M-351 帝国の遺物を手に入れたとしても
「叔母上がいらっしゃるとは思わなかった……。リオ殿、申し訳ないが客室をもう1つ提供して頂けまいか?」
「ご心配なく。オズエル殿の隣をご用意いたします。アルマーダ騎士団のお二方と連絡士官には申し訳ありませんが士官室となることをお詫びいたします」
俺の言葉に笑みを浮かべてエストさんが頷いてくれた。
王侯貴族と同じ待遇ということまでは先方も望んでいないのだろう。軍艦に俺が招かれた時でも士官室だったからね。
他の騎士団の関係者を招いた時は士官待遇ということで暗黙の了解があるのかもしれないな。
「自らの館を誇る貴族は多いのですが、リオ殿の館は別格ですね。まるで山小屋にいるようです」
「あれですね……。今は雪山ですが、高原の花畑や魚が泳ぐ海底の風景もあるんです。何らかの仕掛けで、かつてのこの世界の風景を映し出してくれているんですが、俺も結構気に入っているんです」
「外から見ると巨大な要塞としか見えないのですが、中はこのようになっていたとは……。他の者に伝えても信じては貰えないでしょうな」
「騎士団の旗艦として使っていますが、1つ問題があるんです。陸上の魔獣がこのリバイアサンに近付かないので、狩りに支障が出るんですよねぇ……」
俺の言葉に、やって来た連中が笑みを浮かべている。
贅沢な悩みと思っているのだろう。
だけど、騎士団となれば大きな問題になると思うんだけどねぇ。戦機輸送艇を作ったから少しは陸上でも狩りができるとは思っているんだけど、あまり試したことが無いのも事実だ。
「リバイアサンは、星の海で狩りができると聞きましたが?」
「出来ますよ。砦の建設現場に向かう途中で狩りをします。狩りは獣機で出来ますが、戦機を待機させれば安心でしょう。それに、狩をする反対側で釣りが楽しめます」
「カニが釣れるのだ。このテーブル並みの大きさだから、獣機と戦機で釣ることになる。星の海の珍味としてリバイアサンに乗りこんだ商会がいくらでも引き取ってくれるぞ」
少しは騎士団の赤字を補填できると考えているのだろう。エストさんが小さく頷いている。
「水棲魔獣を狩ったのは、片手で足りるぐらいです。10体を越えるようなら、私共の陸上艦を出すことになるのでしょうが、その時間がもったいないようにも思えるのですが?」
「10体どころではない。たぶん200を軽く超えるだろう。だが、狩には陸上艦も戦機も必要ないぞ。レッドカーペットで使用した獣機用の銃で事足りる。それもリバイアサンの陸上艦搭載時に使った斜路を広げるだけで済む。
念の為に戦機を待機させてはいるが、今まで使われたことはない。カニについても同じだ。釣ると言っても、クレーンの先にグリーンベルトに生息するイノシシやシカを吊り下げればしっかりとハサミでつまんでくれるからな。引き上げたところで銃撃すればそれで終わりになる」
ちょっと驚いているな。
まぁ、普段の狩りとは様相がまるで違うからね。
1度やってみれば、直ぐに理解してくれるだろう。
せっかく関係者が集まったのだから、改めて砦作りを第1砦の映像記録で説明する。
谷の前にリバイアサンが着底しただけで、工事が安全に進められることが理解できたみたいだな。最初にここにやって来た時よりもだいぶ顔色が良くなっている。
「今回の場所は、1つ大きな課題があるんです。この地図を見てください。星の海が谷に向かって張り出していますから、グリーンベルトと第2砦間の距離が数ケムもありません。さすがに魔獣がやって来ることは稀だと思いますが、グリーンベルトを縄張りとする獣はやって来ると思います。門を開着た時に入られると不味いので、門の周辺の武装強化を設計に加味した次第です」
「獣であれば、遅れをとるようなことは無いでしょう。ですがお心づかい感謝します」
「地下水については確認していない。谷であることを考慮すれば地下水は得られると思うが、それまではリバイアサンに頼ることになりそうだ」
「この砦の管理を任されるとなれば、御先祖に顔向けができます。さらには他の騎士団に対して誇れるでしょう」
「上手く維持して欲しい。他の12騎士団には別の任務を与えるつもりだから、つまらん諍いは起こらないだろう」
騎士団を上手く使っての王族ということかな?
