M-332 やはりリバイアサンは落ち着ける
命令されたことを遂行するだけが軍人だと思っていたけど、結構いろんな思惑を持っているようだ。
だがその思惑も、大きくは国王陛下の思惑を考えてのことだからベクトル的には問題は無いだろう。
こんなこともあろうかと……、と自分の意見や考えをその場で述べることができるだけでも、国王陛下は頼もしく思ってくれるんじゃないかな。
深夜まで続いたトリスタンさんの同志ともいえる軍人との会話を楽しんだところで、トリスタンさんにしばしの別れを告げる。
「また、カニを持ってきてくれよ。陛下が事の外喜んでいたからなぁ。近衛兵達もあれから訓練に励んでいる。陛下の前で無様な姿を見せるわけにはいかないと思っての事だろう」
「士官学校にも欲しいところじゃな。あ奴らも少しはやる気を出すじゃろう。聞くと見るとでは効果がまるで異なるからのう」
「はぁ……。とりあえずは少し多めに持ってきます。俺としても、土産を持たずに王宮を訪れるのは、ちょっと考えてしまいますからね」
笑みを浮かべた数人の軍人に肩を叩かれたところで、トリスタンさんに頭を下げると扉に向かう。
扉を開けると、部屋に体を向けて再度頭を下げる。
皆が騎士の礼を返してくれたところで、回廊に出た。
さて、リバイアサンに戻ろうか……。
大きなエントランスに出ると、後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。
「ちょっと待って欲しいにゃ!」
振り返ると、ネコ族のお姉さんが包みを持って、此方に走ってくる。
なんだろう?
首を傾げてその場に止まると、お姉さんが息を整えながら、俺に包みを差し出してきた。
「奥方様から頼まれたにゃ。お弁当にゃ!」
「ありがとう。誰もいないからね。奥さんにありがたく頂きますと伝えてください」
笑みを浮かべて、お弁当を受け取った。
一応、陸港でも買っておいたんだけど、これで明日はたっぷりと食べられそうだ。
お姉さんに手を振ると、エントランスを出る。
エントランス前の広場には数台の馬車が停まっているのは、主人の帰りを待っての事だろう。
馬車列から離れた一角まで歩くと、アリスに亜空間移動をお願いする。
辺りの風景が歪むと、次の瞬間にはコクピットのシートに収まっていた。
「クラブは軍人ばかりだったよ。フレイヤ達のサロンとはかなり違っていたね」
『マスターもトリスタン派ということになるのでしょう。国政に深く関わっているようですから、注意が必要と推察します』
「その辺りは、フェダーン様やヒルダ様が方向修正を掛けてくれるかもしれないね。ある意味、そのために俺を送ったんじゃないかな?」
『可能性はかなり高そうですね。とはいえ、トリスタン様としてもマスターの出席は現状の地位を考えますと必要であったかと推察します』
俺をステータスとして利用しようということかな?
まぁ、それほどの人間でないことは直ぐにバレるだろうから、トリスタンさんとあまり意見の対立を起こさないようにしておけば問題は無いだろう。
『着きましたよ。リバイアサンの駐機台です。周囲には誰もおりませんから、このままプライベート区画のリビングに亜空間移動を行います』
再び周囲が歪み、今度はリビングの中央に立っていた。
すでに1時を過ぎているからなぁ。
入浴を済ませると、大きなベッドに体を預けた。
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久しぶりにゆっくりと寝られた感じだ。
いつもならフレイヤに蹴落とされて目が覚めるんだが、今朝はそんなこともない。
ちょっと寂しい気もするけど、夕食前には帰ってくるだろう。
朝風呂を済ませて着替えると、コーヒーを作ってお弁当を広げる。
トリスタンさんの奥さん手作りのお弁当はフルーツサンドだった。リバイアサンでの果物は貴重だからなぁ。陸港の店巡りをしていた時に少し買い込んできたから、マイネさん達が戻ったら渡しておこう。
朝食を食べながら、砦建設の状況を確認する。
工程表を見ながら進捗率を確認すると、新たな城壁を作ることになっても、工期に変更はないようだ。ファネル様の手腕はかなり高いということになるのだろう。
早朝に飛び立った飛行機の偵察情報にも問題はない。
俺だけ先に到着したことを、制御室のロベルと指揮所のファネル様に連絡しておく。
課題があれば、連絡してくれるだろう。
さて、今日はのんびりできそうだから、あの大型宇宙船の利用方法でも考えるとするか。
なんといってもリバイアサンの3倍以上の容積があるからなぁ。
工房都市が丸々2つ入るんじゃないか?
アリスが電脳から取り出した宇宙船の図面と現在の埋没状況を仮想スクリーンに映し出して、一服しながら先ずは眺めてみることにした。
一番の問題は制御された着陸ではなく、制御を失って不時着していることにある。
それは船内の床が少し傾いていたことでも分かったんだが、あれを水平にすることが果たしてできるのだろうか?
