M-311 お土産は生きてるカニ
バルシオスの甲板で手を振るアレク達を見送って、俺達もトランクと大きな荷物を別荘前の小さな広場に運ぶ。
メイドさん達は別荘の掃除を始めるそうだから、見送りは必要ないと言っておいた。きっと今頃は全員で大掃除を始めたに違いない。
アリスが亜空間から姿を現したところで、エミー達を先にコクピットに乗せる。今回は途中でカニを釣る予定だから、トランク類は亜空間へ収納して貰う。
アリスの掌から荷物が消えたところで、俺もコクピットの座席に収まる。
「本当に、途中でカニを釣るの?」
「アレク達と釣りをしたんだけど、それほど釣れなかったからね。カニなら俺でも釣れると思うんだ」
2人の疑いの視線を背中に感じながら、アリスを空中に飛び立たせる。
上空まで一気に上がったところで、亜空間移動を行って星の海のグリーンベルトに到着した。
「餌になりそうな獣はいるかい?」
『260度方向、1.5km先に砂漠オオカミの群れがいます。あの中の1匹を頂きましょう』
難なく俺の2倍ほどもあるオオカミを狩ったところで、アリスの手の中で釣りの準備を行う。といっても、オオカミの後ろ脚を揃えてロープで縛るだけなんだけどね。
ロープの長さは50mほどもあるからこれで十分だろう。
再びコクピットに乗り込んで、例の島へと向かう。
たくさんの魔獣が島で甲羅干しをしているんだよなぁ。また、魔獣狩りを企画したいけど、その時はリバイアサンを動かさないといけない。
もう少し砦の城壁が高くなって、頑丈な門が据え付けられてからになってから出ないと無理かもしれないな。
『少し離れたこの辺りで釣りをします。どれぐらい釣ればよろしいですか?』
「そうだね……。20匹は欲しいところだな」
アリスがロープを水中に下ろすと、直ぐにグイグイと辺りがジョイスティックに伝わってくる。
ゆっくりとロープを手繰り寄せると、両方のハサミで大きなカニがオオカミを挟んで吊り上がってきた。
カニのすぐ下の空間がゆらゆらと揺れているのは次元の歪をアリスが作ったためだろう。軽くジョイスティックを前後に動かすと、カニが掴んでいたオオカミを話して次元の歪の中に落下していった。
先ずは1匹ってことだな。
次々とカニが釣れるんだけど、これはこれで釣りをしている実感がない。実際に釣りをしているのはアリスだからね。
俺が釣ったという感じがしないのはそのためだろう。
「だいぶ釣れてますね。こんなに釣っても次に来るときに釣れるんでしょうか?」
「たぶんたくさんいるんじゃないかな。あの島の魔獣を狙っているんだろうから、直ぐに集まってくると思うよ」
目標より2匹多い数を釣り上げたところで、リバイアサンの上空に移動した。
留守を任せているロベルに連絡を入れて、リバイアサンの前の広場に獣機を1個分隊待機させて貰った。
「生きたカニですか? あの島で捉えたのでしょうが……、かなり物騒な相手ですからね。戦機も2機待機させましょう」
直ぐにリバイアサンのドックの斜路から、獣機と戦機が銃を手にして下りてきた。
戦機輸送艦が四方を取り囲んでいるのは、逃げ道を塞ごうということなんだろうな。輸送艦の上でも大口径の小銃をトラ族の兵士が構えている。
「準備完了です。1匹ずつあの囲いの中に落としてください」
「了解だ。息が良いからな。気を付けてくれよ」
狩る連中が、狩られる連中になりかねない大きさのあるカニだ。
先ずは最初の1匹をアリスが囲いの中に落とすと、数発の銃声が辺りにこだまする。
獣機の連中が自走車の引く荷台にカニを数機掛かりで載せると、自走車はリバイアサンのドックに向かって走っていった。すぐに交代の自走車が荷台を曳いて下りてくる。
下で戦機が手を振っている。
どうやら次を落としても大丈夫らしい。2匹目をアリスが囲いの中に落とす……。
どうにか22匹を落とし終えたところで、ロベルに連絡をして駐機台へと降りる。
専用の駐機台にアリスを固定すると、ベルッド爺さんがタラップを運んできてくれた。
「あれだけあれば今夜はカニ鍋だな。酒に合う料理が一番じゃよ」
「これをついでに味わってください」
「いつも済まんな……」
数本の蒸留酒をベルッドさんに手渡すと、子供の様に喜んでくれた。仲間と一緒に鍋を突きながら味わうんだろうな。
ゴロゴロとトランクを押して、プライベート区画へと向かう。
まだ誰も帰ってこないだろうから、しばらくはエミー達と3人暮らしだ。食事は食堂に行くことになりそうだな。
トランクを私室に移動すると、繋ぎに着替える。やはりこの格好が一番しっくりする。装備ベルトを腰に巻いておけば、いつでも戦場に出掛けられるだろう。
リビングのいつものソファーに座る前に、パーコレーターにコーヒーの粉を入れて魔道コンロに掛けておく。10分もすればコーヒーが飲めるだろう。
コーヒーの良い香りが漂ってきた。
どうやらできたようだな。マグカップに注いで砂糖を3個入れてよくかき混ぜる。
ソファーに腰を下ろし、先ずはタバコに火を点ける。
一服が終わる頃にはコーヒーが飲める温度まで下がってくれるに違いない。
「あら! コーヒーを作ったの?」
「数人分作ったから、直ぐに飲めるよ」
「ありがとう」と言いながら、フレイヤがカウンターに向かった。
メイクを直してようだな。赤い繋ぎが良く似合っている。
やがてエミーもグレーの繋ぎを着て、俺達に加わる。テーブルに乗っていたコーヒーカップを受け取ってフレイヤに礼を言っている。
「とりあえず、制御室に顔を出して来ます。ロベル殿達には世話になりましたからお土産を渡しておかないと」
「きっと喜んでくれると思うよ。状況だけを確認すれば問題ないはずだ」
コーヒーを飲み終えた2人がリビングを後にする。
残ったのは俺だけになってしまったから、アリスが提供してくれた古代帝国の地図を眺めてみようか。
星の海に食みロイロと沈んでいるようだけど、上空から確認できるようなものが神殿以外にも無いとは限らない。
そういえば、星の海の重力変異を確認したことがあったな。あのデーターをこの地図に乗せてみるとどうなるんだろう?
