M-316 あのマストを調べてみよう
十数回も大陸の西岸にまで足を延ばし、地図を作り上げる。
縮尺が100万分の1だから、1cmが10kmになる。とりあえずこちらの単位の縮尺目盛りを入れておいたから、十分に使えるだろう。経度と緯度は軍の使っている者をそのまま使用しているから、騎士団でも十分に使えるだろう。
それにしても、北の回廊を含めて10枚近い地図になってしまった。縦横1.5mほどの紙を使用したから、回廊の地図が1枚に、星の海西岸を南北2000km、西に同じく2000kmの範囲が描かれている。
当座はこれで十分だろう。さらに西の地図もあるのだが、それは星の海の西岸で騎士団が活躍を始めてからでも十分間に合うはずだ。
「頂けるのか? さすがにタダというわけにもいくまい。王宮と相談して適正な価格で買い取ることにしよう。一般には金貨1枚で地図1枚を販売することになりそうだな」
「その辺りはフェダーン様にお任せします。縮尺が大きくなりましたが、北の回路を1枚にするためです。この地図で現在位置を示してくれるなら救援は容易かと」
「騎士団用の小物が増えていくな。それより、カテリナから面白い駆逐艦の設計図を見せて貰ったんだが……、ブラウ同盟軍で1個艦隊を作っても面白そうだ。できればスコーピオ戦で用いたかったが、リオ殿の領地防衛用という事で考えついたというなら文句も言えまいな」
「私も見せて貰いましたが、あれでは駆逐艦の軽快な機動が阻害されてしまいそうな気がするのですが?」
「ファネル様のお気付きの通りです。従来通りの用兵では全く無意味。艦隊随伴などしようものなら、簡単に食われてしまうでしょう。あの艦の狙いは移動砲台そのものです」
「野戦重砲の口径は10イルム程度だ。飛距離も8ケム程なら、この駆逐艦は従来の野戦重砲を超える能力を持つことになる。駆逐艦並の機動はできずとも、野戦重砲の移動よりははるかに容易ということだろう。なるほど……、移動砲台とはこのように作るものなのだな」
使えると考えているに違いない。でもどこで使うんだ?
「ここに配置させるおつもりですか?」
ファネル様が、大型スクリーンにウエリントン王国の地図を表示させると、左上にあるブラウ同盟軍の最西端の拠点をライトで照らしだした。レーザーポインターではないが、それなり明るいし輝点も鋭いな。
「その通り。砦でもあるから、10イルム口径の砲台が数か所あるのだが、攻撃してくる艦隊を足止めすることは出来んだろう。その砦付近にこの移動砲台を置いたら、防衛どころか、砦を攻撃される前に迎撃すら可能になる。駆逐艦4艦で重巡1艦に相当するだろうし、重巡の主砲よりも、長砲身なら飛距離が得られる。射撃諸元は砦から送ることになりそうだが、これなら重巡を新たに作るよりも簡単だ」
気に入ったみたいだな。どれぐらい作るのか分からないけど、マクシミリアンさんの拠点に2隻ほど派遣して欲しいところだ。
「それにしても、西は荒地が続いているようだな」
「さらに西に行けば大河もありますし、巨大な湖もありますよ。南の方はまだ調査をしていませんが、案外緑地が広がっているようにも思えます」
「ハーネスト同盟の最西端はサーゼントス王国になる。さすがに王国の西の国境については地図にも示していないであろうな」
さらに地図を作るように言われてしまった。
まぁ、買ってくれるというんだから、ちょっとしたお小遣い稼ぎにはなるんじゃないかな。
「それで、西にはまだ見ぬ魔獣はいたのですか?」
「魔獣の群れは何度か目撃しましたが、何分高度を上げていましたので詳細が分かりません。アリス、画像を出せるかい?」
大型スクリーンに拡大した魔獣の姿が映し出されたのだが、チラノとトリケラの区別がどうにかできるだけだ。
やはり高度500ぐらいに下げないと無理なんだろうな。
「チラノにトリケラではあまり大陸の東と変わらんようにも思える。だが、ハーネスト同盟が西への領土拡大を行わないとなれば、やはり何かいるということになるのだろうな」
「夜間に活動する魔獣化もしれませんね」
「可能性はあるな。その内に確かめてくれるとありがたい」
ここは素直に頷いておこう。
さて、地図を渡したところで、プライベート区画に戻るか。
席を立ってフェダーン様達に頭を下げると、指揮所を後にする。
時刻は15時を過ぎたところだ。帰ったらマイネさんが美味しいコーヒーを出してくれそうだな。
リビングのソファーに腰を下ろして、一服を楽しんでいると、マイネさんがマグカップに注いだコーヒーを運んできてくれた。
コーヒーの香りが漂う。良い豆を手に入れたみたいだな。さて、味は……。
苦みが少なくてフルーティだ。やはりコーヒーは甘さと香りだよなぁ……。
「マイネ! 私達にもお願いするわ」
思わず声の方向に顔を向けると、カテリナさんとユーリル様がこちらに歩いて来るところだった。
「今日の仕事は一段落ということかしら? 私達の方もどうにか終わったわよ。後はあの彫刻家の腕次第ということになるんでしょうけど、終わっても中々像から離れないから困った人達よね」
「帝国時代の彫刻家の腕が良かったということなんでしょうね。これで後は慰霊碑が出来上がるのを待つだけになるということですか」
「半年は掛かるらしいわよ。天啓を受けたと言っていたわ。後は刻むだけだと言っていたけど、あまり手を抜かれても困ってしまうわね」
「それはないと思いますよ。分神殿や祠の女神像を数々こなした彫刻家ということでしたから」
出来上がったら花束を供えに行って、像をじっくりと見て来よう。
「ところで、例の模型だけど出来たみたいなの。あれって何を模擬してるの?」
「ゆっくり教えますよ。今日は時間がありますからね。ところでこの間俺がしていた結果を見せていませんでしたね」
仮想スクリーンを開いて、画像を表示させた。
北天の星空だ。煌々と照らされた工事現場の真上で良くすもの同心円が描かれている。
「確か北の離着陸台で工事現場を撮影したのよね。それはピンボケ気味の画像で何となく分かるんだけど……、この同心円は何かしら?」
「星の軌跡です。およそ2時間ほどの星の動きを同じ画像として捉えたのがこの画像なんです」
驚いてるけど、知らなかったんだろうか?
