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M-305 学生達と (3)


 学生達の考えた系統樹がどんどん修正される。

 カテリナさんも自分達が考えた系統樹と見比べて、その修正点の課題を確認しているようだ。

 今夜は質問攻めに合いそうだが、学生達も深夜まで議論を続けるに違いない。


 外が暗くなったところで、一旦ゼミを中断して会議室の人数を確認する。昼食のサンドイッチがたくさん残っていたけどあれを再び出すのもねぇ……。

30分ほどの休憩をとる間に、メープルさんに仕出しのできる料理店に夕食を頼むことにした。


「人数がちょっと多いから、その方が良いにゃ。全部で22人なら、宮殿の貴族が頼む料理店に頼めそうにゃ」

「あまり豪華でなくても良いから、量は多めが良いな。何といっても育ち盛りだからね」

「了解にゃ。たぶん銀貨10枚ほどになると思うにゃ」


 言われるままに装備ベルトのバッグから財布代わりの革袋を取り出すと、メープルさんが首を横に振っている。


「ヒルダ様から館の維持費として金貨を3枚預かってるにゃ。それで支払うから問題は無いにゃ。それと、私達の分も追加するにゃ」

「そうだね。同じものを頼んで欲しいな。ヒルダ様には後で礼を言っておくよ」


 館を使わせて貰うだけで十分なんだけどなぁ。たぶん国王陛下辺りから出ているのかもしれないけど、礼だけはきちんとしておこう。


 会議室に戻ると、直ぐにカテリナさんに捕まってしまった。

 どうやら、解剖をどこまで進めたら良いか悩んでいるみたいだ。


「解剖するとなれば、元に戻して生かすことは出来ないでしょう。ある程度は道徳的な考え方をすべきでしょうね。特に獣は俺達と近縁でもありますから、生体解剖をする際には苦しみを無くす努力をすべきですし、解剖が終わったならきちんとレポートをまとめて、次の生体解剖の必要性を少なくするべきです。さらに付け加えるなら、相手の命に敬意を払うことは必要でしょう」

「動物相手の慰霊碑を作るの? さすがはリオ君。ユーリルが作ってくれるに違いないわ。でも魔獣はさすがに入らないわよ」

「遺骨の1部を入れることでも弔いはできるでしょう。神の御加護が俺達だけにあるという考え方は異端も良いところですよ。地上の生物全てを、神は微笑んで見守ってくれているはずです」


「リオ君、新しい宗教を起こしたら? 案外成功するかもしれないわよ」

「それほど品行方正でも無いんで……」


 新興宗教なんてものは、たいていが弾圧されると相場が決まっている。

 既存の宗教権益にどっぷりと浸かった連中が、騒ぎ出すのは間違いないだろう。

 それなら現在の神を包含した多神教の世界に身を置いた方がずっとましに思える。


「慰霊碑ですか……。確かに、命を犠牲にしなければならないときもあるでしょう。私は賛成ですね。できれば学府内の一角に、研究の犠牲となった命の慰霊碑を作りたいと思います」

「魔道科学も、かなりの動物実験をしているのよねぇ……。そんな動物をゴミ扱いにするのは問題かもしれないわね。導師と一度相談してみるわ」


 俺の宿題にはならなかった様だ。ちょっと安心してタバコに火を点ける。


「それにしても、リオ様はそこまで気を配れるのですね。学府の教授達とはだいぶ違いますわ」

「でも敵になると、きわめて危険な人物なの。対人戦闘をこれまで何回も行ってきたけど、結構残虐な行為をするときもあるんだから困ったものね」


 全て正当防衛だし、相手の攻撃を受けてからなんだけどなぁ。

 相手の命を軽視するような輩には、それなりの報いはしかるべきだと思うんだが……。


「短剣を背中から刺されて、胸に切っ先が飛び出るほどの傷を負っての反撃だから、一撃で相手を無力化するのは理解するけど……。あの銃弾を受ければ、お腹かなら内臓はぐちゃぐちゃだし、足や腕は千切れてしまうわ。トリスタンが1発欲しがってたんだけど?」


「トリスタンさんなら、悪用はしないでしょうね。でも、万が一ということもありますから、こっちを渡しておきます」


 装備ベルトに装着した小さな革製のポーチから銃弾を1発引き抜いてカタリナさんの前に置いた。


「金属の筒に火薬を入れて弾丸を詰めてあるのね。……結構きつく弾丸が入ってるわ。それなりの工具を使って差し込んだ感じね。後ろは……、この部分は何かしら? 私達の金属製薬莢を使う弾丸にはこんな金属は無いし、小さな穴が開いてるのよ」


「火の魔石を2つ叩き合わせると、魔法陣の示す方向に鋭い火炎を出すことができる。その火炎が薬莢内の穴を通って火薬を爆発させる……。俺の拳銃には魔石が入っていません。その代わりとなるのが、この部分に仕込んだ特殊な火薬です。衝撃で爆発するんですよ」


「呆れた……。あのごつい拳銃は魔道具では無かったのね。でもそれなら……」

「銃弾を分解しようなんて考えないでくださいよ。科学の先にその仕組みはあるはずです。それとトリスタンさんに銃弾を渡すときには銃弾の下の部分に衝撃を与えないように注意するよう言ってください。お落としたぐらいでは爆発しませんが、運悪く、突起物にその部分が当たればどこに銃弾が飛んでいくか分かりませんからね」


