M-360 アオイは苦労人かもしれない
俺のゼミには、アオイと王女様達は不参加になってしまった。
王宮の迎賓館に滞在している、ナルビク王国の王子様達御一行と会談するために出掛けたようだ。
ヒルダ様がその会談の内容を気にしていたけど、アリスなら聞くことができるんじゃないかな?
アオイ本人から俺が聞いても良いだろう。アリスならアオイの話の整合性もある程度教えてくれるに違いない。
少し早くゼミを終えて、22時にリビングに戻ってくると、アオイがのんびりとワインを飲んでいた。
「終わったのかい? 明日は俺になるんだよなぁ。実験方法に問題が無いことから確認して始めようかな」
「まぁ、いつもの事だからね。学生の質問はアリスが答えを耳打ちしてくれるから、とりあえず恥をかくことは無いんだが……。アオイの方はどうだったんだ?」
「俺の方か。まぁ、ちょっと面食らった感じだったな。ナルビクの重鎮は王女達の話を内々で聞いていたんだと思う。終始にこやかな表情をしていたよ。あれが作りものだったら、よほど訓練したに違いないと思ったほどだ。
まぁ、聴いてくれ。問題は嫁入り道具だ。俺の別荘に必要な調度を全て用意するというんだ。その上、ナルビク王国の宮殿敷地内にも住まいを用意すると言ったからなぁ。
慌てて、それは返上することにしたよ。そうしたら、次は軍事基地を1つ渡すと言い出したから……」
かなりの好条件に思えるけど、俺への対応を参考にしたということなんだろうか?
リバイアサンの調度品は王宮の宝物庫から持ち出しているからなぁ。それにゼミを開く目的と、貴族の王宮内の部屋ということでこの館を貰っていることを考えると、それぐらいは諦めろということになるのかな?
「何とか交渉して、王宮内の小さな建屋と、ナルビク王国軍の軍事拠点を貰うことにしたんだが、さすがに男爵位を頂いたぐらいで軍事基地は問題だろう?
それでミネヴァ様の別荘という位置付けにしたんだが、実質は俺が管理することになりそうなんだよなぁ。
かつての軍事基地らしいから、それなりに塀に囲まれているし、宿舎もある。実験農場として使うには申し分ないとは思うんだが、いきなりだよなぁ」
そういうことか。彼に軍の一部を渡したということではないんだな。
軍が管理していた今ではほとんど利用価値の無い軍事基地があるから、それを使えということなんだろう。
とはいえ、ただ払い下げられてもアオイは困るだけだろうな。
維持管理を行う人達を集めないといけないし、それには資金が必要だ。
「軍事基地の位置は、王都から陸上艦で2日程東にある位置にある丘陵地帯だ。森もあるし基地の中に小さな川まで流れているらしい。それを聞くと理想的ではあるんだが、俺はヴィオラ騎士団所属の騎士だからなぁ。そこで暮らすわけではないから、俺のいない間の農場の維持管理を行う人達がいないと話の外になる。
そんな話をしたら、近くに獣人族の村があるから雇い入れれば良いと言われてしまったよ。男爵の下賜金は年間金貨10枚らしいが、ナルビク王国の新たな学府として学生を育てるのであれば、それに必要な維持費は全額王宮が保証すると言われてしまった。
さらに当座必要な機材等があれば、用意するからリストを作れともね……。既に農学校はナルビク王国の計画の中にあるようだ」
ここと同じようにゼミは開けないだろうから、ナルビク王国の学府内で行うことになるのだろう。そうすることで王都に滞在している間は王宮内の小さな館に住むことができる。
実験農場は、どこかの農園を買い取って与えるのかと思っていたが、使われなくなった王国軍の基地を有効利用するということだな。少し王都から離れているけど、俺としては問題が無いように思えるんだけどなぁ。
「とりあえず、アテナに農業機械の設計図を描かせているけど、この世界の動力は魔導機関と言う奴だろう? どんな性能なのか分からないから、場合によってはアテナからアリスに情報提供の依頼を行うかもしれない。それは許容してくれよ」
「もちろんだとも。案外特許を得ることができるかもしれないよ。それはギルドがきちんと管理してくれるから、結構な額が入って来るかもしれないよ」
「なら良いんだけどなぁ……。アテナと一緒に夜逃げしないといけないかなと、ずっと考えてたんだ」
冗談だろうけど、それなりに悩んでいたってことかな?
