M-330 クラブは軍人ばかり
案内されるままに、笑い声が漏れてくる扉が開かれると中の光景に驚いてしまった。
どう見ても1、2階が吹き抜けの部屋だ。天井が高いのはこの部屋の大きさがかなり大きいからなんだろう。1階の天井高さでは圧迫感を感じるに違いない。数十人が部屋にいるようだが、混雑しているようには見えないからなぁ。この部屋に庶民の家を建てることだってできるんじゃないか?
「やってきたな。少し遊んできたようだが……、体は問題ないのか?」
「ご招待頂き、ありがとうございます。ホテルで騎士団間のちょっとした親睦がありましたがトリスタン殿が気になさるほどのことはないものと……」
俺の答えに笑みを浮かべて、部屋の中に体を向けると大声を上げる。
「諸君! 話題の辺境伯であるリオ殿がいらしたぞ。リオ殿の事だ、派閥貴族にも招かれてはいるだろうが、我等の仲間であると知らしめるのも一興に思える」
「「オオ!」」と大声が上がる。さすがは軍人中心の派閥だな。
拍手が終わったところで、簡単に自己紹介を行うと、トリスタンさんの案内でソファーセットの1つに腰を下ろした。
直ぐに若い仕官がワイングラスを運んでくれる。ヒルダ様達に事前レクチャーを受けたクラブは男性だけだということだったが、ちらほらと女性の姿も見える。とはいえドレス姿でなく軍服姿だし、襟につけられたエンブレムは少佐だった。最低でも駆逐艦の艦長クラスということになるんだろう。
「男性だけのクラブと聞きましたけど?」
「頭が固い奴だなぁ。軍の中には女性が大勢いるんだぞ。王宮にいる文系貴族が作っているクラブは男性だけだが、俺の主催するクラブは男女平等だ。だが全て軍に関りを持つ者だけに限っているがな」
確かに男性だけなら軍を二分化しかねないな。これはトリスタンさんの深い考えに違いない。表面的にはクラブということにしているが、ある意味トリスタンさんの意を汲む軍関係者の集まりとも言えるのだろう。
「このクラブに銃弾を受けた服でやってきたのは、リオが始めてだ。病院で唸っているらしいが、明日の日の出を見ることはないと聞いたぞ」
「一応正当防衛です。いきなり撃たれたのはこれで3度目ですが、さすがにこれを最後にしたいですね」
「分からん奴らは多いようだな。少なくとも俺は撃たんぞ。あの弾丸を見せて貰ったからな。はらわたを引きちぎるような弾丸だとは思わなかったぞ」
笑みを浮かべてポケットから取り出した弾丸は、俺の使うリボルバーの弾丸よりも一回り小さい。38口径辺りかな……、だけど薬莢の長さが短いようだ。
「作ったんですか? あまり広めないでくださいよ。腹に受ければ確実に死んでしまいます」
「王家限定とするそうだ。私の場合は陛下より12発受け取っている。しかも、使ったなら陛下に報告を義務付けられる始末だからなぁ。だが、威力はある」
市中に広まることが無ければそれで良いだろう。
薬莢の装薬量が問題だが、俺の銃弾よりは体内深く切り込むことはないんじゃないかな。確実に相手を無力化できるということに主眼を置いた結果かもしれないな。
「さて、皆に紹介せねばならんな。俺に付いてきてくれ」
ソファーから席を立ったトリスタンさんの後ろについて、ワインを飲みながら歓談している軍人や軍閥貴族の間を巡る。
皆握手を求めてくるから、一回りしたころには手がしびれてきた。鍛えている連中だから握力が強いんだよなぁ。
「あの時は助かりました。さすがは戦姫を駆る騎士であると感心した次第……」
「今では飛行機がありますから、俺でなくとも十分に状況を見ることができるでしょう」
星の海の南岸での戦いや、スコーピオ戦でリバイアサンを見た軍人が結構多いんだよなぁ。
俺達が去った後になると、直ぐにリバイアサンについて話題が変わっている。
軍人達にとって、リバイアサンは頼もしくもあり畏怖する存在でもあるようだ。
再びソファーに腰を下ろしたところで、トリスタンさんが俺の知る現状を聞いてきた。
トリスタンさんの左手に少し離れて座った若い士官が例のバッグを取り出した。
なるほどね。やはりそれなりの需要はあるってことだな。
「砦の建設は王宮にファネル様の方からご報告が言っていると思います。順調そのものでしたが、少し工期が伸びる可能性が出てきました。2日前に、騎士団からの救援依頼を隠匿空間から知らされたのですが……」
簡単に顛末を話して、フェダーン様ならどのように動くかの推測を話すと、うんうんと頷いてくれた。
「そうなるだろうな。だが、それによってさらに砦の安全性が高まるなら問題はないだろう。私も賛成だ。その後のハーネスト同盟についてはどうなのだ?」
「サザーランドはまだしばらく近付かない方が良いでしょう。汚染区域がだいぶ狭まっていますが、爆心地に立ち入るのは自殺行為です。10ケム程離れると難民が暮らしていますが、彼らも長くは生きることが出来ません。ホットスポットと呼ぶ高濃度の汚染区域があちこちにありますから、ハーネスト同盟の魔道科学を修めた連中が状況確認に何度も出向けば、それなりの報いを受けることになります。
