M-345 慌ただしい休暇が終わる
せっかく来たんだから、開拓の様子を確認しようとアリスに乗ってガルトス王国との国境線上を南北に何度か移動することにした。
移動しながら地上を撮影し、その航空写真を基にアリスが地図を作ってくれるそうだ。
国境線を中心に西100km、東は150kmの範囲を地図にしておけば、ハーネスト同盟軍の侵攻時に役立つに違いない。
あまり起伏が無い土地ではあるが、アリスなら標高差1mで等高線が引けるからなぁ。
開拓にだって重宝するに違いない。
「綺麗な区画で畑が出来てますね。アレク様の実家の農園よりも区画がしっかりしてますよ」
「見通しが良いからだろうね。1辺が300m四方らしいよ。1家族で4面を耕すらしい。とは言っても、1つは休耕させると言っていたな」
「地力の回復と言う事なのでしょう。雑草を鋤き込めば地力の回復も捗ります。でも、この世界では肥料はあまり需要が無いんでしょうか?」
アレクの農園では、畑の一角で有機肥料作りをしていたな。雑草や野菜屑、鶏の糞などを積み上げて自然に任せたていたようだ。だけど規模が小さいからなぁ。あれを使うとしたら、畑の一部だけになってしまいそうだ。
「有機肥料の概念はあるみたいだね。さすがに化学肥料は無いみたいだ」
「植物を定照ための栄養素という考えが無いのかもしれませんね。化学肥料を作るのは簡単ですが、なぜそれが必要なのかを教えることも大切に思えます」
「水耕栽培でも学生に教えてみようか。もっとも水で植物を育てるなんて言ったらどんな顔をするんだろうな。だけど、その前にリバイアサンで試してみたいね」
「実験装置の設計図を作ります。カテリナさん達が興味を示すかもしれませんよ」
絶対に示すだろうな。そして必ず言うに違いない。『リオ君。植物は土で育てるのよ!』ってね。
偵察を終えた翌日からが、俺の休養になる。
出来ればのんびりと昼寝をしたいところなんだけど、俺の休養はfレイヤたちの休養に合わせないといけないのが難点だ。
先ずはローザ達と一緒になって、素潜りを楽しもう。
「やはり兄様は別格じゃな。我等が付いた数よりも多いとは……」
ローザが尊敬の眼差しで感想を述べてくれたから、思わず笑みを浮かべてしまった。
浜で取れた魚でバーベキューを楽しむのは、俺達だけのプライベートアイランドだからだろう。マイネさん達も一緒になって舌鼓を打っているんだが、相変わらずアレクだけは肉を焼いているんだよなぁ。
釣り好きではあるんだが魚嫌いと言うのがねぇ……。
「明日は、俺達と一緒に釣果を競うぞ。銛の腕はあっても釣りの腕は俺達が上だと思うんだが」
アレクの言葉に、ワインを飲んでいたベラスコがうんうんと頷いている。
ベラスコもしっかりアレクに感化されてしまったからなぁ。
将来が何となく見えてしまうんだよね。
「私達も、頑張ってるんだからね。ヴィオラ騎士団の為に少しは強力しなさい」
フレイヤ達は天然真珠を採っているんだが、今日の獲物は3個だけだったらしい。だけど商会に売ってヴィオラ騎士団の予算に組み入れるなら先程の話に頷けるんだけど、結局自分達で分配してしまうんだからなぁ。
自分のアクセサリーを自ら探すと言うのなら分かるんだけどねぇ……。
「明後日は、フレイヤ達に付き合うよ。先ずは男同士の勝負をしないとね」
「そうだ! 良く言った。まったくその通りだぞ!!」
既に酔っているアレクにたっぷりとワインをカップに注がれてしまった。これを全て飲んだら、明日の結果は釣を始めるまでもなく俺の負けが決まってしまいそうだ。
夜遅くまで浜辺で酒盛りを楽しむ。
後は、シャワーを浴びて一眠り。
俺の休暇はこうして消化されていくんだよなぁ……。
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王都の雑貨屋で手に入れたハンモックで昼寝を楽しめるのは何時になるのだろう。王宮内に貸与して貰った邸宅にもハンモックがあるから、案外あの林の中で昼寝を楽しむ方が早く来るかもしれないな。
とりあえず俺達の休暇が終わる。王都の港までクルーザーを使って皆は移動するとの事だが、俺だけ先に王都に向かいフェダーン様達とリバイアサンを使っての工事資材搭載の最終打ち合わせをしないといけないんだよなぁ。
「私達は洋上で一泊して、王都に戻るわ。リバイアサンへの資材搬入は3日後になるから、明後日は王都で買い物をしないといけないの。交渉事は全てリオに任せるとドミニクが言ってたわよ」」
「前回の資材搭載を踏襲するよ。砦そのものは前回と同様に谷を利用して作るからね。次はナルビク王国の担当になる。フェダーン様の母国でもあるから、心配なんじゃないかな?」
俺はリバイアサンの戦機部隊の一員のはずだ。
資材搬入ともなれば、エリー達の仕事の範疇になるように思えるんだけど、フレイヤ達と買い物の相談ではしゃいでいるからなぁ。
俺と一緒に会議に出てくれ、とも言い難いところだ。
「少なくとも、明日の夜には王宮の館で合流するわ。少し遅くなるかもしれないけどね」
フレイヤの言葉に、取り合えず頷いておく。
多分、サロンへの誘いを受けないようにとのことだろう。
フレイヤがずっと憧れていたドレス姿でのお茶会なんだから、少しは我慢しても良さそうに思えるんだけど、理想と現実は違っていたということなんだろう。
「それじゃあ、先に行くよ。待ってるからね!」
女性達に声を掛けたところで、着替えを入れたバッグを手にリビングを出る。
別荘前の広場に、アリスを具現化させると直ぐにコクピットに収まり上空に飛び立つ。
「直ぐに、移動しよう。出来れば向こうでのんびりしたいところだ」
「了解です。館前に亜空間移動を行います!」
一瞬景色が歪むと、目の前に石造りの邸宅が現れた。
朝方にヒルダ様に連絡を入れてあるから、アリスから降りているとメープルさんが玄関から出て来て出迎えてくれた。
「リオ様1人かにゃ?」
「今回は俺1人です。ひょっとしたら、明日の昼頃にカテリナさんが来るかもしれませんが、エリーやフレイヤがやって来るのは明日の夜になるはずです」
「了解にゃ。会議があると聞いたにゃ。ここでも密談は出来るにゃ。館の周囲は私達が見張ってるにゃ」
俺に手を差し出してきたのは、俺が持っているバッグを受け取るということかな?
