M-356 2人の王女様
ヒルダ様が手配してくれた馬車に乗り込み、第二離宮へと向かう。
さすがにエミー達はドレスではなくリバイアサンの制服であるツナギを着ている。俺達だけ楽な服装はズルイと言われてもねぇ……。
まぁ、正式な晩餐会というわけでもないし、事前にドレスコートを指定して来なかったからこれで良いのかもしれないな。
ヒルダ様達のサロン用としてカニを5匹確保してあるから、後でどこに納品すれば良いかを教えて貰おう。
生きの良い奴ばかりだから、その場で俺が倒さないといけないだろうな。
「これが王宮なのか? まだ建物が見えないんだが?」
「もう直ぐ見えるよ。それだけ広いんだ。周囲が森で囲まれているから都会ではあるんだが静かな場所なんだ」
そうしている内に、暗闇の中に白亜の宮殿が浮かび上がってきた。
窓から顔を出してアオイが眺めているんだよなぁ。やはり珍しい建物だということになるのだろう。
第2離宮に到着すると、ポカンと口を開けて建物を眺めているんだよなぁ。
お上りさん、そのものだな。俺もかつてはあんな風だったに違いない。
「アオイ、入るぞ!」
「ああ……、待ってくれ! 今行くからな」
エミーとフレイヤを両脇にして、エントランスを潜る。アオイは俺達の後ろから、辺りをキョロキョロと眺めながらも付いてきている。
「皆が待ってるにゃ。リビングにいるにゃ」
「ありがとう。ところで、服装はこれで良かったのかな?」
「こだわる人はいないと聞いてるにゃ」
なら安心だ。場合によっては招待主のヒルダ様に恥を欠かせてしまうだろうからなぁ。
メイドのお姉さんの後についてリビングに入ると、どこかで見たことのあるご婦人がヒルダ様と一緒にソファーに座っていた。その右手のソファーには2人の少女が俺達にお微笑みかけてくれている。
「ナルビクとエルトニアの王女様達ですよ。ナルビク王国のマルディナ様が連れて来て下さったの」
2人の少女が立ち上がると、ドレスの裾を摘まんで挨拶してくれた。
「ご丁寧な挨拶、過分に思えます。ヴィオラ騎士団の騎士リオです。隣がウエリントン王国より降嫁して頂いたエミー、その隣がヴィオラ騎士団の火器管制をしていたフレイヤになります。俺の左にいる人物は俺と同じく騎士のアオイです」
とりあえず自分達を紹介しえたところで、今度はマルディナ様が2人の少女の名を教えてくれた。
エルトニア王国の王女様はアナスタシアと言う名だ。綺麗な金髪の巻き毛の持ち主で瞳はエメラルドだな。
ナルビク王国の王女様はラミニエル。少し碧みのあるシルバープラチナの髪に灰色の瞳だ。2人とも聡明な感じが伝わって来るけど、アオイが上手く御せるかどうかちょっと楽しみになってきたぞ。
「やはり、エミー達にもドレスを着せてくるべきだったのでしょうか?」
場にそぐわない俺達の服装だからなぁ。思わずヒルダ様に尋ねてしまった。
「その姿で十分ですよ。ラミー、これが騎士団の普段の姿です。騎士団の制服といっても良いでしょう。全員が武装しています。それだけ砂の海で狩りをする騎士団は危険があるということになるのです」
「危険は何処にも存在します。私も射撃の腕はそれなりに誇れますよ」
「ラミーとお呼びください」と言っていたナルビク王国の王女様が自慢げに話してくれた。
射撃を趣味にしてたのかな? それなら色々と手伝って貰えそうだ。
「これで籠から出られるのですね。王宮は退屈そのもの。どこまでも続く平原を陸上艦で疾駆すると聞いただけで胸が躍ります」
エルトニアの王女様は「アニーと呼んでください」と言っていた。エミーの名がエメラルダであり、俺達がいつも愛称で呼んでいることを知っているようだ。
でも、籠の鳥ねぇ……。エルトニア王宮内もウエリントン王宮とさほど変わらないということかな? エミーが頷いているのは十分に理解できるということなんだろう。
とはいえリバイアサンで疾駆するというのは、少し難がありそうだけどね。
「1つ質問させてください。お二方は何かを動かしたことがおありでしょうか? 馬車とか、船とか……」
アオイの質問に、王女様達が互いに顔を見合わせて笑みを浮かべている。俺達に顔を向けるとラミエルさんが話しをしてくれた。
それによると、自走車を運転するのは日々の事だったらしい。ローザ並みの行動力があるんじゃないか?