ガルトスについては被害は無さそうですが、星の海の南岸の戦でかなり戦力を失っていますから当座はウエリントンに攻め入ることはないかと……。星の海の探索を行っている艦隊も、砦建設当時は2つあったのですが、現在は1艦隊のみです」
俺の話をジッと聞いていたトリスタンさんが、ゆっくりとワインを口にする。他の連中に目を向けて、喫煙しているのを知ったところでタバコを取り出してトリスタンさんに確認すると笑みを浮かべて頷いてくれた。
「ブラウ同盟の情報部よりも詳しい話を聞いたぞ。ちゃんと記録してあるな。明日は陛下に話さねばなるまい」
「辺境伯ともなれば、やはりこれぐらいの情報を直ぐに集められるということですか?」
隣に座った仕官の問いに、トリスタンさんが大声で笑い出した。
「そう思えるか……。さても愉快な話だな。確かに辺境伯ともなれば隣国の情報収集は大事になる。だが、今の話はリオ殿自身が集めた情報なのだ。リオ殿は辺境伯でもあるが、ヴィオラ騎士団の騎士でもある。本人は辺境伯を名乗るより、騎士を名乗る場合が多いのだがな」
「では、陸上艦で実際に魔獣を狩るということですか?」
「先ほどの話にもあっただろう。実際にリオ殿は魔獣に襲われた騎士団の救援に向かっている。それで何を狩ったのだ?」
正直に話したら、士官が目を丸くしている。
「それは是非ともサベナスの頭を王宮に持ってきて欲しかったなぁ。剥製にすればさぞかし良い置物になったに違いない」
「マガジンを交換せずに倒す必要がありましたから、全て頭部を粉砕しました。次もあるでしょうから、その時には何とか考えてみます」
俺達の会話に、士官が呆れた目をしている。
「失礼。ワシもよろしいかの」
トリスタンさんの隣に腰を下ろしたのは、星の海南岸での戦いでフェダーン様と一緒に艦隊を指揮していたグライナー提督だった。
軽く頭を下げて、先ずは挨拶をしておこう。
「あまりかしこまらずとも良いぞ。この席では皆が同列じゃからな。漏れ伝えられた話によれば回廊計画は順調と聞く、ワシも回廊を通って星の海の西を眺めてみたいものじゃ」
「数年先になりそうです。あまり変わり映えはしないんですが、まだ見ぬ魔獣もいるでしょう。騎士団が一斉に西を目指すものと考えております」
「その光景を見たいものじゃが、だいぶ体にガタが出ておるわい。酒で誤魔化しておるのじゃが……。5年先か……」
それほど高齢には見えないんだが、若い頃の不摂生が祟っているのかもしれないな。
こればっかりは、俺にできることは何もない。
強いて言うならカテリナさん頼みだけど、逆に寿命を縮めかねない。
「提督なら、見ることができると思いますよ。艦隊を率いて是非ともさらに西を目指してください」
「そうじゃな。それを待つとするか。フェダーン様も行かれるじゃろうからなぁ」
「その時はよろしく頼むぞ!」と言いながら席を離れる。
「気に入られたようだな。グライナー殿はウエリントン軍の重鎮だ。男爵位ではあるが、ウエリントン王国建国時代から軍に勇将を出してくれる家系でもある」
「それはトリスタンさんも同じなのでは?」
俺の言葉に小さな笑い声を上げる。
「私の場合は、たまたま士官学校に在籍していた時に、隣が国王陛下であったのが縁になる。陛下が退官した時はまだ中佐だったが、私を相談相手として引き抜いてくれたのだ。私の家系も軍に関わる家系だが、グライナー殿のような上級将官を出したためしが無い」
それでも建国時にはそれなりの働きをしたんだろう。
そうでなければ上級貴族として、王都に館を持つことなどできないはずだ。
案外歴代当主の中で一番出世したのが、トリスタンさんなのかもしれないな。国王陛下の片腕として働いているんだからね。
「まだまだ配下の世は続くに違いない。ファネル様に王位を譲るのは20年ほど後になるかもしれんな。とはいえ、国王陛下が貴族に睨みを利かせられる内に王位継承を済ませるつもりはあるようだ」
「ファネル様が次期国王陛下となるのは分かるのですが、第2位の継承者はどなたになるのでしょう? まだ名前すら知らないのですが?」
俺の問いに、トリスタンさんが驚いたような顔を俺に向ける。
「知らなかったとは驚いた限りだな。アルバイン様だ。ファネル様より5つ下になるから、リオ殿とあまり変わらぬかもしれんな。変わった御仁で、王宮の書庫に小さな部屋を作っていつも文献を漁っている。
おかげで、ウエリントン王国の歴史に一番詳しいと言われるほどだ。人見知りではないようなのだが、いまだに妻帯せず王宮の一室で一人暮らしをしているよ」
ネクラでは無いんだろうが、歴史に興味を持ったのが災いした感じだな。
たぶん一生独身で過ごすつもりかもしれない。とはいえ、ファネル様に万が一のことがあったらどうするんだろう?
「そういうわけだから、たまに王宮に顔を見せるリオ殿の前に現れることはないだろうな。私でさえ、顔を見るのは年に1、2度だよ」
困った顔をしているから、国王陛下もそれなりに心配しているに違いない。
だが、逆に考えればお家騒動が起こるような懸念が無いってことに思えるし、アルバイン様の業績は、ウエリントン王国史としてその内に発表されるかもしれない。
状況によっては、アルバイン様に助手ぐらい付けてあげた方が良いんじゃないかな。