冷却用ナトリウムによる流体発電の組み合わせによる電力で多足駆動機関を動かしていますが、ボルテ・チノは数理演算駆動装置により作られたマイクロブラックホールによる空間の捻じれを用いています』
アリスの駆動回路と同じってことか!
いくら何でもやり過ぎだと思うんだけどなぁ……。
『装置自体は3世代ほど前の型を使用しているようです。その為出力その物は小さいですから、宇宙に飛び出すようなことにはならないでしょう。それでも3次元駆動は十分に可能ですから、恒星間航行の船舶に脱出艇としてなら十分に役立ちます』
「完全にブラックボックスにしておきたいね。さすがにコピーして駆動装置を作れるとも思えないけど」
『動力部は点検口をのぞいて、動力区画に入ることができません。点検口を開けるのはアテナだけですから、完全にブラックボックス化しているようです』
それなら、安心だろう。アリスによれば予備としてガリナムと同じ動力源も持っているようだから、動力はガリナムと同じと皆に説明しておけば良さそうだ。
「問題は、メイデンさんなんだけど……。やはり、大型化してしまうのかな?」
『ボルテ・チノと同等と言われると困りますが、巡航速度を毎時60ケムほどで良ければ半重力装置もしくは重力軽減魔法陣を組み込むことで可能になるでしょう。私は半重力装置を組み込むべきだと考えます。ワルターロケットを装備することで、地上10m付近を最大150ケムで飛行できそうです』
それらを加味した時のガリナムの大きさは、10m程全長が伸びるだけになるらしい。
とりあえず概念設計をアリスに頼んでおくことにした。
作るかどうかはメイデンさん次第だからね。