「洗濯物ばかりですよ」と言ったんだけど、しっかりと受け取られてしまった。
「見習いがいるからだいじょうぶにゃ。洗濯は修行の一部にゃ」
そうなのかな? と考えている俺の背中を押すようにして、館の中に連れ込まれてしまった。
2階に上がって、リビングのソファーに腰を下ろすと、直ぐにコーヒーが出てくる。
持って来てくれたお姉さんが鋭い視線を向けて来たけど、このお姉さんも王宮の闇を支える1人なんだろうか?
「ミーシャ……。リオ様はミーシャには無理にゃ。私でも相打ちを覚悟する相手にゃ」
「そんなふうには見えないにゃ。王都の裏通りにたむろしている若者と同じに見えるにゃ」
なんか酷いことを言われているようにも思えるけど、気にしないでおこう。
メープルさん1人でも厄介なのに、裏の連中総掛かりともなれば俺の負けは目に見えているからね。ここは大人しくしていよう。
「十分に強いにゃ。出来れば王子様の傍に置きたいぐらいにゃ。相手に強いと思われないから好都合にゃ」
「本当かにゃぁ?」
まだ疑ってるんだよなぁ。そんなミーシャさんを困った娘だという目でメープルさんが見ているんだよね。
「せっかく来たんだから、明日は一緒に体を動かすにゃ。ミーシャもそれを見れば分かるにゃ。でも、離れて見るにゃ。近くは危ないにゃ」
メープルさんの言葉に渋々頷いているんだけど、ここに来るとやはり1度はメープルさんと手合わせということになるんだろうな。
「明日の10時でどうですか? それまでには起きられると思います」
俺斧言葉に、顔をニパッと輝かせているんだよなぁ。本当に御老人なんだろうか? 案外それは敵を欺く姿とも考えられるんだよなぁ。
メープルと言う名が、代々王国の暗部を担う1人に受け継がれているのかもしれない。
「今夜は誰も来ないにゃ。のんびりするにゃ。夕食の希望はあるかにゃ?」
「別荘で散々飲み食いしてきましたからねぇ……。ジャムを塗ったパンと、あっさりしたスープで十分です。出来れば果物を付けてください」
「質素にゃ……。貴族はもっと食べないといけないにゃ!」
そうは言ってもねぇ……。元々が騎士団暮らしだから贅沢は慣れてないんだよなぁ。
それで十分ですとメープルさんに告げると、2人がリビングから出て行った。
窓を開けて、タバコに火を点ける。
丁度コーヒーが冷めたから安心して飲める。チビチビ飲むよりも、ゴクリと飲みたいからね。
「アリス。次の砦の建設予定地を見せてくれないか?」
独り言のように呟くと、直ぐ目の前に仮想スクリーンが作られる。
映し出されたのは、上空から撮影された谷の全景だった。
これなら、前回の砦とそれほど大きく変わることが無い。強いて言うなら谷に向かって湖の入り江が伸びているぐらいだな。その距離はおよそ3ケムと言うところだ。おかげで谷の入り口近くまでグリーンベルトが伸びている。
これでは魔獣の通り道近くに砦を作るようなものかもしれない。
魔獣はともかく、グリーンベルトに住む獣はやってくる可能性が極めて高そうだ。
砦そのものは同じように作るとしても、周辺監視を重視した構造でないと砦内に獣が侵入する可能性がありそうだな。
陸上艦の出入りで長時間砦の扉を開くだろうから、その間の監視と防衛対策が別途必要になるだろう。
駆逐艦の砲塔を備えるよりも、もっと軽快な射撃ができる砲塔を設けなければなるまい。
飛行機に搭載している銃を銃架に付けて門の左右に銃座を設けた方が良いのかもしれないな。
あれなら、少し大型の獣でも対処できるだろう。魔獣には効果があまりないだろうけど、それは大砲で処理すれば良い話だ。