M-319 拾う時には小さい物を
「呆れた話ね。それだけ太平楽の世界だったということなのかしら?」
「軍の規模は不明ですが、それなりに持っていたはずです。最初は有力貴族の勢力争いであったんでしょうが……」
「私兵を投入したことで、軍も巻き込まれたということなんでしょうね。それにしても、こんな記録があったなんて……」
「もちろん詳細な翻訳も貰えるんでしょう?」なんてカテリナさんが言うから、ユーリル様も同じように頷いているんだよなぁ。
「ある程度は開示します。何といっても古代帝国の科学力には驚きです。やはり魔獣は作られたものでしたし、獣人族も同じです」
「ひょっとして私達も?」
「あり得るかもしれません。帝国の大戦前の遺体が見つかれば、それが分かるんですが」
たぶん改変されているに違いない。遺伝子のどの部分かを比較したいところだ。
「確かにリオ君が悩むのは分かるけど、少なくとも私達や導師には教えるべきでしょうね。場合によってはフェダーンに話すことで王族に伝えることも必要に思えるんだけど」
「帝国の歴史を反面教師として理解して貰えるんじゃないかとは考えていました。後で、もう少し詳しい資料をお渡ししますから、それを元にフェダーン様へ伝えてください」
「了解よ。……ところでこの資料はオルアナの記録なのかしら? 前に資料を見せて貰ったけど、あれには戦術関連の資料だけだったわ」
世界を狙える体の持ち主であるだけでなく、その頭脳もこの世界では指折りなんだろうな。天は2物を与えないとか聞いたことがあるけど、カテリナさんにはもっと多く与えているに違いない。
その代わりと言ってはなんだけど、常識をどこかに忘れているのが問題だ。
改めてタバコに火を点けると、ゆっくりとカテリナさんに顔を向けた。
「もう1隻見付けたんです。西の荒野に埋没していました。もっとも戦闘艦ではありませんよ。帝国時代の貨客船ですが……、見つけた船は地上を航行するんではなく、天空を航行するんです」
「大きな飛行機というところかしら? 案外飛行船だったりして……」
2人が笑みを浮かべながら話を始めた。
「もっと大きいんです。リバイアサンがその背中に3つ程乗りますよ。見つけた船は、もっと空の高い場所を飛行するんです。記録を調査したところ、最後の航海は外惑星から、月を経てこの大地に下りようとしたようです」
俺の言葉に2人が絶句したのも無理はない。リバイアサンより大きいっていうのが信じられないんだろうな。
「動くのかしら?」
「どうやら不時着したようで制御室は半ば土砂に埋もれていました。使えそうなものは殆どありませんが……、何とか利用したいと思っています。
アリス、手に入れた資料から船内図を表示してくれないか?」
仮想スクリーンの画像が、文字列から船体の外形と内部の主な配置図に替わった。
2人がジッと見てるんだけど、大きさが良く分からないようだ。
アリスが宇宙船の外形図にリバイアサンのシルエットを重ねると、完全に目が見開いている。
「とんでもない代物ね。でも動かないんだから、利用価値は無さそうに思えるけど?」
「掘り出したなら砦に使えるんじゃないかと……。そうだ! この金属が船の部材なんです」
バッグから、宇宙船の中で拾ったスパナを取り出してカテリナさんに手渡すと、あまりの軽さに再び驚いているんだよなぁ。
「鉄ではないわね。こんな金属は見たことがないわ」
「チタンという金属です。鉄よりはるかに高い温度に上げないと熔けませんし、鉄よりはるかに強靭です。上手く切り取る技術があるなら、これで軍艦を作れるんでしょうが、今の世界では加工技術がありません。アリスなら可能なんでしょうけど、アリスは工作機械ではありませんからね」
「1度見てみたいけど……、かなり遠くなんでしょう?」
「地図のこの辺りになります。星の海より西に2千ケムはありますから、陸上艦で向かうのはかなり危険ですね。さすがにハーネスト同盟の調査船もこのような大陸の真ん中に出るのは躊躇するでしょうし、砂礫の中に埋没してますからしばらくはバレないと思いますよ」
その間に利用方法を考えれば良いだろう。
チタンだけでも厚さが50mm程あるし、さらに未知の合金を使って補強をしているんだからね。トリケラの群れが体当たりしても外殻を破ることは出来ないだろう。
「拾ったんだからリオ君の物になるのよね。大きさからすれば工房都市になるでしょうね。リオ君は砦にしようと考えているみたいだけど、そうなると船体に穴を開けて桟橋を作らないといけないわよ」
それが悩みの種なんだよなぁ。
鉄製ならベルッド爺さん達に頼むことも出来そうだけど、さすがにチタンは無理だろう。時間はたっぷりとありそうだから、のんびり考えようかな。
「さて、まだ誰も来ないんだから、ゆっくりと話をしましょう。それと、大事な忠告をしてあげるわ。今度拾ってくるときは、小さいものを拾うこと! 良いわね」
