M-308 人材発掘の観点は
カテリナさん達が館を去っていくと、途端に静かになってしまった。
窓から森の小鳥の囀りが聞こえるのも中々良い感じだな。
窓に寄り掛かって一服を楽しんでいると、不意にあの気配を強く感じた。
どこから見ているんだろう?
目を閉じて気配を探り、一番強く感じた方向に顔を向けて目を開く。
いた! ぼんやりとだが何かが動いている。
高次元の存在かもしれないとアリスが注意してくれたけど、敵意は感じないから俺を観察しているのかもしれない。
向こうにとっては、俺の存在など顕微鏡の下で動く微生物ぐらいの存在かもしれないな。害が無いなら、そっとしておこう。
「昼食を運んできたにゃ!」
メープルさんの声に後ろを振り返ると、ソファーセットの低いテーブルに、サンドイッチの皿とコーヒーが載せられていた。果物も付いているならかなり上等な昼食じゃないか。
「ありがとうございます。どうやら学生達に教えることが出来ましたので、今夜フレイヤ達が帰ったら別荘に向かいます」
「夜に出掛けるのかにゃ?」
「アリスならすぐに着きますからね。俺達がいない間は、メープルさん達も戻るんでしょう?」
「ここに残るにゃ。いつリオ様が帰ってきても良いように、お掃除をしないといけないにゃ。メイド見習い達のしつけもしないといけないし、私の後継達もたまには顔を出してくれるにゃ。それに、ここは裏の仕事をするには都合が良いにゃ」
まだまだ現役ってことかな? 見掛けは引退しても裏社会にはしっかりと目を光らせているに違いない。
「怪我等しないでくださいよ」
「大丈夫にゃ。それに、個々には幽霊もいるにゃ」
幽霊というわけではなさそうなんだけど、メープルさん達は幽霊ということで納得したらしい。害が無いなら問題ないということだから現実主義なんだろうな。
「誰も見てなくても、幽霊が見てくれていると言ってたにゃ。案外悪い幽霊から守ってくれる幽霊かもしれないにゃ」
物は考えようということかな? 良い幽霊ということで納得したなら、怖がることは無いはずだ。
案外、好事家達が訪れるかもしれないな。
あまり有名にはなりたくないけど、歓迎したくない客を防止するには役立つかもしれない。
「先ほど、初めて影を確認しましたよ。やはり人ではなさそうです」
「視線を感じるけど、見極めようとすると消えてしまうにゃ」
「メープルさん、ひょっとして殺気を放っていませんか?」
しばらく考えていたメープルさんだったが、どうやら思い当たることがあったようで、小さく頷いてくれた。
「職業病にゃ……。何とか抑えて、私も見てみたいにゃ」
ペコリと頭を下げるとリビングから出て行った。
メープルさんの戦い方は先手必勝だからなぁ。どうしても目を凝らすと殺気が漏れてしまうんだろう。あの時もそうだったからね。メープルさんを相手にするときは、殺気で位置を探るしか方法が無い。
そんなメープルさんが殺気を押えることを覚えたなら……、今まで以上に危ない存在にならないか?
とりあえず、絶対に敵対しないようにしておこう。
新しいマグカップに入ったコーヒーを飲みながら、サンドイッチを頂く。
フレイヤ達は何時ごろ帰ってくるんだろう? あまり遅い時には明日の朝に出発することになってしまうだろうけど、本人達は早く王宮を脱出したいみたいだからなぁ。
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15時を過ぎたころにフレイヤ達が帰ってきた。
2頭立ての馬車から下りる2人の手を握って下りるのを手伝ってあげる。
いつもの付かれた表情が、今日に限ってまるでない。
やり遂げた、という達成感が俺にまで伝わってくる。
2階に上がると、直ぐに今からスポーツでもするのかと思うような姿で現れた。
「リオも早く着替えなさい。これから別荘に行くんでしょう? 向こうならこの格好で十分だわ。さすがに水着ではねぇ。向こうで着替えましょう」
2人に急かされて俺も短パンにTシャツ姿になった。
荷物をもう1度整頓することになったけど、これぐらいなら問題ない。
「出掛けるのかにゃ? 次に来るときには前もってヒルダ様に伝えてくれれば良いにゃ」
「そうします。メープルさんもお元気で」
俺の言葉にフレイヤ達もメープルさんの頭を下げた。
トランクを持って広場に出ると、アリスがすでに待機していた。
片膝を付いてもらい、アリスの手の平に乗ってコクピットの座先の後ろに2人を乗せる。トランクは、メープルさん達がアリスの手の平に乗せてくれていた。
メープルさん達に、軽く片手を振ってコクピットを閉じると、全周スクリーンに3人のメイドさんが俺達を見上げている姿が映し出された。
「さて出掛けるよ。先ずは上昇して西に向かうからしっかりとシートに捕まっていてくれよ」
「そんなに衝撃が無いんでしょう?」
「一応念の為さ。俺が急に動かそうとしても、アリスがちゃんと制御してくれるよ」
フレイヤの不安げな声に答えたところで、ジョイスティックを手前に引く。
ゆっくりとアリスが上昇を始めた。
下で手を振る3人にアリスが片腕を上げて応えている。視界は森の樹高を越えて、北東に白い宮殿が見えてきた。
どんどん上昇速度が上がっていく。
高度5千mを越えたところで、アリスが西に向かって速度を上げる。
地上からアリスを見ることができるだろうか?
