M-336 リバイアサンで王国へ
途中で狩りと釣りをしたところで、今回は星の海を南西に向かい海上に出ることになった。
アリスや飛行船ならその日の内に王都に到着できるのだが、リバイアサンとなると8日は掛かりそうだな。
長距離を移動するのは久しぶりだから、ドックの装甲扉や離着陸台を開放して乗員達が日光浴を楽しんでいるようだ。
水上から10m程浮上しているから、水棲魔獣もドック内に飛び込んでくることは無いだろう。
万が一にも大型魔獣が接近すれば、制御室から直ぐに警報が出るはずだ。
同時に待機している獣機や戦機達が駆けつけてくるはずだ。
出動したくてうずうずしている連中だからなぁ。頼もしい連中ばかりだ。
「リオ君は、出番がないってことね?」
「獣機と戦機で対応可能なら出張る必要はないでしょう。とはいえ、どんな魔獣が潜んでいるか分からないというのが現実です。ここにいるなら、直ぐに出動できますよ」
亜空間移動がここからできる、ということが分かったからね。キックボードで長い通路を移動していたのが夢のようだ。
「リオ様に頂いた反射望遠鏡の性能は凄いですね。それまで使っていた望遠鏡と比べると、惑星の模様まではっきりと見えますし、淡い光の塊に見えていた星の形が良く見えます」
「星の地図作りは学生達がやっているのね。ユーリルは、その不思議な天体を調べているってことかしら?」
カテリナさんとユーリル様と一緒に、午後のコーヒータイムをのんびり過ごしていると、話題が星雲団に移ってきた。
毎晩あちこち眺めているようだけど、どうやら特徴のある星雲団を見付けたってことかな?
口径が30cm程もあるから、集光力も十分だろう。それで満足できない時には、今磨いている口径1mの反射望遠鏡を使うことになるはずだ。
あまりの大きさに手で持つことができないから、三脚を作って鏡面ガラスを吊り下げながら磨いている。のんびり磨いているから、完成はずっと先になりそうだ。
「なるほど……。この4種に分類できるってことかしら?」
魔道具なんだろうな。カテリナさんの持っているものとは少し異なるプロジェクターを使って壁に画像を映し出している。
スケッチのようだが、下に番号が付いている。4桁の番号だから、見つけ次第番号を付けているのかもしれない。
「淡い光の固まり、紡錘状に広がる光、中心が明るいもの、まるで砂粒のような小さな星の集合体……。千差万別なのですが……」
4つというのは、どうやら散光星雲と球状星団、それに紡錘型銀河と渦巻き銀河のようだな。
散開星団も加えるべきかもしれない。それに紡錘型と渦巻き型は基本は同じだと思うんだけどねぇ。
「当然、リオ君はこれが何なのか知ってるんでしょう? それぐらいは教えて欲しいところだけど?」
「先に答えを求めるんですか? その前に、ユーリル様が使っている写真機はカテリナさんから手に入れたものですよね。撮影画像を重ねることは出来るでしょうか?」
俺の問いに首を傾げていたが、最後に小さく頷いてくれた。
出来るってことだから、画像の重ね焼きで映像を鮮明化することが出来そうだ。
惑星の撮影にも使えるし、微光天体には是非とも必要な機能でもある。
「同じ天体を10枚ほど撮影して重ね合わせてみてください。それだけでも今までぼんやりとした画像が少しは見えてくると思いますよ。
それと分類についてですが、それはどんな天体なのかを考えてみることが大事だと思います。見掛けは似ていても全く異なる天体もあるでしょう。
分類についてですが……」
その天体は大きいのか小さいのか、これは見掛けではなく本来の大きさを考えることが大事だろう。
ユーリル様がスケッチした微光天体は大きく2つに分けられる。
1つは距離の違いということになるだろうし、それは同じ銀河かそうでないかという区分にもなる。
散開星団、散光星雲、球状星団、渦巻き状銀河の4つについて特徴を教えることにした。これぐらいなら参考書を覗き見する感じだろう。
「確かに、星が纏まっている場所がいくつかありましたが、あれが散開星団ということですね。散光星雲は星ではないということは納得しますが、渦巻き状銀河がこの不思議な形をした銀河になるというのが信じられません」
「渦巻き状銀河を斜め上から見るとこんな形になるんです。真上から見ると渦を巻いてるように見えます。中心部が丸く光っているのはそれだけ星が集まっているからなんです。もちろん、渦の腕も星がちりばめられていますよ。この状態を動かしてみると……。今度は明るい球体に2本の光の棒が伸びている感じに見えるでしょう? このスケッチはこの角度を見ていることになるんです」
「立体的な構造で集まっている星々が銀河なのね。その銀河を見る角度が異なることからいくつもの種類に見えるってことかしら?」
「そうです。さらに大口径の反射望遠鏡を使うと、また異なる形状の銀河を見ることができますが、現状ではこれで十分だと思います」