確かに上手く使われているんだよなぁ……。
話が一段落したのを見計らって、メープルさんが夕食の準備ができたことを知らせてくれた。
同じフロアではあるんだが、少し歩くことになる。
皆をテーブル席に案内すると、テーブル席のベランダから見えるブラウ同盟の基地の姿にちょっと目を丸くしている。
「かなりの高さなんですね。陸上艦がずっと下に見えます」
「眺めが良いことは確かです。たまにベランダで皆とワインを楽しんでますよ。同じように外を眺められる場所がいくつかあるんですが、戦機の駐機場はかなり広いですよ。飛行機の離着陸ができますから、たまに騎士達が酒盛りをしています」
自分で言っておきながら、たまにならと思ってしまうのが情けない。
アレクは今回同乗して来なかったから、毎日ではないんだけどね。それでも結構な頻度であの離着陸台を皆が使ってるんだよなぁ。
メープルさんがメイドさん達仕切ってくれるから、まるでヒルダ様のリビングで食事をしているように料理が出てくる。
俺達騎士団の事もすこしは考えてくれているのだろう。本来なら1皿ずつ出てくるのが2皿、3皿と一緒に出てくる。
これなら問題なく頂けるな。
「少しはマナーを学んだようだな?」
「今夜は特別ですよ。いつもなら纏めて出てきます。狩りの途中ではのんびりと食事もできません。食べる時はしっかり、急いでを心掛けています」
そんな俺の言葉に笑みを浮かべているのは、フェダーン様が叔母様と呼ぶミネヴァ様だ。フェダーン様に軍人として恥ずかしくない訓練をしたらしいから、温和な表情を作っている美人は間違いなく肉食系に違いない。
王子様の後見人としての参加みたいだけど、フェダーン様を例にしたんだろうな。
普段は1個艦隊を指揮しているらしいけど、今回はその艦隊から巡洋艦を引き抜いてやってきたらしい。
「そういえば、ウエリントンの学府に新たな学科が出来たと聞いたのですが?」
オズエルさんの言葉に、カテリナさんが飲みかけていたグラスをテーブルに戻した。
「出来たわよ。何と、魔法を使わずに済む方法を考える学問なの。大きくは自然科学という分類になるんだけど、その中にいくつかの学科を持つことになったの。新たな学問だから担当教授も手探りで学生と一緒に考える始末なんだけど、統合したゼミを定期的に開いているわ」
自慢げに話しているんだけど、まだ誇るようなことはしていないと思うんだけどなぁ。
「面白そうですね。我が王国からの参加は可能なのでしょうか?」
「同じブラウ同盟の王国だから、王国間の了承は難しくないと思うんだけど?」
あまり例が無いということかな? 最後にフェダーン様に視線を向けるぐらいだからね。
「問題は無いように思える。となるとエルトニア王国を無視することにもいかぬだろうな。ヒルダに伝えておこう。遅くとも次の休暇の終わりには何らかの取り決めができるだろう」
認める事自体は問題が無いということになるのだろう。神官達は遠くの王国にまで足を延ばしているらしいからなぁ。王国としても、学ぼうとする者を拒むようでは先が短いようにも思える。
「新たな学問を始めた人物は、ここにいるリオだ。将来的には魔気が無くなるという独自の理論をブライモス導師に評価され、ウエリントン学府で博士の地位を得ている。魔気が無くなっても我等の暮らしに変化が無いよう魔導科学を代替できる科学を切り開くのが目的なのだが……。どうやら、古代帝国はその科学によって滅びたということがリオ達の調査で分かってきた。科学技術の発展によって再び大戦を起こさぬようにするのは我等王族の務めに思う」
「古代帝国と同じ技術が使えると!」
