M-361 釣り好きが増えた
5日間の王都でのゼミを終えると、いよいよ本当の休暇が始まる。
もっとも次のリバイアサンへの砦建設資材の搭載を行わなくてはならないから、皆よりも3日早く終わることになるんだけどね。
2週間ほどの休暇の内、王都で5日、軍の基地で3日ということは俺の休暇は実質6日ということになりそうだ。
どちらかと言うと、リバイアサンへの資材搭載に関わる3日間が、俺の本島の自由時間に思えてしまう。
まぁ、こんなものだと諦めるしかないだろう。
先ずは、島の別荘に向かうとするか。
アリスに笑み―とフレイヤを乗せてコクピットを閉じる。
荷物はアリスの手の上に乗せたから、すでに亜空間へと収納しているはずだ。
上空に飛び立つと、すぐにアテナがアリスの隣に姿を現した。
アオイ達は、王女様を連れて砂の海に向かうらしい。アテナの機動を見せてあげると言っていたけど、あの陸上船の中も見せてあげるのだろう。リビングと寝室の調度を整えるとか言っていたからね。俺も通って来た道だけど、多分感性の違いに驚くんだろうなぁ。
俺達とは異なる上流世界で暮らしていた王女様達だからね。
俺のハンモックの隣に、もう1つハンモックを吊るしておいてあげよう。彼にも静かな時間が必要になるに違いない。
互いの戦姫が手を振って分かれたところで、亜空間移動を行い別荘前の広場に具現化する。急いでフレイヤ達と荷物を下ろしたところで再び王都へと移動する。今度はカテリナさんとユーリル様を運ばないといけない。
あまり遅いようだと、文句を言われるからなぁ。
どうにか機嫌が悪くなる前にカテリナさん達を別荘に運んだところで、2人の荷物を持って別荘に入る。
待っていたのは昨日王都を発ったメープルさんだった。
メープルさんの話ではフレイヤ達はすでに入り江に向かったらしい。ローザ達も来ているからだろう。一緒になって遊んでいると、リバイアサンに戻るころには日焼けしてしまうと思うんだけどなぁ。
「先ずは着替えましょう。リオ君は用事があるのかしら?」
「特にありませんが……」
自分に正直なのも考え物だ。言った瞬間にカテリナさんの目が光るのを見て後悔してしまった。
「それじゃあ、ちょっとお話しましょう。ヒルダにも確認するように言われているの」
「私も、一緒に聞かせて頂きます。まだ昼前ですからね。天体観測は夜しか出来ません」
太陽観測の重要性についても早めに教えておこう。俺の自由時間が少しは長くなるはずだ。
2人が客室の消えたところで俺も着替えをすべく私室へと向かう。
なんといっても、ここは水着が基本だからなぁ。メープルさんだって布地の大きなセパレートを着ているぐらいだ。
そんな水着があるんだからカテリナさんもそれにすれば良いんだろうが、いつでも俺をからかうような水着を着てくるんだから困った人だ。
防水ケースにタバコを入れて足にダイバーナイフを付ける。ここはプライベートな島だから、招かざる客は海賊になるんだろう。最低限の武装は必要に思えるし、たまに潜るといろんな魚がいるからね。中には鋭い棘を持ってる奴だっているから、間違えて釣り上げた時にはナイフが重宝することも確かだ。
ソファーに座ってタバコを楽しんでいると、メープルさんがコーヒーを運んできてくれた。
「今回は1度だけですよ」
俺の言葉に、パッと笑みを浮かべる。
「アオイ殿がいるから2回楽しめるにゃ。でも体重差はどうしようもないにゃ。何とか手を考えないといけないにゃ」
いかに俺達を倒せるか真剣に考えているんだよなぁ。
ある意味王家お抱えの暗殺者とも言える御人だから、いつでもそんなことを考えているのだろう。
対戦相手がいなくて困っていたとも言っていたから、俺とアオイは丁度良い訓練相手と思われているのかもしれない。
そうだ! カニを運んで来たんだった。まだ元気なカニだから、俺の代わりに出来ないかな? 後であった時に聞いてみよう。
前回は瀕死のカニだったけど今度はかなり生きの良いカニだからね。メープルさんも満足してくれるんじゃないかな。
昼食時になっても、まだ皆が帰ってこない。
フレイヤ達は水着に着替えて直ぐに湾に向かったけど、あっちでお弁当を食べているのだろうか?