何か飛んでるぐらいには分かるだろうけど、この高さなら飛行機と勘違いしてくれるだろう。
「だいぶ農地が広がってきたね。そろそろ亜空間移動しても良さそうだ」
『了解です! 亜空間移動開始します』
周囲の視界がグニャリと歪んだかと思ったらすぐに元に戻った。
石畳の小さな広場にアリスが立っているんだが……、見覚えのある風景は、この地が俺達の別荘のある島だということを気付かせてくれる。
『到着しました。別荘内には、メイドさん達だけですね。南の岩場に数人ほど、入江に10人ほど滞在しています』
「了解。皆出払ってるんだろうね。アレク達は釣り三昧のようだな」
アリスから下りると、トランクを転がしながら別荘へと歩いて行った。
後ろを振り返ると、すでにアリスの姿が消えている。邪魔になると思ったのかな?
亜空間を彷徨いながら、学生達の質問と俺の答えに対して次のゼミの計画を立ててくれるに違いない。
エントランスホールから2階にある各自の個室に向かう。
トランクを置いて水着に着替える。結構暑いからなぁ。その上にTシャツを羽織れば十分だ。リビングへと向かうと、メイドさんが俺達の飲み物を用意してくれていた。
「ご苦労様にゃ。数日前に着いた皆さんは外で遊んでるにゃ」
「しばらく厄介になるよ。そちらこそ、辺鄙な場所で苦労してるんじゃないのかい?」
「そうでもないにゃ。ここなら食事の苦労は無いし、給与がたまるだけにゃ」
確かにお店はどこにも無いからなぁ。2か月おきに交代するらしいから、帰った時には里でのんびりしてるのかな?
フレイヤ達が水着に着替えて、リビングにやってくる。俺の両側に座らなくても、良いように思える。ソファーはたくさん置いてあるんだけどねぇ……。
「やっと、解放されたわ。やはり上流階級は華やかに見えるけど、それなりに面倒な世界だと理解できたわ」
「お母様も目が見えない時なら、大目に見て頂けたんですけど……、今では出来て当たり前という感じですからね。ローザにはそれほどきつく当たらないんでしょうけど……」
ヒルダ様にとって、ローザはまだまだ子供なんだろうな。とは言ってもそろそろ17歳じゃないのか? 相手を選ぶ時期になっていると思うんだけどなぁ。
輿入れする前には、ヒルダ様の教育が待っているに違いない。逃げ出さなければ良いんだけどね。
「騎士団ということで、ある程度は大目に見てくれるはずだよ。それに1年中あの館に住んでいるわけでは無いんだから、ヴィオラ騎士団の将来の為にも我慢して欲しいな」
「使えそうな人物を探すってことよね? サロンに数人の来客はいつものようにあったわ。その中に私達も入るんだけど、貴族の娘さんや学生に見える女性もいたわよ。話してみると、結構面白いの。それに私達には話題に事欠くことが無いものね」
深窓の令嬢ならば、荒野で魔獣を狩るフレイヤ達の話は確かに新鮮に違いない。フレイヤは話上手だから、聞く方にとっては英雄譚のように思えるかもしれないな。
フレイヤ達の周りに女性が集まって話を聞く情景が脳裏に浮かんでくる。
「中には、どうしたら騎士団に入れるのですか? と問いかけてくる人もいるの。エミーは降嫁だけど、私の場合は兄さんの伝手でしょう。案外騎士団って閉鎖的なのかもしれないわ」
身内で固めたような組織だからなぁ。
知り合いがいない限り、騎士団への入団は難しいに違いない。
「さすがにサロンに招かれるだけあって、学生達の資質はかなり高そうね。問題はどんな人材を確保するかということになるんだけど……」
確かに人材確保のためにエミーとフレイヤをサロンデビューさせたわけなんだが、肝心なところを詰めていなかった気がするな。
「ドミニクやアレク達も来てるんだから、夕食の後で皆で相談した方が良さそうだ。魔獣を狩る人達も必要だろうけど、騎士団が大きくなったから後方で俺達を支えるマリアン達のような人材も欲しいところだ。それに、フェダーン様達軍人や商会ギルドからの出向者もいるぐらいだからね。交渉能力に長けた人材も必要なんじゃないかな」
入団希望者が多い場合は試験を行ってみるのも良さそうだ。各部から問題を出して貰えば、その人材がどの方面に適性を持っているかを見ることも出来るだろう。
夕暮れが近づくと、外で遊びまわっていた連中が続々と帰ってくる。
ローザ達も子供達を率いて帰ってきたけど、全員の体が赤期からたっぷりと日に焼けたに違いない。今夜お風呂で悲鳴を上げるんじゃないかな?
「兄様も終わったようじゃな。将来の為とは言え、休みを返上して学生を指導するなど、さすがは我の兄様じゃ」
「ローザも頑張ってるじゃないか。親元を遠く離れた子供達だからね。寂しさを紛らわせようと今日も一緒に遊んであげたんだろう?」
俺の言葉に笑みを浮かべて頷いている。
子供達を連れてリビングを出て行ったけど、軽くシャワーを浴びせて着替えさせるつもりなんだろう。お転婆姫だけど、責任感は十分だ。ドミニク達も部屋を出ていく子供達の後ろ姿を見ながら笑みを浮かべている。考えることは一緒ということかな。
「ようやくやって来れたな。ここは釣り師の天国だぞ。今日の夕食は魚がたっぷりと食べられるぞ!」
「一番の大物は僕ですからね。あれを釣り上げるには苦労したんです!」
アレクとベラスコの釣り自慢が始まった。
ここで2人が頑張れば、クロネルさんも喜んでくれるに違いない。
だけど、アレク達の漁果は、ヴィオラⅡと隠匿空間向けになるだろうから、俺も頑張って砦建設現場に魚を届けないといけないだろう。