オズエルさんが驚いている。声が少し裏返っているみたいだ。
ミネヴァさんまで厳しい視線を俺に向けているんだよなぁ……。
「だんだんと魔法が使えなくなる……。そんな状況を甘んじて受けるというなら、リオ君の試みは必要ではなくなるわ。でも、それが現実のものになってからでは遅すぎるの。誰も、それを回避する術は持っていないんだから……。それで魔導科学の代替となる自然科学という学問を立ち上げたんだけど、正確に言うなら魔導科学が自然科学を代替したと言っても良いでしょう。
かつての帝国全盛時代でさえ魔導科学は持っていなかった。魔導科学は古代帝国の内戦の最中に発見され発達したことがつい最近分かったの」
「驚きましたね……。私も古代の文献は読みましたが、そんな話をどこで知ったのですか?」
「砂に埋もれた古代帝国の乗り物よ。このリバイアサンは自然科学と魔導科学の両方が使われているけど、まったく魔導科学が使われていないものを発掘したの。その中にある記憶装置で知ったの」
「まだまだ砂の下には帝国の残滓が残っていると?」
「残っているわ。それ発掘して調査しようとした時に起こったのが、ハーネスト同盟のあの惨劇よ」
ウエリントン王国からある程度の情報を得てはいるのだろう。
かなり驚いてはいるけど、どちらかというと他人事のような思いが伝わってくる。確かに他人事ではあるんだが、場合によってはそれが自分達にも降りかかる可能性があるとは思ってもいないようだ。
「ハーネスト同盟を構成する3王国の1つ、サザーランド王国はこの世界からすでに消えてしまった。かつての領地と国民はまだ残ってはいるけど悲惨な状況よ。残った2つの王国が援助をしているのか、それとも切り取りをしているのか分からないわ。私達ができるのは痛みを和らげる麻薬を飛行船から落とす事しかできない……」
「リバイアサンのような優れた遺物を見付けても、それを運用するのは極めて危険であると?」
「場所とその方法によると思う。少なくとも自国に持ち帰って行うのは、サザーランドの二の舞になりかねない。行うなら100ケムほどの範囲を人払いして、命の惜しくない者達に行わせることね。発掘してもそれがどのように使われるのか、私達には皆目見当すらつかないものばかりの筈よ。興味は自らの王国を滅ぼす事になると思うわ」
「でも、ウエリントンは隠匿空間を使い、このリバイアサンを動かしているわ。それなら、その情報もブラウ同盟内の共有情報として良さそうに思えるんだけど?」
さすがはフェダーン様の叔母さんだけの事はあるな。
確かにその論理は正しく思える。でも、大きな思い違いをしているようだな。
「生憎と、リバイアサンも隠匿空間もウエリントン王国の物ではないのだ。リオが見つけて、リオがそれを動かす古代文字を読み取った。リオなら古代帝国の文字を読むことが出来る。その理由はパラケルスに一時的に拘束され拷問を受けていたことに起因している」
「良くも脱出できたものですね。でも、それは危険が未だに続いているように思えます。パラケルスが過去の遺物を見付けたなら、それを利用できるということですから」
「それは無い。リオは友人に手でパルケルスの元から救出されている。その時、友人の手によって砂の海の地中深く生き埋めにされたらしい」
「では、古代帝国文字を読み解けるのはリオ殿とその友人に2人ということですか!」
ミネヴァ様の声に、フェダーン様が小さく頷いて答えている。
確かに問題ではあるんだよなぁ。だけど、古代文字を読んでも科学的な知識が無ければ何を言っているのか皆目わからないと思うんだけどねぇ。