 2人でしげしげと眺めているが、その銃弾と同じものを作るのは間違いないだろうな。先端がマッシュルームのような形状に潰れるから、それなりに威力はあるんだけどね。


「話を戻してしまいますが、リオ様の信じる神はどの神殿に祭られているのでしょう?」

「慰霊碑に刻む神の像ね……。リオ君はすべての神を信じているし、このコーヒーカップにも神がいるというんだから困ってしまうわね」


 カテリナさんの言葉に、キュリーネさんが驚いている。

 ゆっくりと俺に視線を移して珍しいものを見た表情をしているのは、俺が自然崇拝の人物だと思っているに違いない。


「まぁ、そんな宗教観を持っていることは確かです。俺の宗教観にとらわれずに、学府に関係した神殿で十分に思いますけど」

「そうなると知恵を司る神である水の神殿になるのかしら?」

「慰霊碑ですから、魂を安らかに天国へと導く火の神がふさわしい気もします」


 多神教だからなぁ……。共通した神がいないのも面白いところだ。

 こんな時は、偉い人の一言が一番だろう。


「国王陛下にお願いしても良さそうです。実験で命を落とす獣達の魂の安らぎさえも、国王陛下は考えているというのであれば民衆からの信頼も上がる気がするんですが?」

「ついでに慰霊碑も作らせる気でしょう? 良いわ。ユーリルに頼んであげる。どんな慰霊碑ができるか楽しみね」


 これで学府の行事が1つ増えることになるかもしれない。

 だが、悪いことでは無いはずだ。科学の発展には犠牲はつきものという言葉もあるが、できるなら犠牲は無くしたいところだ。とはいえ、動物実験まで禁止すると化学の発展を阻害しかねない。

 慰霊碑に祈ることで、命は大切なものと学生達が理解してくれることを期待しよう。


 仕出しの夕食は、仕出し品とは思えないほど立派なものだった。

 強いて問題があるとするなら料理を入れる食器だろう。真鍮製の大きなプレートの表面にいくつかのくぼみをつけて料理が載せられている。

 ちょっと軍隊の食堂で使うようなプレートだが一回り大きいし、パンは籠に入って出てきたからなぁ。料理が6種類もあるんだからかなり贅沢な食事といえるだろう。

 学生達も、目を輝かせてさっそく戴いている。

 俺達も一緒になっての食事だから、食べながらも学生達の質問に答えていく。


「血液は全て赤いのでしょうか?」

「中々面白い質問だ。誰か応えられる者はいないかな?」

「赤いから血液だと思うんです。『青い血の一族』等と自分達を誇る人達もいますが、傷を負えば赤い血が流れ出るに決まっています」


 自分を高貴だと誇る連中がそんな言葉を言うらしい。

 極めてバカげた話だが、最初の質問は素朴な疑問なんだろうから、きちんと答えておかないといけないだろう。


「実験に自分の血を少し分けてくれる人物はいないかな?」


 俺の問いに、皆が互いの顔を見回している。


「どれぐらい必要なんですか?」


「そうだな……。隣の部屋に実験器具が並んでいるはずだ。その中から試験管1本と試験管立てを持ってきてくれ。必要な血は試験管の容積の五分の一で十分だろう」

「言い出したのは私ですから、私の血を使ってください。今、お持ちします」


 学生の中では年少になるのかな? まだ少年の面影を残した学生が直ぐに隣の部屋から必要な品を持ってきてくれた。

 カテリナさんに頼んで少年の腕から試験管に5CCほどの血液を採取してもらう。

 注射器がまだ無いんだろうな。いきなり小さなナイフを取り出して腕を斬りつけていた。

 血液採取が終わると【サフロ】を使って傷を治している。

 

「ありがとう。この埋め合わせはその内何かでするよ。皆、良いかな? これが血液だ。今取れたばかりだから新鮮なはずだ。確かに赤い。このまましばらく放置するぞ。その間、食事を続けてくれ。たまにこの試験管を見ると面白い変化に気が付くはずだ」


 急に静かな食事に変わったのは、皆が真剣な表情で試験管に目を向けているからに違いない。


「私には教えてくれても良いでしょう? 何が起きるの?」

「血液の中に潜んでいるものを分離してるんです。血管の中を動いているなら一様に混ざっているんですけどね」


「何かいるようには思えないんですが?」

 不思議そうな顔をしたキュリーネさんが問いかけてきた。

「ちゃんといますよ。それがいないと困るんです。食事が終わったら、解説しますから」


 食事を終えると、メープルさん達がコーヒーを運んできてくれた。

 料理の乗っていたプレートが下げられ、俺の前に湯気の立つマグカップが置かれる。

 壁際の本棚に移動しておいた灰皿を取ってくると、先ずは食後の一服だ。


「まだ20時前だし、今夜はここに泊まれるはずだ。俺が大地から最初の生命が生まれた後に、その生命達が共生関係になったことを話したはずだ。

 先ほどの血液だが、ちょっと変化したことに気が付いただろうか? 上澄みが出来ただろう? その下に赤い成分が沈殿しているようにも見えるね。さて、考えて欲しい。下に沈殿した物は何だろう?」


 再び騒がしくなる。少し仲間と議論する時間を持たせた方が良いのかもしれないな。

 その間に、隣の部屋から顕微鏡と薄いガラスの板を持ってきた。


「それで見てみるという事かしら?」

「ええ、分かるはずです。……さて! 君達は何だと思う?」


「何かが混じっている……。それは分かるんですが、そこから先は皆目見当が付きません」


 学生の1人が、顔を伏せながら話してくれた。

 なぜこんなことが分からないのかと、悔しそうな顔をしているんだよなぁ。

 あまりいらだたせるのも問題だろうから、そろそろ説明を始めようか。


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