「こっちが南側の離着陸台から撮影したものです。この違いが示すものは……、カテリナさんなら分かりますよね」
「この部分を中心に星空が動いているという事ね。面白い画像ね。あのあまり動かない星が北の明星ね」
北極星があるんだ。確かにあまり動かない明るい星があるな。
「カテリナさんは、この大地が球体だということは知ってますよね。でもそこから先が俺と異なっていた。この世界の人達はこの大地に対して星空が回っていると思っているようですが、実際に回っているのはこの大地の方なんです」
「でも、相対的に考えれば、どちらもありえるんじゃなくて? この画像も気になるけどそれは理由にはならないわ」
「きわめて重要ですよ。この傾斜を持っているからこそ、この大地が自転することで季節が起きるんですからね」
夏と冬では太陽の見掛け角度が異なることはカテリナさんも知っていたようだ。
だがその理由について想像を働かせることが出来なかったらしい。
「この大地が、自転しながら太陽の周りを回っているですって!」
「そんな大声を出さなくても……。それで、この角度で自転をしているこの大地が、太陽のこちら側に回った時と、反対側では太陽の角度が変わることが分かるでしょう?」
仮想スクリーンの画像が夏至と冬至の位置を示してくれる。
「なるほどね……。2重に回っているという事ね。それなら、明の明星のビルスの位置が変わるのも理解できそうね。神殿の天文方が不思議な動きをする星の話をしてくれたけど、多分この話で理解できるかもしれないわ」
そう言って、白衣を開くと俺にもたれてきた。
まったくこの人は……。
翌日。いつも通りの朝の偵察を終えたところで状況をリバイアサンに報告する。
リバイアサンの生体電脳をアリスが自由に制御できるから、情報は画像を伴って制御室と指揮所で表示が可能だ。ファネル様も安心できるに違いない。
報告と同時に、西を探ってくると連絡を入れる。
今日はマイネさんにあらかじめお弁当を作って貰ったんだよね。竹で編んだ小さなバスケットを持たせてくれたんだが、中身が気になるところだ。
「例の大型遺跡を見て来よう。あれが動くとなればリバイアサンに脅威を与えないとも限らないからね」
『了解です。座標を確定してありますから、このまま亜空間移動を行います』
座標が確定しているなら即時に移動できるのが特徴だ。
周囲の光景が一瞬歪んだかと思ったら、星の海のグリーンベルト上空より荒地のど真ん中に移動が完了している。
下を見ると、あのマストが聳えていた。上空に向かってやや斜めに150mほど伸びている。
「帝国の遺産に間違いは無いだろうけど、かなり埋まっているようだね」
『高度を落として全体像を確認してみます』
「了解」と答えると、アリスの高度が下がっていく。周囲には脅威となるような魔獣は全く姿が見えないから、地上30mほどの高さまで降下してマスト周辺をゆっくりと周回しながら外側に向かって調査を行っているようだ。
仮想スクリーンに地下の様子が3Dで映し出される。楕円形の物体だ。横幅が1.2km、長さは1.6kmほどになる。
下部はどうなっているのか分からないが、上部の形状から想像すると潰れた卵型ということになるんだろうか?
一番浅い場所は地下5mにも満たないがそれは卵型の躯体から少し飛び出したブリッジのような部分だ。地上に現れているマストもブリッジ上部から出ているようだな。
『調査を終了しました。現在稼働している部位はありません。完全に停止しています』
「中に入れそうかい?」
『躯体内の構造が不明ですから、止めた方がよろしいかと。ここに出入口らしい構造体がありますから、ここから中に入れると推察します』
アリスが仮想スクリーン上に丸を付けてくれた。
なるほど、出入り口にも見えるな。力ずくでこじ開けるとしても、そこまでは10m以上の土がある。
「ここまでのトンネルを掘ることになりそうだね。道具を持って再訪するしかなさそうだ」
『土砂を半重力場で取り除きます。大規模に掘るには少し無理がありますが、これぐらいの深さであれば問題ありません。掘った穴は半重力場を使って周囲に押しつけます』
安全だってことだな。
それなら始めるか。気になるものは早めに確認しておいた方が良いだろう。