M-312 話題に事欠かない
リバイアサンに到着して3日目の夜の事だった。
導師の操る飛行船が離着陸台に下りてくると、ゴンドラから乗客を降ろし始める。
カテリナさんやフェダーン様、ユーリル様も一緒だ。
導師を交えて、プライベート区画のリビングで情報交換を始める。
導師が3日間滞在してくれると言うから楽しみだな。
「王宮でのゼミは好評だったと聞いておるぞ。優秀な学生を招いての特別授業であるなら、学生達も頑張ることじゃろうな」
「次は2、3か月先になりそうです。だいぶ脇道に逸れてばかりでしたから、果たして彼らの参考になったのかどうか」
「そう卑下することもあるまい。少なくとも彼らの考えを正したことは確かであろうし、さらなる興味を持たせてもいる。学生に自ら学ぶことを教えられる教授は少ないのじゃが、リオ殿はきちんと結果を残しておるようじゃな」
あまり褒められてもなぁ……。思わず苦笑いが出てしまう。
「ところで、魔獣を解剖したとはのう……。それができる学者はこれからも出てこんだろうな。カテリナから話を聞いたが、心臓が2つあったとはのう」
「魔石は心臓付近にあることは騎士団ならば誰でも知っているでしょうけど、それが魔獣の生態には関わらないなんて、リオ君でもないとそんな考えはしないと思うわ」
「リオ説は正しいということじゃろう。ワシにも、その時の解剖の画像を見せてくれぬか?」
プロジェクターを取り出して、少し詳細な解剖時の画像を映しだした。
館で学生に見せた時は静止画だけど、今回は動画だ。
カテリナさん達が食いつくようにスクリーンを眺めている間に、ワインを頂きついでにタバコに火を点けた。
魔石を嚢に包んだ心臓を取り出して、太い血管の行先を探している光景をジッと見てるんだよなぁ。
肺動脈と肺静脈に繋がっていることを確認したところで、腹の臓腑を動脈伝いに探していくと、大きな心臓が出てきた。
映像が終わっても2人はジッとスクリーンを眺めている。
やはりショックだったのかもしれない。1体に2個の心臓なんて通常ではありえないことだ。
「血管を探っているということは、リオ殿は魔石がどのように作られるのかをリオ殿は知っているのか?」
「一応推測はしてました。騎士仲間から、魔石は心臓付近にあると聞いていましたし、スコーピオ戦のおり魔気を放出している生物も確認することが出来ました。魔気は大気中にある程度の割合で存在しているとなれば、魔獣は空気中の魔気を取り込んでそれを魔石にすることになります。大気中の魔気を吸収するとなれば呼吸以外には考えられません。それで心臓付近に魔石ができることも納得できるんです」
「なぜ我等は呼吸をするのか……。長らく分からなかったが、カテリナにそれを教えて貰ったぞ。あの小さな半円形の生物が我等には必要だったということか」
「酸素という代物は、あの実験を行えばだれでも作り出せるわ。でも、あの酸素をそのまま人間が吸うことは止めるようにリオ君は言ってたわね」
とりあえず頷いておこう。
酸素は強力な酸化を引き起こすからなぁ。あまり濃いとそれが顕著になると聞いたことがある。
だいたい、この地上の初期状態では酸素なんてほとんど無かったはずだ。
それが葉緑体を持った植物性プランクトンの登場で空気中の酸素濃度が高まったと聞いたことがある。
「自分で実験などしないでくださいよ。かなり危険ですからね。毒だと認識して欲しいところです」
しぶしぶ顔で頷いてくれた。とりあえずネズミ辺りで実験しようと考えているに違いない。
「話を戻すが、大気中の魔気は呼吸によって肺に取り込まれ、肺を巡る血液にを介してあの小さな心臓で魔石に代わるという事じゃな。そのような生物など聞いたことが無い。
やはりリオ説は正しいということになる。となるとやはり魔獣は帝国時代に何らかの方法で作られ、この世界に拡散したということになる。リオ殿ではないが、やはり神が許すことはなさそうじゃな」
導師も生態系が大きく揺さぶられることを危惧しているようだ。
これからも情報交換は密にしていこう。
夜遅くまで、3人でこの世界の生物について話し合う。
導師も現在の生物がつい最近生まれたとは思っていなかったらしいが、それでも1万年前ぐらいに考えていたようだから20億年という数字に驚いていた。
直ぐに深い思索の中に入って行ったところを見ると、進化という概念をおぼろげながら洞察できたということになるのだろうか?