見つけてしまったんだから、何とかしたくなるのが人間なんじゃないのかな? でも確かに大きすぎることは確かだ。
今度大きいものを見付けたら無視しておくことにしよう。大きさ的には軍艦クラスなら何とでもなりそうだな。
「ユーリルが星の地図を作り始めたんだけど、それも将来役に立つのかしら?」
「先ほど話した宇宙船は星空を飛ぶ船ですよ。そんな船が目印とするのは、星の位置ですからね。それ以前となると、天測と言って、星の位置を正確に測定することで自分の現在地をする手段になります」
「役立つのね。色々と面白い話をユーリルから聞かされたわ。星の明るさで階級を作るというのはリオ君の知恵ね。あの装置はリオ君が作ったんでしょう? 明るさを数値化するのは面白い考えね」
「リオ様の望遠鏡を改造してしまいましたが、やはりちょっと問題があるようです。できればどこかに観測所を作りたいのですが、リオ様は孤島に別荘をお持ちでしたよね」
そういう事か。
たぶん、カテリナさんに相談したんだろうな。あの島に作りたいというのはカテリナさんの進言だろう。
「ヴィオラ騎士団の島ですから、俺の一存というわけにもいきませんが、ドミニクに相談してみましょう。たぶん了承してくれるとは思いますが、大きなものではないですよね?」
「観測所の建設込みでリオ君にお願いしたいの。ユーリルの願いなら国王陛下はどんな願いでも聞くはずよ。長く使える観測所にしたいの」
小さな望遠鏡だけということにも行かないんだろうな。
この先天文学がどのように発展していくか分からないが、ある程度専門化しても問題ないようにするとなれば……、やはり大口径の望遠鏡ということになるんだろう。
観測所と言うよりは天文台だろうな。
さすがに電波観測までは必要なさそうだけど、将来を見据えればその建設予定地も空けておく必要があるかもしれない。
とはいえ、島だからなぁ……。塩害対策がこの世界で可能なんだろうか?
「カテリナさん。1つ質問なんですけど、錆を防ぐ魔法はあるんでしょうか?」
「ん? 唐突な質問ね。……島だから腐食防止ってことかしら? 完全に腐食を止めることは出来ないけど、遅らせる魔法陣ならあるわよ」
カテリナさんの説明によると、巡洋艦以上の軍艦には、その魔法陣が刻まれるらしい。かなり緻密な文様になるらしいから、多くは使われていないようだな。
その魔法陣があるなら、アリスにレーザーで刻んで貰おう。百分の一mmの線が描けるらしいから大丈夫だろう。
「それで、どんな望遠鏡を設置しようと?」
「今使っている望遠鏡よりも大きなものが欲しいですね。望遠鏡の倍率を上げると確認できなくなる星もあるんです。そんな星の詳細も見てみたいと思っています」
どうやら星雲を見付けたらしい。星雲の観察は倍率よりも集光力だからなぁ。
カテリナさんに買って貰った望遠鏡は口径が6cmほどの地上望遠鏡だ。焦点距離が長いから星雲の観測には向かないだろうな。
「望遠鏡もドワーフ族が作っているんですか?」
「そうよ。双眼鏡も一緒ね。同じ品物を昔から作り続けているわ」
光学理論をもとにして作っているわけでは無いようだ。
オリジナル品を元に、延々とそれをコピーしてきたに違いない。
「そうなると、ちょっと面倒ですね。暇にあかせて俺が作ってみましょう。形は少し変わった物になるかもしれませんが、躯体となるものは工房に発注できるんですよね?」
「それなら、私が資金を出してあげるわ。その代わり、出来たら『複製』しても良いでしょう?」
笑みを浮かべて頷くことにした。『複製』魔法は便利に使えるから、望遠鏡なら問題なく同じものができるに違いない。
学府に同じような観測所を作るのかな?
とりあえずガラスを磨くことから始めなくてはならない。
必要な品のリストをアリスに作って貰い、駐機場で作ってみよう。だけどあそこでガラスを磨き始めたら、ベルッドさんがどんな顔をするかなぁ。
怒ることはないと思うけど、俺の不器用さに呆れて手を出してこないとも限らないんだよなぁ……。
「学ぶ対象がどんどん増えるのね」
「それだけ科学は奥が深いんです。それと、天文学を発展させても世界の果ては見ることが出来ませんよ。それだけこの世界は大きくて広いんですから」
俺の言葉に、カタリナさんが笑みを浮かべた。
「矛盾してるわよ。世界があるなら、その世界の外側も存在するんじゃなくて?」
「未だに解明できないようです。この世界が閉じた世界なら、外側もあるでしょうけど」
「広がった世界かもしれないという事かしら? それを考えるのもおもしろそうね」
理論の世界だから、俺には理解できないところがあるんだよなぁ。
だけど、望遠鏡で見える一番遠くの銀河系にだって人間が到達することは出来ないだろう。
アリスの話では、多くの探検家が亜空間移動によって飛び立ったらしいけど、帰ってきた者は皆無だったらしい。
彼らが世界の外れで見た光景を是非とも教えて欲しいと思うのは、俺だけではないんだろうけどね。