カテリナさんとユーリル様を交えての昼食は静かなものだ。
アオイもまだ別荘に来ないんだよなぁ。あの陸上艦の操縦を王女様達が楽しんでいるのかもしれない。誰でも運転できるとは言っていたけど、性能がねぇ……。メイデンさんが欲しがりそうなのが怖いんだよなぁ。
一応、アリスにガリナムの強化案を作って貰っているけど、性能の2割アップ程度では許してくれないだろうな。
「午後から、分光器を望遠鏡に取り付けるんです。どんな結果になるのか楽しみです」
「あの光を虹色にする機械よねぇ。何が分かるのかしら? リオ君が星の色に着目するようにと話してくれたそうだけど……」
食事の後のワインを飲みながら、カテリナさんが早く教えなさいと言う目で見るんだよなぁ。
分かってしまったら面白みも薄れると思うんだけど、概略だけでも話しておいた方が良さそうだな。
「星の色で星の温度を知ることができるんですよ。これは分光器を使わずにできるはずです。鉄を熱すると、赤から段々白く変わりますよねぇ。それは温度によって鉄の放つ色が変わるからです。より高温になるほど白くなりますし、反対に冷えれば赤黒くなるでしょう。その関係を使って星の温度がある程度推測できるんです……」
吸収線スぺクトルを確認すれば、その星の組成まで分かるし、吸収線の位置がズレることで俺達が住む星系にその星が接近しているのか遠ざかっているのかまで分かる筈だ。それは宇宙の大きさを理解することに繋がるだろう。
広大な宇宙に浮かんだ小さな星系で生きている俺達の争いがつまらないものに思えてしまうに違いない。
「この世界の全ては100個程の元素から成り立っていると以前言っていたけど、あの分光器を使うことでそれが分かるのかしら?」
「全てが可能かと聞かれると、難しいと思いますがかなりそれで区分できることは確かです。それ以外の方法については、物理を応用することになるんですが、それはもう少し後で良いでしょう」
「当然私にも頂けるんでしょう?」
「カテリナさんの分は俺が預かってますから、安心してください。カテリナさんには、申し訳ないんですがそれを複製して貰えないでしょうか? 多分欲しがる人達が出てくると思います」
とりあえずカテリナさんの前に分光器を置く。
直ぐにカテリナさんが手に取って眺めているけど、さてちゃんと複製できるかな?
ダメな時にはさらに数台アオイに用意して貰おう。
「でも、こんな機械があるのを知っていてリオ君はこの存在を黙っていたわね。何か知友があるのかしら?」
痛いところに気が付くんだからなぁ。
「なぜ、分光分析ができるのかを考えると、その理由が分かります。結構理論が複雑であることは確かですよ。元素の構造体を理解することが必要です。何故そんな構造となるのか……、それをとことん追求する学問もあるんですが、それが生まれるのは
少なくとも今学んでいる学生の時代にはならないでしょう。例えば、ここに鉄があるとします。半分にして、その半分をさらに半分……。そうやってこれ以上半分に出来ないとなった姿が鉄を作る元素になります」
化学を志す連中には、そんな想像を常にして欲しいんだけどなぁ。
錬金術からの転向者が多いらしいから合成ということは理解できるようだけど、分離ということはあまり思い浮かばないようだ。
ほとんど手に入る物体は化合品だから、その分離を先ずは考えるべきだと思うんだけどね。自然に手に入る物を元素だと思っているんだろうか?
ちょっと先行きが心配になってしまうところがあるなぁ。
15時過ぎにメープルさんの案内で、アオイと2人の王女様が一緒にリビングに現れた。
俺達の姿に驚いていたけど、メープルさんが挨拶を済ませたアオイ達を客室へと案内していったから俺達と同じような水着姿で現れるのを待つことにした。
10分もしないで、3人が現れたところでとりあえずソファーに腰を下ろしてもらう。
「生憎と他の連中は出掛けてしまったんだ。普段と違って羽目を外しまくっているんだけど、そこはあらかじめそういうものだと思っていて欲しい」
「緊張の連続らしいからなぁ。それだけ騎士団の仕事はきついんだろう。了解だ。いつも緊張しているようなら、かえって問題だからなぁ。中々良い団長じゃないか」
アオイは肯定してくれてるんだけど、俺はどっちもどっとだと思っているんだよなぁ。ここまで羽目を外さなくてもねぇ……。
「普段は荒れ地ばかりを見ているからでしょうね。この島なら緑と蒼の世界。騎士団長達は小さな湾内で素潜りを楽しんでるし、筆頭騎士は騎士仲間と大物釣りを楽しんでるわよ。釣った魚は保冷して次の航海に持っていくの。アオイ君も釣りが出来るなら手伝ってあげて欲しいわ」
カテリナさんがそんな話をするから、アオイの目が輝いているんだよなぁ。アレクと一緒で釣り好きなのかな?
そうなると、俺だけ取り残されそうだ。やはり騎士は釣りの腕を競うことになるんだろうか。
「明日は、アレクさんと競ってみます。そうなると、どんな魚が釣れるか今日の戦果が楽しみですね」
「アレク殿は釣りがお好きですの?」
「ああ、昔一時凝った時期があってね。まぁ、俺の配属された部隊が海の近くだということもあったんだろうけど……」
王女様の問いに、昔を懐かしんでいるようだ。
俺と同じく元は軍人だったからなぁ。あちこちの惑星を移動したに違いない。
小規模な戦闘を何度か経験したなら、大規模な作戦に投入されるのは俺達一般兵士の通る道でもある。
その結果が俺でありアオイなのだ。
戦によって損傷を受けた肉体を徐々に機械化していくことになる。優秀な兵士は中々手に入らないそうだからなぁ。
最後には、全てをナノマシン化した体になる。
そんな体で戦を続ける内に、心の迷いが起こるのは必然でもあるのだろう。
ナノマシン化した者達は、20年も経たずに軍から去るのが常のようだ。