「アリス。例の宇宙船だけど姿勢制御だけでも動かすことができないかな?」
『少し傾いていましたね。半重力駆動装置の損傷状況と、駆動用の電力供給が課題です。陸上艦の戦艦クラスなら私が動かすことも可能ですが、さすがにあの重量では不可能です。半重力装置は宇宙船の下部に6基搭載されていますが、姿勢を正すだけなら、3基に損傷が無ければ可能です。もう1つの課題である電力供給は陸上艦駆動用の魔道タービンを使用した発電機を作ることになります。500~1000KVAほどの電力量と推定します』
かなりの電力だな。宇宙船は魔道科学は使われていないようだから、核融合炉で潤沢な電力を得ていたんだろうけど、今の世界では発電機そのものが無いからなぁ。
通信機用に小型の発電機は作ったけど、さすがに大型を作るとなるとこの世界の技術で可能かどうかも考えないといけないようだ。
『オルネアの補助動力が転用できそうです。魔道機関を利用していますが、最終的には電力の形で使われていますから』
「可能なのか? ……亜空間移動で取り込むことになるんだろうけど、それだけで可能とはならないんだろう?」
アリスが仮想スクリーンを新たに作って、その方法を説明してくれた。
難しそうな部分があるとすれば制御装置になりそうだが、アリスが介在することで容易に行えるらしい。課題があるとすれば電力ケーブルだけのようだが、ケーブルとせずに銅板を絶縁体で床から離せば問題ないらしい。
「となると、銅板が大量に必要になるってことか……」
『銅板ならこの世界でも比較的容易に入手可能です』
「計画書を作ってくれないかな? 俺達だけで実施するには無理がありそうだ。星の海の西の開発が本格化してからでも良さそうだけど、ある程度の見通しだけは立てて置きたいからね」
『了解です!』
船体を水平にするだけでも、かなりの仕事になりそうだな。
時計を見ると、すでに昼を過ぎている。
お腹は空かないから、コーヒーを飲むだけにしよう。
「ところで、星の海の水産物はカニだけなんだろうか?」
『東岸には肺魚に似た魚もいたようですが、カニ以外にも有用な資源がありそうですね。周辺偵察をしながら探ってみてはどうでしょうか? 私の手の上で釣りをするなら安全に調査が出来ますよ』
導師の飛行船によるリバイアサンへの人員移動は数回行われるから、頑丈な竿と仕掛けを頼んでみようかな。釣れたら直ぐに亜空間に収容して貰えば、危険な魚でも運んで来れるだろう。
アリスに頼んで王宮に注文書を届けて貰うことにした。受け取り人をメープルさんにしておいたから、最後の便に乗せてきて貰えそうだ。
さて、のんびりと皆が戻ってくるのを待つとするか……。
荒地に落ちる夕日を、デッキで眺めながらワインを飲む。
先ほど飛び立った飛行機が偵察を終えて戻ってきたようだ。明日は俺が偵察に出ないといけないな。ついでにハーネスト同盟軍の調査艦隊の様子も探ってこよう。
ふと南に視線を向けると、キラリと光るものを見付けた。
飛行船の第一便がやってきたようだ。もう直ぐ戻ってくるとなると……、早めにテーブルの上を片付けておこう。マイネさん達に呆れた顔をされるのもねぇ。
「やはり、リバイアサンが一番良いわ!」
戻ってきたフレイヤが大きな声を出している。
笑みを浮かべて頷いているエミーを、苦笑いの表情で見ているのはカテリナさんとユーリル様だ。フェダーン様も一緒だったに違いないが、先ずは指揮所と言うことなのだろう。
ソファーに座った俺達に、飲み物を運んできたマイネさんへ果物の入った袋を渡しておく。
「私達も用意してきたにゃ。これだけあればいろいろ作れるにゃ!」
嬉しそうに尻尾を振って帰って行ったから、テーブルとカウンターの掃除結果に問題は無かったようだ。
「また退屈な日々が始まるのね……。でも、ドレスを着る日々よりはずっとましに思えるわ」
「気を遣わずに済むだけでもありがたく思います。やはりサロンは雰囲気が違います」
「そういえば、リオもクラブに行ったんでしょう? あの格好で問題は無かったの?」
王国を思う軍人達の集まりだから、かなりフランクな集まりだったことを話したんだけど、聞いているフレイヤ達の表情がだんだんと険しくなっていくんだよなぁ。
「私も、クラブの方が良かった気がするわ。女性士官もいたのね」
「少なくとも艦長クラスだったよ。そういう意味ではエミーなら参加できそうだけど」
余計に怒りだしてきたから、この辺りで話題を変えた方が良さそうだ。
参加するならフレイヤを小さな戦闘艦の艦長にしないといけないだろうけど、これ以上の陸上艦をヴィオラ騎士団が持つのも問題だろう。
待てよ……。陸上艦でなければそれなりに使えるんじゃないか?
駐機場には、飛行機を1個小隊に戦機が数機駐機しているけど、まだまだ大きな空間がある。
飛行機数台分になるような大型機は、長距離偵察や爆撃にも有効かもしれない。
隠匿空間とリバイアサンとの連絡機としても利用できそうだ。