ナルビク王国がここまで乗り気だということは、エルトニア王国も後押ししてくれているのだろう。その辺りは学生の比率で分かるかもしれないな。
後でヒルダ様に、その辺りを確認しておいた方が良いのかもしれない。
「本も魔法でコピーができる。教科書にはならないだろうが、最低限必要な知識をパンフレットにして学ばせるのも良いと思うよ。それは王女様達に相談すれば直ぐにやってくれるはずだ」
うんうんと頷いていたアオイが、急に俺の顔を向けた。
「その、王女様なんだが……。本当に俺に降嫁してくれるのか? あれほどの美女だからなぁ。リオの奥さんの隣に立たせても遜色なく思えるんだ。俺でなくとも、良い縁談はあると思うんだけどなぁ」
「嫌いじゃないんだろう?」
「もちろんだ! だが俺が釣り合うのかと思うとなぁ……」
「なら問題なし。ありがたく迎えれば良い。それによって王国にもアオイにも利がある。ところで王女側から嫌われていることは無いんだよな?」
「それは無さそうだ。早く乗せてくれと言われ続けているぐらいだからね」
アテナとアオイの持つ陸上艦に乗りたいと、前にも言ってたなぁ。やはり深窓の御令嬢というわけではなさそうだから、案外3人で仲良く暮らせるんじゃないかな。
「リオの別荘に向かう前に、陸上艦に2人を招待するよ。何もないけど、調度品をそろえる為にも1度は見ておきたいと言っていたからね」
「ついでに高機動を見せれば、きっと気に入るんじゃないかな。リバイアサンほどになるとさすがに亜空間移動をさせるのは難しそうだけど、アオイの陸上艦はそれが可能なんだろう。その機動をミネヴァ様に一度見せれば、俺達と一緒に行動していても王宮内に波風を立てることが無いと思うな」
呼べば直ぐにやって来る。それならどこにいても問題はあるまい。
連絡手段は、さすがに魔同通信では無理があるだろう。ブラウ同盟の3王国にリバイアサンとのホットラインを作るぐらいはアリスアテナならできそうだ。
古代の失われた技術の際現を行ったとすれば、それが広まることも無いだろう。
長距離通信が科学技術の発展で可能になるまでには、まだまだ時間が掛かりそうだからなぁ。
「初歩的な分光分析装置をアテナ達が設計してくれた。アリスの監修も入っているからリオの方で確認してくれないか? 5セット作って、1つはここに置くよ。3つは俺が頂いて、残り1つはマッドなカテリナさんに渡せば丸く収まりそうだ」
アオイもしっかりとマッド認定しているな。
間違いではないんだけど、自分の好奇心に正直なだけだとこの頃は考えている。
とはいえそう思って行動するなら、大きな被害に遭わずに済むだろう。
「場合によっては、俺の方でも追加製作したいんだが?」
「それは任せるよ。確かユーリル様だっけ。天文学に興味があるみたいだからなぁ。星のスペクトル観察によって、どんな推論を断てるかが楽しみだ」
全くその通りだ。アオイが星の色に関心を持てなんて言うからだぞ。
上手く行けば、これで一気に200年近く天文学が進みそうだ。とはいえ、スペクトルの意味が分からないと話の外なんだけどね。
自分のグラスにワインを注ぎ、アオイのグラスにも注いであげる。
アオイが軽く頭を下げて、ポケットから煙草を取り出し、ジッポーで火を点けた。
同じような教育を受けた者同士で語ることが出来るのは、ありがたいことだな。アオイが事故でこの世界に来てくれたおかげで俺の気苦労がだいぶ減りそうだ。