「散光星雲は自ら光るわけでは無いということなんでしょう? それも不思議な話よねぇ」
「宇宙空間の塵やガスの集まりだと思ってください。塵が多ければその姿が黒く浮かび上がります。ガスの場合は近くの星の影響を受けて光を放つ場合があるんです。その内に物理学もしくは化学の連中がガスを発光させると思いますよ」
「星の集まりが薄いと散開星団になるし、多いと球状星団になるのも面白いわ。当然数の違いはあるんでしょうけど、どれぐらいなのかしら?」
「散開星団なら数えられますよ。星の数も数百ぐらいなものです。球状星団は数百万ほどの星が集まってます。その上は銀河ですね。約2千億個の星の大集団になります」
数の大きさに圧倒されてるみたいだな。
膨大な数だから、数えようなんてことは考えない方が良いのかもしれない。
「ユーリル様が作っている星図は6等星までを描くそうですから、全天で1万個程度になるでしょう。南半球でしか見えない星を除けば、5千個程度というところでしょうか。その星図に俺達のいる銀河を描いてください」
「あの星の大集団ですね。さすがに個々を描くのは無理ですから、おおよその範囲を描いておきます」
「その時に、見えた星の散開度を確認しておくと良いですよ。結果をどのようにユーリル様が考察してくれるか楽しみです」
星の大集団の中に俺達はいるのだが、その中心にいるわけでは無い。
夜空を眺めても明るい星はそれほどない。それは俺達が属する銀河系の辺境部に位置することを示しているのだが、ユーリル様はそれを洞察することができるかちょっと楽しみだ。
「フェダーン様から、明るい星だけを示した星図と星の位置の表が欲しいと言われたのですが、これはリオ様の要望でもあるということでしょうか?」
「早速、来ましたか。陸上艦の位置を確認するための天測に役立てることができます。
現在は太陽を使っていますが、星はたくさんありますからね。天気が悪くともいくつかの星が出ているなら時計と六分儀を使うことで緯度と経度を計算することができます」
「それに使うのが、これになるわけね? 単なる計算機だと思っていたんだけど……。それに、この目盛りが気になるのよねぇ……。3つあるんだけど、そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」
丸い計算尺を白衣のポケットから取り出すと、ユーリル様が手に取って首を傾げている。
「これで計算が出来るのですか?」
「出来るわよ。もっとも、割り算と掛け算だけ、しかも上2桁だけが有効数値なんだから面白い代物ね。複製品を後で上げるわ。結構使えるわよ」
2人でカーソルを動かしながら、話をしているから使い方を簡単に説明しているのだろう。
「カテリナさんは、三角形の内角の総和が180度になることは御存じですよね?」
「学生達の一般常識だけど、リオ君はそれを否定したんじゃなくて?」
笑みを浮かべているのは、球体ではそれが成立しないことを学生達に教えたからだろうな。
「平面では成立するのですから、それはそれで使えるものと考えるべきでしょう。特殊な空間座標では成立しないということを頭の片隅に置いておけば十分です。
その三角形の特性ですけど、1つの辺の長さと角度が分かればもう1つの辺の長さが導き出せるんです。
計算尺に、SIN、COS、TANと描かれているのが分かると思いますが、それは基準となる辺の長さと相対する辺が作り出す角度をカーソルに合わせることで、もう1つの辺の長さを導き出す仕掛けってことになります」
「この辺を基準として、左手の角度……、斜辺とこっちの短い立線の関係という事ね。カーソルを合わせて、角度はこの目盛りになるわけか……。その答えは、フムフム……」
直ぐに始めたみたいだ。
三角測量なら十分に役立つはずだ。対数なんて代物もあるけど、そこまで数学は進んでいないようだから、まだ教えないでおこう。
数日が過ぎると、ユーリル様が笑みを浮かべていたから、星の位置計算が格段に進んだということなんだろう。
計算尺の複製を、たくさんしておいた方が良さそうだな。
4日かけて星の海を越え、3日かけて陸地を横切り海に出る。
監視所の人数を増やして進行方向に人家や人がいないことを確認しての横断はヒヤヒヤものだ。人家の無い荒地をある程度調べておいた方が良いのかもしれない。リバイアサンを南の海まで動かすのは、これが最後とも思えないからね。
明日はフェダーン様から指定された、港近くの砂浜に到着する。
わくわくした気分ではあるんだが、その前にある予定がねぇ……。
「ドレスは準備が出来てるから、問題はないわよね?」
「野外のティーパーティがあるそうです。室内のサロンとは異なりますから、母様に確認しないと……」
エミー達の困った顔を、カテリナさん達が笑みを浮かべて見ている。
カテリナさんはともかく、ユーリル様ならサロンからの招待状が届きそうに思えるんだけど……。