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M-359 アオイの講義(2)


 ティータイムが1時間というのは少し長く感じるけど、学生達に考えさせる時間も必要だろう。

 それに俺達だって、その後の話をどのように続けるかを相談することもできる。

 アオイが加わってくれたおかげで、俺も少し気が楽になった思いだ。

 明日は俺の番になるんだろうけど、アオイはどうするんだろう?


「俺か? 実験をやらせてみようと思ってる。この館では出来ないだろうけど、どこかに場所が無いかな?」

「学府に2部屋を用意して貰いましょう。結構空き部屋があるのよ。必要な品を明日の朝までメモを作ってくれるなら、午後には届けることが出来るわ」


「当座はそれで良いでしょう。ですが、将来的には小さな農場が欲しいところですね」

「実験農園と言う奴かい?」


「ああ、そんな感じだな。あまり暑くないところが良いんだが、そうでなくとも何とかなるだろう。外気と隔絶できるような場所も必要だ。交雑しないとも限らないからね」


 実験室で出来る事と、実際に育てることで確認することがあるということか。

 農園に隣接した学舎も必要だろうし、宿泊所も無いと困るだろうな。

 これは、ゆっくりと考えることになりそうだ。


 午後のゼミは、討論会に近い形で進んで行く。

 アオイの問いに学生が答えることで、その答えがなぜ出て来るのかを皆で確認することで新たな疑問がいくつか出てくるのが面白いところだ。


「さて、お茶の時間の前に俺が問いかけたことを覚えているかな? 1粒に豆を撒いて収穫までに必要な物は何か? 答えるのは……、一番左の君だ!」


 突然の指名に、ちょっと驚いているけど直ぐに顔を上げて、手元のメモを読みあげる。

 休憩時間中に、皆で相談していたんだろうな。

 彼の答えを、アオイが黒板に書き始めたけど……、それは俺にしか読めないぞ。


「誰か手伝ってあげた方が良いな。彼が書いた文字を読めるのは俺ぐらいだろう。アオイ、それはこの世界では既に廃れた文字なんだ。それを読み書き出来るだけで魔導師達がお前に集まって来るぞ。中には非合法手段をとるものも出て来るに違いない」


「この文字がか? 信じられんがリオが言うなら止めておこう。誰か、彼の言葉を黒板に書いて欲しい」


 そう言ってアオイが黒板の文字を消したんだが、カテリナさんが俺を恨めし気な表情で見てるんだよなぁ。

 古代語を教えた方が良いのだろうか?

 だけどカテリナさんだからなぁ。古文書を読んで、それを確かめようとするからねぇ。

 危険性が無いものなら問題は無いだろうけど、アリスに監視して貰うことになりそうだ。

 アオイが頭を押さえているのは、アテナから直接この世界の文字のプログラムをインストールされているのだろう。

 事前にやっておくべきだったと、反省してしまう。


「出来たかな? ……うむ。それほど間違ってはいない。この肥料と言うのが問題だな。これは後で別途考えてみよう。先ずは水に光、そして空気と熱ということになる。

 さて、これは常に必要なのかな? 隣の彼女はどう思う?」


 ずっと、男性だけに問い掛けていたから、かなり慌てているのが面白い。

 それでも、何とか平常心を取り戻したところで、「その4つは必要です!」と答えてくれた。

 植物が持つ葉緑体は水と二酸化炭素を光のエネルギーを使って糖を合成する。それが植物の成長の栄養素となるわけだからね。


「やはりそう考えてしまうか……。成長期の植物であれば、その答えが正しいのだが、発芽段階では少し異なるんだ。植物を相手にする実験は時間が掛かるんだが、発芽を観察するなら、さほど時間を必要としないだろう。

 先ずは豆を幾つか用意してくれ。

 次に、シャーレに脱脂綿を引き水を満たす。その上に豆を乗せて状態を観察することになるのだが、先程の4つの条件を確認する方法は……、隣の君はどんな方法を採れば良いと思う?」