直ぐに目の前に仮想スクリーンが現れた。
不思議な模様が等高線のように表示されている。
『地図のスケールに合わせて、表示してみました。かなりの部分に一致が見られますが、発熱反応及び電磁波については確認されておりません』
「少なくとも停止していると考えられるということか……。規模の大きなものはかつての大型拠点に違いない。そこに稼働する兵器があるというのも考えにくいということだね」
『問題となるのは、此方の後方拠点でしょう。大陸の西ですから、まだ確認しておりませんし、東岸の山脈地帯もいくつか拠点があったようです』
「まだまだ調査を続けないといけないようだな。全て壊れているのなら問題ないんだが……」
リバイアサンのように初期的な自律電脳が搭載されている場合は、自己保全を燃料の無くなるまで行うだろう。エネルギー消費を最低限に抑えたなら、まだ動いている可能性だってありそうだ。
「帝国の拠点巡りをしてみるか……。脅威の評価ぐらいは必要だろうね」
『東の山岳地帯に近づく者はいないでしょうから、最初はこの辺りを調査すべきと推察します』
仮想スクリーンの一部が点滅する。
点滅した個所は、いずれも星の海の志願からあまり離れていないようだ。
ハーネスト同盟軍の調査隊は陸上でも活動してるんだったな。まだこの辺りまでは進出してはいないはずだが……。
いずれにしても調査は、リバイアサンに皆が帰ってからにしよう。フェダーン様やカテリナさんの意見も聞きたいところだ。
食堂の夕食にはカニにスープが出てきた。
カニに肉は一切れだけだったけど、大きいからねぇ。ちょっとパンには合わない気もするけど、皆ワインを飲みながらカニを堪能してくれている。
「22匹はやはり少ないんじゃないの? もうちょっと頑張れば良かったのに」
「あまり釣ってくると有難味が薄れてしまうよ。これぐらいで十分だと思うんだけどなぁ」
フレイヤは一切れだけのカニの肉に文句を言ってるけど、これを楽しめるのは少なくともヴィオラ騎士団に関わる者達だけのはずだ。さすがに星の海で釣りをしようなんて考える酔狂な奴はいないだろう。
釣り好きのアレクでさえ、竿を出さない場所だからね。それだけ危険があるってことだ。
「皆さんは何時頃戻ってくるのでしょう?」
「導師が飛行船で運んでくれるはずだ。と言っても、今夜は陸港近くのホテルで一泊だろうし、明日に飛行船に乗っても、ここに着くのは明後日になるんじゃないかな?」
「明後日には賑やかになりそうだから、今夜はゆっくりできそうね」
「マイネさん達が戻らないから、夜食が問題だね。お菓子はたくさん買ってきたんだろう?」
2人が笑みを浮かべて頷いてくれた。
ワインも買い込んであるから、チーズとワインを3人で楽しもう。それでもお腹が空いたなら、フレイヤ達がお菓子を出してくれるに違いない。
プライベート区画に戻ると、いつものソファーでのんびりと過ごす。
ワインを上品に飲んでいる2人を見ると、ヒルダ様の薫陶が行き届いているのが分かる。このまま続いてくれるなら問題ないだろうけど、騎士団内で上品に飲んでいる人はいないからなぁ。すぐに元に戻ってしまわないか、ちょっと心配になってしまう。
「リオは試験問題を考えないの?」
「前にも言った通り、アレクの担当だよ。たぶんサンドラとシレインが頑張ってくれるんじゃないかな」
「火器部門の役目は周辺警戒と火砲操作ですよね。5問ずつ作ることになるのでしょうか?」
「飛行機やリオもいるから、周辺警戒の役目は低下しているわ。4対6で作りましょう。一応少し多めに作って、その中から選べば良いと思うの。受験者に出す前に下記部門の連中にやらせれば、ある程度の合格ラインも見えてくるはずよ」
なるほどね。正解の無い問題を出したとしても、その答えの判断基準をあらかじめ知ることは大事に違いない。
2人で真剣に話し始めたけど、どんな問題を出すんだろうな。