自分の体に魔石を埋め込む人間ではあるけど、やはり導師と言われるだけのことはあるのだろうな。
0時を回ったところで、導師が士官室に帰って行った。
残ったワインを飲んだところで、久ぶりにカテリナさんと大きな風呂に向かう。
しばらくぶりに入ったけど、石像が増えているように思えるんだよなぁ……。
また、王宮の倉庫から探し出してきたんだろうか? そんな事をやっていると、どんどん王宮からの仕事が断り辛くなってしまいそうだ。
「あら! 気が付いたの。かつて光の神殿にあった女神像よ。闇の神殿と争って両神殿とも破壊されたの。神官達も他の神殿に吸収されてしまい、神殿は再建されなかったわ」
「ここに置くのは、ちょっと問題があるんじゃないですか?」
「倉庫の奥に仕舞われているよりは、よほど良いわ。リオ君のように気が付いてくれる人もいるでしょう?」
かつて神殿の奥に鎮座し、大勢の信徒に祈りを捧げられた神像の前で、カテリナさんを抱くのは、何となく背徳の思いがするんだよなぁ。
カテリナさんは、そんなことをまったく気にしていないようだけど、神像は何時までも神像だと俺には思えるんだよね。
早々に浴場を後にしてベッドに向かう。
翌日は、フェダーン様とユーリル様が俺達と一緒に食事を取る。
ファネル様は、客室で2人の妻と一緒に食事を取るとのことだった。
話題が話題だからだろうな。ファネル様の頭の中は、砦を計画通りの日程で製作するために一杯になっているようだ。
「まだまだ手を抜くことが出来ぬようだな。少しは部下に任せることを学んで欲しかったが……」
「それが出来るまでには、もうしばらくは掛かるじゃろう。疲労で寝込むようなことがあればすぐに理解できるのじゃがのう」
フェダーン様と導師の会話はそんな感じだ。ユーリル様が心配そうな表情で聞いているけど、案外導師の言ったように気力が途切れた時に倒れる可能性もあるみたいだ。
「大丈夫なんでしょうか?」
「仮にも将来のウエリントン国王だ。全てを自分で行おうというのは立派に思えるが、そうではない。国王は家臣の成果を褒め、失敗には慰めの言葉を掛けるだけで十分だろう。家臣を使いこなしてこそ国王なのだからな」
ということは、俺も使われてるってことなんだろうな。
結構気ままに動いている気がするけど、国王の掌の内というのも考えてしまう。
「その国王陛下でさえ、リオの扱いには苦労しているようだ。それなりに動いてはくれるが、予想を超えた動きをするとも言っていたぞ。笑いながらだから、リオの存在を面白がっているということだろう。だが、ファネル殿との絆はしっかりと保って欲しいとのことであった」
とりあえずはこのまま行動していても良さそうだな。
ファネル様とは、それなりに仲良くなれると思うんだけど、現在はどうやら一方向のみに目がいっているということなんだろう。
たまには指揮所に行って、話をしてみようかな。
「明後日には飛行船が戻ってくるじゃろう。その足で王都に向かい、学生の質問書を受け取って来よう。後で隠匿空間に取りに来るがよい」
「了解です。それで、例の話はどうなりましたか? 慰霊碑の事で国王陛下が悩んでいたようですが?」
俺の問いに、フェダーン様とユーリル様が顔を見合わせた。
直ぐに笑みを浮かべたところを見ると、それなりの決着がついたということかな?
「それについては、私から報告いたします。さすがに文字を刻むだけでは足りぬとのことで、王都で一番と評される彫刻師に王命が下りました。『リバイアサンの像を参考に慰霊碑の彫刻を行うように』とのことです。飛行船の最後の便で3人がリバイアサンにやってきます。礼拝所の少女像とリビングの女神像を見せてあげてくれませんか?」
カテリナさんのアイデアが採用されたということか。まぁ、特定の神殿に偏ることは無いから、神殿としてもしぶしぶ頷いたに違いない。
2体の像のうちどちらを使うかは、彫刻家の感性だろうし、場合によっては神殿の神官に自分達の神殿の神像と顔を似せるよう言われているようにも思えるが……。まぁ、それは俺達が非難されることではないし、実験等で犠牲になった小動物に対して祈る気持ちが一番大切だろう。
「普段ここにいるのは俺達だけだろうから、問題は無いよ。それにしても国王陛下も思い切ったものだね」
「それだけ神殿間の対立が際立ったということに違いない。リオ殿は学府の片隅にと言っていたそうだが、立派な廟になりそうだ」
あまり立派な廟でもねぇ……。だいたいこの世界の人達は、死んでも墓を作らないんだよなぁ。
火葬にして、亡くなった者の信じる神殿にて魂の安らぎを祈って貰い、その後は神官に遺灰を預けて終わりになる。
神殿は定期的に、神殿の船で遺灰を海に散骨しているぐらいだからなぁ。
「慰霊碑が完成したら、毎年慰霊碑を建立した日に、各神殿が持ち回りで祈りを捧げてくれるらしいわよ。これで、リオ君の心配もないんじゃないかしら」
「そうですね……。でも学生達にはちゃんと祈るように言ってください。祈りは他人任せではいけませんよ」
命を奪うんだから、ちゃんと祈らないと化けで出るぐらいの話をしておこうかな?
館のお化けをまだ学生達は知らないようだから、次の機会に慰霊碑と合わせて話しておけば効果があるんじゃないか?
「ところで、館の幽霊を見たそうじゃな。やはりこの世のものではないということなのか?」
導師とフェダーン様、それにユーリル様がいると、話題に事欠かないな。
とりあえず正直に話したけど、俺達にはどうすることも出来ないようだから見て見ぬふりをするしかなさそうだ。
フェダーン様は、メープルさんとの一戦に興味深々だ。
やはり、引き分けない方が良かったのかもしれない。とはいえ、メープルさんの技量も確認したかったんだよね。