 アオイの教え方は、俺以上に学生に考えさせる方法だ。

 騎士団に入らなくても、学府の教授として教壇に立ったなら、さぞかし学生に慕われる人物になるんじゃないかな。

 俺も少し教え方を変えた方が良いのかもしれない。

 学生達の反応を見ながら18時になったところで、夕食を取ることになった。

 俺達は退席するけど、学生達は1時間という食事時間も議論を続けることになるのだろう。


「明日は、アオイだけになってしまうんだが、大丈夫そうだな」

「やはり学生は優秀だよ。だが固定観念があるのが問題だな。昔からそうなっているというのは答えではないからね」


「植物を育てるというのは、簡単ではないんですね。土に種を撒くだけだと思っていたのですが……」

「何事も、奥は深いんです。学問となればなおさらですよ。リオの話では、かつては砂の海さえも緑が広がっていたということですから、目標はその再現になるんでしょうね」


 緑の荒野か……。それなら、少しずつ開拓も進められそうだな。

 食料の増産は人口の増加にも繋がるだろう。王族達が喜びそうな目標だ。


 夕食後は、学生からの質問にアオイが次々と答えていく。

 農学を学ぶ者は化学の学部にも通うようにアオイが告げたから、その意味を探ろうとしているようだ。

 植物を生育させるために必要な化学成分や初歩的な農薬による害虫駆除には化学の知識が必要だろう。それに、化学には有機と無機の種類があるからなぁ。

 物理学よりも農学の方で化学は発展するのかもしれない。

 さらには、統計学という数学的な知識も必要だと言ったから、物理学の連中も食指が動いている感じだ。

 統計は科学実験においても使われる。さすがに数学そのものを推し進めようと考えたことは無かったが、既存の学府の数学者達が俺達のゼミに加わる可能性もありそうだ。


「リオ殿より、1つの学問にのめり込まずに、他の学問を先行する者達と積極的に交流せよという教えはアオイ殿も同じなんですね」


「そうなるな。中にはその道をとことん追求しようとする者だっているはずだ。だけど探求過程で壁に当たったなら、全く異なる知見を持った人物の意見が案外役立つことがあるんだ。俺はそれを期待したいね。それと、1人でやるんではなく複数で事に当たる

べきだろうな。それだけ違った意見が出るはずだ。1人ではすぐに壁にぶつかってしまうよ」


 アオイのゼミも23時を過ぎたところで、お開きになった。

 次は明後日になる予定だ。明日は俺の番になるんだけど、さて、学生が出してきた課題の答えの解説から始まった方が良いのかな?

 今晩ゆっくりと考えてみよう。


 1階ではまだ学生達の声が聞こえてくる。

 風呂で汗を流した俺達は良く冷えたワインを飲みながら、学生達をどのように導いていこうかと話合う。

 既に2人の王女様は第2離宮に帰って行ったし、フレイヤ達は疲れたんだろうな。すでに夢の中だ。

 俺達の話を、カテリナさんとユーリル様が聞いているんだが、やはりウエリントンだけを考えるべきではないということでは一致している。


「陛下も渋々了承ということになったみたいね。さすがにウエリントン王国の突出は、同盟関係にヒビを入れかねないわ。ウエリントンでリオ君が始めた自然科学は直ぐに生活に結び付くことは無いと思うけど、アオイ君の農学はある意味実践的だから王国にも受け入れやすいというメリットがあるのよねぇ」

「それが陛下の渋る理由ということですか? まったく、大人げない話ですね」


 ユーリル様が呆れた顔をしてるんだよなぁ。明日にでも兄である国王陛下に文句を言いに行きそうな感じだけど、俺は関係ないよなぁ……。


「後はナルビク王国に任せましょう。あまり口出しするのも問題でしょうし、論文は全てコピーして3王国の王立図書館に収めるそうよ」


「10年も過ぎれば、学府を卒業した学生を講師にして、農園を営む人々に学ばせるということも考えられそうね。リオ君の領地が使えるんじゃないかしら?」


 急に俺に話が振られたから、びっくりした拍子に飲んでいたワインが気管支に入ってしまった。

 しばらくゴホンゴホンと咳き込んだところで、それは出来ないとはっきりと断る。


「俺の領地は、国境防衛地点そのものですよ。そんな場所で農業をするというのは、いざとなれば武器を持って侵略する隣国に立ち向かえるだけの能力が必要になります。騎士団を退団した人達を集めているのは、それができるからなんですけど……」


「となると、適当な農園を買い上げて王立農園とすることになるんでしょうね。王家が農業を営むということにはならないでしょうから、農学を学んだ学生を宮殿の園丁士として雇い入れ、農園に派遣することになるんじゃないかしら」


 畑で働く公務員ってことかな?

 それもおもしろそうだな。王宮内で働く連中よりも優遇すれば、それなりの地位として認められそうだ。


「兄を慰める話にはなりそうね。新たに設ける学府の下位機関になるのかしら?」

「それだと、余計落ち込むわよ。ナルビクに設けるのが探求の場で、ウエリントンに設けるのが実践の場と言った方が良いわよ」


 そんな話をしたなら、直ぐに農場を幾つか提供してくるんじゃないかな? 

 アオイに顔を向けて首を横に振ると、頷いてくれたからこの世界の危険性を少しは理解してくれたに違いない。


「何か、話が大きくなってないか?」

「だよなぁ。だけど他の学問と違って、直ぐに実践できるから理解しやすいし、その恩恵も想定できるからかもしれないね」


 物理が社会生活に直ぐに応用できるとは思えないからなぁ。それに引き替え農学と言う植物学の1つの分野は、その結果を具体的に知ることができる。

 同じように直ぐに生活に役立つとなれば薬学になるんだろうが、ある程度確率されているともいえる。薬を扱うギルドが、その原料と調合方法を独占しているらしい。

 でもカテリナさんは調薬を行うんだから、市販しない限り薬の調合技術は魔導師達には知られているということなんだろう。

 俺の始めた学問と違って、アオイの学問を学びそれを実践する農家が多くなってくると、現在の社会構造に変化が現割れるかもしれないな。


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