「そうだ! 俺もアテナも、魔獣の狩り方と魔石の取り出し方が分からないんだよなぁ。魔獣の心臓近くにあるとは聞いているんだが、倒した魔獣をその場で解体して取り出すんだろう? 1度それを見てみたいんだが」
「ドミニクに頼んでみるよ。ヴィオラ騎士団の旗艦はリバイアサンになっているが、リヴァイアサンを見つけるまでは他の騎士団と同じように陸上艦に乗って魔獣を狩っていたからね。今でもドミニク達はヴィオラⅡという名の陸上艦に乗って狩りをしている。筆頭騎士のアレクも面倒見の良い奴だ。何度か狩りを見せて貰えば狩りの方法と魔石の取り出し方をアテナが理解してくれるだろう」
「リオの別荘に行けば会えるんだな?」
「会えるぞ。ところで、1つだけ忠告しておく。別荘でアレク達と一緒に行動すると、漁師生活が待ってることになるぞ」
アオイが首を傾げているけど、すぐに分かるだろう。
釣りは出来るか? と聞いてみたら、昔趣味にしていたと教えてくれた。
それならアレクと、良い友人付き合いが出来るに違いない。アオイをアレクに任せておくなら、今度こそ別荘の林でハンモックに揺られて昼寝を楽しめそうだ。
次の俺のゼミを利用して、フレイヤが王女様達とアオイを連れて王都に買い物に出かけたようだ。
アオイがいるなら護衛はいらないだろう。メープルさんと引き分けるぐらいだからなぁ。狙いはリバイアサンやアオイの別荘で過ごす衣類ということらしいから、アオイにとっては我慢の連続に違いない。
俺の別荘暮らしの様子を教えておいたから、水着と帽子それにサングラスはアオイも手に入れて来るに違いない。
夕食時間にリビングに戻ってみると、アオイがソファーに倒れるように座っていた。やはり精神的に疲れたんだろう。
様子を聞くと、一緒にいるのが恥ずかしくなるような婦人服専門店を巡って来たらしい。
「1つの店で十分だと思うんだよなぁ。そんな店をハシゴするんだぜ。結局購入したのは最初の頃に入った店なんだ……」
「それを我慢するのが男の矜持だと誰かが言ってたよ。でもアオイの私物も少しは手に入れたんだろう?」
「さすがに水着売り場でジロジロ見るわけにもいかないからな。その時だけは別行動をとって手近な店で揃えたよ。ついでに釣り竿も手に入れたぞ。リオの別荘が島だと聞いたからなぁ。大物釣り用の竿だ」
問題は腕だと思うんだけどなぁ。魚は道具ではなく腕で釣るものだとアレクが力説していたぐらいだ。
「お土産はワイン1ダースというところだ。これで我慢してくれ」
「気にしなくても良いぞ。結構、いろんな人物が訪ねてくるからな。今回もアオイがいると知ってやってくるかもしれない」
ローザ達は確実だろう。カテリナさんやユーリル様、それに導師辺りかな。
さすがにフェダーン様達は来ないかもしれない。アオイの処遇についてブラウ同盟の外交官達と調整が続くんじゃないかな。
かなり良い条件をナルビク王国が提示しているようだけど、ウエリントンやエルトニアとしても何らかの処遇を考えるはずだ。
まだ貴族ではないが、降嫁前にはナルビク王国の男爵位が贈られるはずだ。エルトニアもそれに倣うのかもしれないな。
そうなると、アオイの活動範囲にも影響が出るに違いない。
ブラウ同盟としては西に拡大すべく動いてはいるのだが、自国の騎士団の活動を円滑にするためにアオイの活動を西と東で半々にするぐらいの制約をアオイに出す可能性もありそうだな。