自走車と聞いて首を傾げているアオイに、俺達が自動車と呼んでいるものに近い乗り物だと耳打ちしてあげる。
「それなら、その望みを叶えられそうです。大砲を撃ったことがあるならなおさら良かったのですが、基本は銃と同じでしょうから」
「駆逐艦の艦砲を撃たせて貰ったことがありますよ。でも動かない靴区間で固定された目標では……」
「大型砲と拳銃の違いが分かるだけでも十分です。ある程度別荘が出来たんですが、まだ調度が整いません。整い次第1度お招きしましょう」
アオイの言葉に、ヒルダ様達が首を傾げている。
確かに首を傾げるよなぁ。アオイの別荘は、陸上艦そのものだ。その説明をアオイがしないのが問題だ。
「おかしな話ですけど、アオイの言っている別荘は陸上艦なんです。アオイ、見せてやったらどうだ? まだ暮らせる環境ではないんだろうが、艦としては完成しているんだろう」
「そういえば、話してなかったな。ここで説明すれば良いのかな」
テーブル傍に仮想スクリーンが作られ、スマートな形状の陸上艦が表示される。
大きさを聞いて、ちょっとがっかりしていたようだけど、彼の陸上艦は大きさで判断は出来ないところが多々あるんだよなぁ。
「内部はプライベートの部屋だけになると?」
「この部屋より小ぶりのリビングと同じ大きさの寝室。後はダイニングにサニタリーと客室代わりの士官室が3つですね。軍の陸上艦と異なりかなりの操作を自動化しています。俺1人でもこの艦を動かせますよ」
「当然、速いのでしょう?」
「地上走行なら、50ケム以上で走れます。リバイアサンのようにある程度空中に浮かんだ状態であれば120ケムを越えられるかと」
その言葉を聞いて、2人の王女様の顔が輝きだした。
ひょっとしてこの2人、かなりのスピード狂なのかもしれないぞ。
「武装は魔撃槍を2連装ですか……。一撃離脱戦法で相手を翻弄できそうですね」
「見た目はそうなんですが……。魔撃槍とは異なる大砲なのです。アリスの持つレールガンと同じですから、戦艦の横腹を撃ったなら、船体を貫通するでしょう」
「この小さな船体で、戦艦を越えると!」
「超えるでしょうね。この艦がレッドカーペット時にあったならと思いますよ」
「どんな時でも後悔は出来ます。でも次に使えるということで希望を持つべきでしょう」
王女様達は、アオイが気に入ったのか、アオイの艦が気に入ったのか分からないが、とりあえず悪い印象を持ってはいないようだな。
これなら、一緒に暮らしても問題は無いだろう。
晩餐を頂きながら、荒野での暮らしをエミーとフレイヤが話してあげている。
たまに俺達に同意を求めて来るから、油断が出来ないんだよなぁ。
曖昧な事を言うと、しばらく一方的に言葉攻めを受けそうだ。
「明日からゼミを始めるんでしょう?」
「そのつもりです。学生から大分質問が届いていますから、その解答を作るのにアオイにも手伝って貰う始末です。アオイは魔導科学を知らないんです。アオイの知る科学は俺の知る自然科学そのものですから」
まぁ、という感じで王女様達がアオイに視線を向ける。
やはり魔導科学を知らないという存在はこの世界では珍しいというか、多分アオイ1人だけなんだろう。
「魔導科学の恩恵を受けなくとも、問題は無いのですか?」
「今のところ問題は無いようです。壁にぶつかるようなことがあればリオに相談すれば良いだけです」
「覚えようとは?」
「それに代わる術がありますから、覚えるメリットが無いと思っています。それで不都合が出て来るようなら、カテリナさんに相談してみます」
カテリナさんの名前で納得するんだからなぁ。カテリナさんは導師と同じで、他の王国でもそれなりの知名度があることに感心してしまう。
同盟軍の中だけかと思っていたが、他の王宮内にもその名は知られているみたいだな。
「明日は、どちらがゼミを行うのでしょうか?」
「アオイに任せようかと思っています。でもその間サボろうとは思っていませんよ。たぶん面倒事をカテリナさんとユーリル様が持ちこんで来るに違いないですから」
ユーリルさんは天文関連だろうけど、カテリナさんは何を持ちこんで来るのか分からないな。案外状況の確認ということかもしれない。
かなり状況に変化が出てきていることも確かだ。
魔獣の生態、新たな帝国の遺産それにアオイだからなぁ。
「リオ様はプライベートの島をお持ちとか。私達がお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。俺達が出掛けるのは5日目なんですが……、さてどうやって招待したものか」
エミーとフレイヤだけなら、アリス出一緒に連れて行けるんだけど……。
「アオイ殿の戦姫はリオ殿の戦姫と同じように思えると、フェダーンが話してくれました。それなら、アオイ殿の戦姫に2人の王女を乗せて行けるのでは?」
ヒルダ様の提案に、アオイが自分の顔に指を指している。思いがけない提案だったんだろう。でも案外可能なんじゃないかな。作られた年代に少し相違はあるが、コクピットの構造はそれほど変わらないだろうし、空間を広げる魔法は使えなくとも同じように
空間を操る技術をアオイ達は持っているからね。
「少し窮屈ですよ。それと申し訳ありませんが、ドレスではなくラフな服装でお願いします」
「噂の戦姫の機動を体験できるのですね! 是非とも乗せてくださいな」
王女様達が喜んでいるし、ヒルダ様達も笑みを浮かべている。
コクピット内で喧嘩するようなことはないだろう。亜空間移動をしないで、あちこち飛びまわるぐらいのサービスは彼にも出来るんじゃないかな。